『スター・ウォーズ』シリーズで重要な役割を担う日本人モデラ―成田昌隆、証券会社社員からの華麗なる転身


1977年のシリーズ1作目から42年の歳月が経過した『スター・ウォーズ』シリーズ。スカイウォーカー家を巡る壮大な物語も、12月20日公開の『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』でついに完結を迎える。奇しくも日本では、山田洋次監督が「50年かけて長い長い映画を撮った感じ」と話していた『男はつらいよ』の完結篇とも言える最新作が公開を迎えるが、本作もまさに40年以上の月日を費やしてきたからこそ描かれる物語を期待する人も多いのではないだろうか。

そんな世界的なビッグタイトルで、非常に大きな役割を果たしている日本人がいる。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』以降の作品で、2次元のデザインをコンピューターを使って3次元に立体化していくCGモデラ―という仕事を担当し、ミレニアム・ファルコン号や、新しく登場するドロイド D-O、スター・デストロイヤーなどをモデリングした成田昌隆氏だ。

取材・文・撮影/磯部正和

『トイ・ストーリー』で活躍する日本人に触発され、ハリウッドが夢から目標に


『スター・ウォーズ』シリーズで重要な役割を担う日本人モデラ―成田昌隆、証券会社社員からの華麗なる転身

成田氏の経歴は非常にユニークだ。1963年に愛知県で生まれると、幼少期はミニチュア模型や特撮を駆使した怪獣映画である「ゴジラ」や「ウルトラマン」などに夢中になっていた。『スター・ウォーズ』との出会いは高校生のとき。成田は、「いわゆる“スター・ウォーズ通”ではないのですが、映画が好きで特に洋画を観ていくなかで、高校1年生のときに観た『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』は、特撮の金字塔として印象深い特別な作品でした」と、その出会いの衝撃の大きさを語る。

ただ成田氏が多感な時期を過ごした1970~80年代当時、ハリウッドという存在は、夢を抱くには遠すぎる場所だった。心から湧き出してくる感情はあったものの、成田氏は大学卒業後、家電メーカーを経て、大手証券会社に就職する。証券マン時代も得意のコンピューター技術を活かし、IT関連の部門で才能を発揮すると共に、1993年には米国支社へ転勤に。本場ハリウッドへ物理的な距離が縮まった。

そんな成田氏の背中を大きく押したのが、ピクサーアニメーションスタジオが制作した『トイ・ストーリー』だった。「あの作品で、テクニカル・ディレクターを務めた小西園子さんという方がいるのですが、日本人の名前がクレジットされているのを見たとき、ものすごい衝撃を受けたんです。日本人でもハリウッドで活躍できる人がいるんだという……。もしかしたら僕も映画の世界で働けるのかもという夢を抱くことができました」。

その後、ソフトウエアを自腹で購入し、独学で3Dの技術を習得。大手プロダクションの目に留まるぐらいまで技術を磨き、ハリウッドというぼやけていた夢の輪郭がクリアになってくる。しかし、就労ビザが下りず、同時に父親の他界なども重なり、2000年を迎える前には、一旦夢を諦めようと決断する。
『スター・ウォーズ』シリーズで重要な役割を担う日本人モデラ―成田昌隆、証券会社社員からの華麗なる転身

突然舞い込んだ『スター・ウォーズ』の仕事


2008年には、リーマンショックなどのアメリカ経済の影響で、帰国の途につかなければいけない状況のなか、やはり夢を追うことを決断。20年以上も働いていた証券会社のキャリアを捨て、専門学校にて、視覚効果の技術を学び直した。

1年後、自動車のCMのモデラ―としてハリウッドで映像の仕事に携わることとなる。さらに『アイアンマン3』のリードモデラ―を務めるなど、順調にCGの仕事の経験を積んでいくと、ジョージ・ルーカスが築いたルーカス・フィルムのVFX部門であるILM(Industrial Light & Magic)への門戸が開かれた。

「ハリウッドでVFX映像の仕事に携わる人間にとって、ILMというのはとても大きな存在なんです。多くの人がILMで一度は仕事をしてみたいという目標を持ってます。私にとってもそれは同じでした。最初は3カ月間の短期フリーランスとして仕事をしていたのですが、そのときちょうど『スター・ウォーズ』の新作のスタッフィングが社内で始まったんです。羨ましい仕事だなと思いつつも、業界4年目でなんの実績もない自分には関係ない世界だと思っていました」

ILMで仕事ができることだけでも幸せだと思っていた成田氏に、信じられないようなオファーが舞い込む。

「メールで『スター・ウォーズ』への参加の打診があったんです。最初は信じられませんでした。違う『スター・ウォーズ』かと思って、聞き返したぐらいでしたから(笑)」

2015年に公開された『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』から、モデラ―として作品に参加した成田氏。

「個人的な意見ですが、モデラーという仕事をしている人間にとって、ミレニアム・ファルコン号というのは、誰もがやってみたいモデルだと思うんです。それを自分がやっていいのか……という重責は、スタートしたときはずっと感じていました。でも喜びの方がまさっていたので、毎朝目覚まし時計より早く目が覚め、会社に行くのが楽しくてしょうがなかったです。これはサラリーマン時代にはなかった感情です」
『スター・ウォーズ』シリーズで重要な役割を担う日本人モデラ―成田昌隆、証券会社社員からの華麗なる転身

『スター・ウォーズ』シリーズで重要な役割を担う日本人モデラ―成田昌隆、証券会社社員からの華麗なる転身

『スター・ウォーズ』1作品でのレビュー数は20万回を超えている!


