プロレスでいじめ撲滅は可能なのか? プロレスラー火野裕士が語る「本当の強さ」

プロレスでいじめ撲滅は可能なのか? プロレスラー火野裕士が語る「本当の強さ」

2019年7月、プロレスリング・ゼロワンが主催するシングルマッチの大会『火祭り2019』で初優勝を果たした火野裕士は、後楽園ホールのリング上で、時折涙で声をつまらせながら、児童虐待への思いを語り、「いじめ、虐待、わしがぶった斬る!」と訴えた。それは、大会優勝を果たしたプロレスラーのマイクとしては、異色の内容だったかもしれない。

火野が所属するプロレスリング・ゼロワンは、いじめ撲滅活動に力を注ぎ、全国各地でチャリティ試合などを開催している。本当にプロレスでいじめをなくすことは可能なのか? 火野が考える“強さ”の本質に迫った。

取材・文/原田イチボ@HEW

悪ガキを改心させた意外なきっかけ


プロレスでいじめ撲滅は可能なのか? プロレスラー火野裕士が語る「本当の強さ」

ゼロワンがいじめ撲滅を掲げるようになったのは、2004年のこと。創始者である“破壊王”橋本真也が団体を離れて、残された選手たちは、団体継続のために頭を悩ませる日々が続いていた。「ゼロワンならでは」を模索する中で生まれた新たな活動方針が、「プロレスで、いじめをなくす」だった。そのモットーの通り、ゼロワンは、通常の公式試合に加えて、イベント試合や学校訪問も積極的に実施している。定期興行『ちびっ子のイジメ撲滅・元気ハツラツ〜本当に強い人はイジメなんかしないし、何度でも立ち上がる〜』は、今年で15年目を迎えた。

火野が今年3月にゼロワン入団を決めたのは、そういったチャリティ活動に共感したことも理由のひとつだ。しかし、今でこそ「いじめ、虐待、わしがぶった斬る!」と吠える火野だが、子供時代はかなりの悪ガキだったそうだ。

「周囲に年上が多い環境で育ったぶん、ちょっと悪い先輩がかっこよく見えて、真似をしてしまったこともありました。ですが、あまりにイタズラばかりだったので、小学生のころ、親にお祓いを受けさせられたんですよ(笑)」

お祓いとは一体……?

「偉い先生みたいな人が、呪文をぶつぶつ唱えながら、変な剣でどついてきたりして、こっちはちょっと笑っちゃいそうでした(笑)。でも、先生のパワー自体は本物だったんでしょうね。自分も母親も先生とは初対面のはずなのに、『生まれる前に亡くなったおじいさんがいるでしょう。その人が見守ってくれているから、事故にあったときも平気だったんだ』なんて次々言い当てられて驚きました。それで先生が『悪さばかりしていると、おじいさんが守ってくれなくなるよ』なんて言うものですから、さすがに子供心にもビビってしまって……」

驚きの出来事をきっかけに、心を改めた火野少年。しかし、先生の言葉が心に刺さりすぎてしまったのか、今度は悪ガキだった“反動”が大きく出たらしい。
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「『弱いものいじめをするやつらは許せない!』なんて、今度はやたら正義感が強くなってしまったんですよね。同級生に双子がいて、今から思うとちょっと知的障害があったのかな? みんなと一緒に勉強はできない子たちだったんですが、すごく純粋で、仲が良かったんですよ。あるとき、その子たちが自分のところにやってきて、『いじめられた』と泣くんです。どうしてもいじめた相手が許せなくて、やり返しに行きました。自分自身、小学生のころは身長もクラスの真ん中より小さいほうで、馬鹿にされることも多くありました。でも相手が柔道や空手をやっていようが関係なしに言い返す、やり返す。自分がどうというより、曲がったことをする相手が許せませんでした」

学校の生徒間で行われるいじめはもちろん、火野は、児童虐待にも強い怒りを感じている。インタビュー中、これまでショックを受けた虐待報道について語りながら、思わず涙する場面もあった。彼が許せないのは、強者が弱者を虐げる構図そのもの。力強い口調で、「許せないものは許せない」と繰り返した。

プロレスはしんどいし、立ち上がるのだってつらい


プロレスでいじめ撲滅は可能なのか? プロレスラー火野裕士が語る「本当の強さ」

ゼロワンを率いる大谷晋二郎は、戦いぶりや人柄から“日本一熱いプロレスラー”の異名を持っている。「子供のいじめ撲滅・元気ハツラツ」をテーマに100校を超える全国の小中学校で講演会を開催してきた大谷のことを、火野は「本当にまっすぐな人」と評す。

