2万匹のイワシ群がダイバーを球状に包む理由 福岡マリンワールドの「イワシタイフーン」
画像提供「マリンワールド・海の中道」


何万匹ものイワシが群れをなし、光を反射しながらキラキラと渦のように泳ぐ姿は圧巻なもの。イワシ群をライティングやBGMで演出した様子をショーとして見せる水族館もある。
中でも福岡県福岡市の水族館「マリンワールド 海の中道」の餌付けショー「イワシタイフーン」は、少し特殊だ。大水槽の中のダイバーをイワシの群れが球状に包むのだ。

マリンワールドのイワシは、なぜダイバーを丸く囲むようにして泳ぐのだろうか。「イワシタイフーン」の発案者である、同館の飼育員・鈴木泰也さんに話を聞いた。

まず、高度なダイビングスキルが必須


2万匹のイワシ群がダイバーを球状に包む理由 福岡マリンワールドの「イワシタイフーン」
画像提供「マリンワールド・海の中道」


海の中道海浜公園内にある「マリンワールド 海の中道」は、九州七県をテーマにした生態展示を行なっている。同館で飼育されているイワシは2万匹以上。「イワシタイフーン」は、九州の海に生息する生き物を飼育する外洋大水槽で見ることができる。鈴木さんによるとイワシの群れを球状に泳がせるためには、ダイバーの動きが肝心だという。

「『イワシタイフーン』ではダイバー自身がイワシ群の中心で台風の目のようになっています。そのためには立ち泳ぎをしながら位置をキープする必要があります。例えばダイバーが下降してしまうと、イワシの球からスポッと抜けてしまいますね。簡単そうに見えますが、同じ位置を保ちながら立ち泳ぎをするのはとても高度な技術です。厳しい訓練を受けたダイバーでないと、イワシの群れがカーテン状に包むことはありません」

つまりイワシの群れを球状に泳がせるためには、ダイビングの腕が不可欠ということ。
同館で魚類を担当する飼育員は15名いて、10名はショーをこなせるダイビングスキルの持ち主なのだとか。

「『イワシタイフーン』でうまくイワシを誘導できなければダイバーの責任です。そういうことがあれば、後で指導ですね」

イルカショーの見られる施設では海獣担当の飼育員がプールで華麗な泳ぎを見せているが、どの水族館にも潜水技術に長けた魚類担当の飼育員がいるわけではない。バックヤードの仕事に徹していることも多い。

「当館はショーを重要視していて、採用試験の時に泳げるかどうかのテストがあります。ちょうど今、厳しい訓練を終えた新人社員が一人いて、今年入社した数名の新入社員も潜水の訓練を開始します。ダイビングの試験をして合格すると、ショーに参加できるように訓練していきます」

ちなみに新人さんは、ダイビングの練習を博多湾でしているのだそうだ。


ショーに使うのは、◯◯◯の餌


鈴木さんによるとイワシの群れを球状に泳がせるには、エサの種類もポイントだという。海で生きている自然のイワシは通常プランクトンを食べているが、ショーに使っているのは養殖や飼育用に開発されたペレット状のエサ。イワシ用ではないそうだ。

「2分間のショーに使うためにはエサの溶け具合が重要で、イワシ用のペレットは水に入れると小麦粉のようにドローッと溶けて1分と持ちません。そのため、ヒラメ用を使っています」

ヒラメ用の餌は溶けにくく浮力があるため2分間のショーに最適で、ダイバーはショーの時にこの餌を入れたコップを手に持って水槽に入る。

「エサを入れるコップにも秘密があって、コップの上部と横の何箇所かに4ミリ程度の穴を開けています。
コップを付けたダイバーはイワシの群れの中央で手を広げ、土星の輪っかのように左右に回転してエサを撒きます」

この回転でコップの穴から出てきたヒラメのエサはフワーっと浮いていき、ダイバーの頭の上まで上がっていく。するとイワシ群は輪っかに沿って周回しながら、浮力で上がるエサに誘導されてダイバー全体を包むように泳ぐのだそうだ。

美しい群れを形成するイワシの種類は


2万匹のイワシ群がダイバーを球状に包む理由 福岡マリンワールドの「イワシタイフーン」
マイワシ 画像提供「マリンワールド・海の中道」


ではショーに使われているイワシはどのような種類なのだろうか?

「今飼育されているのはマイワシです。マイワシは整列した向きで綺麗な群れを形成し、ダイナミックな動きを見せるのが特徴です。以前からイワシを飼育している水族館はありましたが、カタクチイワシでした。カタクチイワシの群れの形はバラバラでショーになりません。名古屋港水族館の飼育員が、マイワシの群れをショーに使えると気付いたんです」

ちなみにマイワシは口を開けたまま泳いで呼吸しているので、口が半開き。口を開けたまま呼吸をしているせいなのだとか。

「マイワシは餌を食べるときにはアゴが外れるくらい口を開けます。泳ぎを止めることもなく、そしてなぜか大抵時計回りに回るんです。イワシの泳ぎがもし止まることがあれば呼吸が止まってしまった時です。そのためマイワシたちはショーで、いつもいい動きをしてくれます」


ところで5頭のサメがいる水槽の中をダイバーが行き来して大丈夫?


2万匹のイワシ群がダイバーを球状に包む理由 福岡マリンワールドの「イワシタイフーン」
シロワニ 画像提供「マリンワールド・海の中道」


イワシのいる外洋大水槽には、シロワニという大型のサメやエイも飼育されている。この水槽にダイバーが入るのは危険ではないだろうか? また、イワシの大群がいる水槽などサメにしてみたら、絶好の食事場所になりそうだ。
イワシを食べてしまわないのだろうか?

「うちのダイバーは腕がいいので大丈夫です。またサメはそもそも小食です。一度エサを与えたら1週間は何も口にしないこともあるくらいです。定期的にアジやブリなどのエサを与えているので、イワシを追いかけて襲うなんてことはほぼありません」

イワシを使ったショーは他館でも見られるが、高度なダイビングテクニックを持つ飼育員がいることに加えて、この多様な生態系を展示する水槽内でショーをすることが差別化につながったのだそうだ。

さて、マリンワールドでショーに貢献しているこのマイワシたち。泳ぎを止めることはないというが夜には寝ている姿が見られるのだろうか。

「イワシは泳ぎながら寝ています。ただ、まぶたがないのでいつ寝ているのか分からないんですよね。違いは泳ぎがゆっくりになるくらいです。ウミガメはまぶたを閉じて水底で寝ていますが、水族館に人間のように熟睡する生き物はいないですね」

「マリンワールド 海の中道」では7月の土日・祝日に、8月には連日、開館時間を延長して夜9時半まで開館する「夜の水族館」を開催する。館内がライトアップされた「夜の水族館」は、デートや夏休みの家族旅行にお薦めだ。夜間にも行われている音と光で演出する「イワシショー」に加えて、博多湾を背景にした幻想的なイルカショーも楽しめる。


2万匹のイワシ群がダイバーを球状に包む理由 福岡マリンワールドの「イワシタイフーン」
画像提供「マリンワールド・海の中道」

(石水典子)
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