「大谷さんって、見ず知らずの子供から『こんなことがありました。どうしたらいいですか?』って相談されても、絶対無視しない人だと思うんですよ。自分がつらいとき、この人に頼ればいいんだと思える存在が1人いるのは心強いですよね」

プロレス=暴力というイメージを持っている人は、「プロレスで、いじめをなくす」というコンセプトに矛盾したものを感じるかもしれない。プロレスで本当にいじめをなくすことはできるのか? その問いについて考えることは、「プロレスとは何か?」という話にもつながっていくだろう。

「プロレスで観てほしいのは、まず、やられても立ち上がる姿ですね。プロレスってやっぱりしんどいし、立ち上がるのだってつらい。それでも戦っている。選手のそんな姿を観て、何か感じてほしいです。それと自分はもともと体が小さくて、高校生のときも体重70kgないくらいだったんですが、トレーニングを積み重ねて、今はこんな体つきになりました。だから、『やってみれば、けっこうできるものなんだ』とみんなに自信を持ってほしい。ほかにも、弱いと思われている選手が勝つときだってありますし……。ゼロワンという団体に入って、『プロレスに何ができるか?』は勉強中の日々ですが、必ず伝わることはあると信じています」
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試合後は、大勢の子供たちが選手のもとに駆け寄ってくる。「自分も『大きいね』とか言われますよ。『かっこいい』はたまにですけど(笑)。でも、どんな言葉でも嬉しいです」と火野は微笑む。

「声をかけてくれるってことは、何か少しでも気に留めてもらった証拠ですからね。これだけ体の大きな自分は、子供たちにとって、やっぱり怖い存在です。それなのに勇気を出して握手を求めてくれるのは、すごく大きなことだと思うんです。怖いものに立ち向かった立派な経験と言えますよ」

火野が子供たちに願うこととは、何だろうか?

「間違ったものを間違っていると言える大人になってほしいですね。たとえば誰かがボコボコにどつかれていたとき、怖いけど止めに入ることができる。もしも1人では怖かったら、周りの人にも声をかけて、みんなで助けに入ることができる。とにかくダメなことにダメと言えること。それが、本当の強さだと思いますから」

敗者に感情移入する子供たち


プロレスでいじめ撲滅は可能なのか? プロレスラー火野裕士が語る「本当の強さ」

取材後まもなく火野は、「いじめ撲滅チャリティープロレス」のメインイベント、大谷晋二郎&ジャガー横田&北村彰基vs田中将斗&日高郁人&火野裕士の6人タッグマッチに挑んだ。会場は、千葉県・薬園台のパチンコ店「パーラーウェーブ薬園台」の駐車場に設営されたリング。あいにくの雨空でも、無料興行ということで、親子連れが大勢集まっていた。場外乱闘が始まると、子供たちは、母親のさしている傘から飛び出して、まるでハーメルンの笛吹きのようにぞろぞろと選手たちの後をついていく。いつしか雨は本降りになっていたが、それでも彼らはお構いなしのようだ。男の子も女の子も関係なく、初めて目にする大男たちの戦いに目をキラキラさせている。
プロレスでいじめ撲滅は可能なのか? プロレスラー火野裕士が語る「本当の強さ」

そして、試合開始から19分52秒、火野が必殺技ファッキンボムからの体固めで北村に勝利した。しかし、子供たちの多くは、むしろ敗者である北村のほうに感情移入していたようだ。よろめきながらリングを去る北村に大きな声援が送られる光景にこそ、敗者を敗者とも言い切れないプロレスの奥深さが詰まっていると言えよう。

イベントのエンディングで、リングアナウンサーのオッキー沖田は、「一生懸命な大人の背中を見て、何も感じない子供はいない! 一緒に子供たちに一生懸命な背中を見せていきましょう!」と客席の大人たちに呼びかけた。試合中の実況で、何度も繰り返された「本当に強い人は、いじめなんかしない」という言葉。子供たちは今日、本当の強さというものに触れられたのかもしれない。
プロレスでいじめ撲滅は可能なのか? プロレスラー火野裕士が語る「本当の強さ」


プロフィール


火野裕士(ひの・ゆうじ)
1985年1月27日生まれ、大阪府枚方市出身。身長178cm、体重120kg。2003年にKAIENTAI DOJOにてリングデビューし、2015年に同団体を退団。全日本プロレスやWRESTLE-1、プロレスリング・ノアに参戦し、2019年3月にプロレスリング・ゼロワンに入団。今夏開催された『火祭り2019』で初優勝を果たし、早くも団体の中心選手となっている。

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