夢にも思わなかったハリウッドが目標に代わり、そして現実になった。しかも子供の頃から憧れていた『スター・ウォーズ』の世界に参加することになったのだ。成田氏は、「もともと僕が再チャレンジをした2008年の時点では、『スター・ウォーズ』の続編の話などはまったくありませんでした。だから、ハリウッドで映像の仕事を目指すなかで、具体的に『スター・ウォーズ』に関わりたいということが目標ではなかったんです」と振り返る。

意識をし始めたのは、2012年にウォルト・ディズニー社が、ルーカス・フィルムを買収するという発表があってから。そこで初めて『スター・ウォーズ』の新三部作が始動することになり、もしかしたらという思いが成田氏の心にもよぎったという。

実際、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』から最新作『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』までの5作品に携わった成田氏。もっとも意識したことは「作品の世界観、デザインスキームを壊してはいけない」ということ。「初期三部作であるエピソード4~6の模型の資料をとにかく見返して、時間と共に進化しつつも、原型にあったデザインから逸脱しないように心掛けました」と語った。

まさにアメリカンドリームとも言える転身だが、成田氏にとって『スター・ウォーズ』シリーズの制作で感じた一番大きなものはどんなことなのだろうか。

「僕は日本のCG業界で働いたことがないのですが、おそらく、技術的な面で言えば、日本の技術もハリウッドと大きな違いはないと思います。圧倒的に違うのはやはりバジェットや制作期間です。例えばミレニアム・ファルコン号を作っていくうえで、スーパ―バイザーや監督にレビューをしていくのですが、このモデルだけで50回以上。レビューはすべてナンバリングして管理しているのですが、テキスチャーやルックデブ、エフェクト、アニメーション、コンプなどそのほかの工程を含めると作品全体では20万回ぐらいはレビューしています」

モデラ―の仕事は経験よりも感性


『スター・ウォーズ』シリーズで重要な役割を担う日本人モデラ―成田昌隆、証券会社社員からの華麗なる転身

トライ&エラーの回数が増えれば増えるほど時間と費用はかさむ。それでもハリウッド作品は、市場が全世界なので勝負になるのだ。そこには「正解がない」というクリエイター特有のこだわりが垣間見える。そのなかで大切なことは「感覚的に捉えること」だという。

「例えば『スター・ウォーズ』シリーズと『トランスフォーマー』シリーズでは、同じ宇宙船を作ったとしても、テイストはまったく違います。でもその違いを言葉で説明することは難しい。モデラーは世界観を察知し、それを具現化していく能力が必要なんです。もちろん努力も必要ですが、感性が大きく問われる。逆に言えば、その感性があれば、経験はあまり大きな意味はなさない世界だと思います」

その意味で成田氏は、高校1年生のときに出合った『スター・ウォーズ』で、スター・デストロイヤー号やミレニアム・ファルコン号などの宇宙船のデザインに魅了された。「武骨であり、現実に使われているようなくたびれた様相も持ち合わせている。基本的に『スター・ウォーズ』のデザインは、直線的かつ平面的で、そこにごちゃごちゃした機械がむき出しになっているところが、たまらなく好きなんです」とそのとき感じた感性が、作品作りには大きく影響しているというのだ。

46歳からまったく経験のなかった映像業界、しかもハリウッドで第二の人生を歩み始めた成田氏。「経験よりも感性」と聞くと、持って生まれた天賦の才がなければ夢はつかめないのか……と感じてしまうが、「ありきたりのことになってしまいますが、まずは夢を持つこと。そしてどんな遠回りをしても、諦めないこと。さらにそれを継続し続ける努力を怠らないこと」とシンプルな回答を寄せる。有言実行してきた成田氏の金言だけに、この言葉は強く胸に刻まれる。

努力を継続する――このことが実を結び、最新作ではさらなる驚きが待っている。「エピソード7で初めて参加したときは、ゼロからのスタートだったのですが、5作品を重ねて、いろいろなモデルのパーツもできました。最初は一つのものを作るのに4カ月かかっていたものが、いまは一カ月でできる。そのぶんディティールによりこだわることができましたし、コンピューターのパフォーマンスも上がっているので、すごい映像がお見せできると思います」と期待を煽る発言で締めくくってくれた。
『スター・ウォーズ』シリーズで重要な役割を担う日本人モデラ―成田昌隆、証券会社社員からの華麗なる転身


作品情報


映画『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』
12月20日(金)全国ロードショー
監督:J.J.エイブラムス
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(C)2019 and TM Lucasfilm Ltd. All Rights Reserved.

<ストーリー>
数々の金字塔を打ちたて、エンターテイメント史において伝説と呼べる唯一の映画「スター・ウォーズ」。時代の寵児となったJ.J.エイブラムスが再び監督を務め、スカイウォーカー家の“家族の愛と喪失”の物語は、ついに42年に渡る歴史に幕を下ろす。祖父ダース・ベイダーの遺志を受け継ぎ、銀河の圧倒的支配者となったカイロ・レン。伝説のジェダイ、ルーク・スカイウォーカーの想いを引き継ぎ、わずかな同志たちと立ち上がるレイ。スカイウォーカー家を中心とした壮大な<サーガ>の結末は、“光と闇”のフォースをめぐる最終決戦に託された――。

Profile
成田昌隆
なりた・まさたか

1963 年生まれ、愛知県出身。1985 年に名古屋大学工学部電気電子学科を卒業後、NEC へ入社。衛星通信アンテナ事業部にて電子回路とファームウェア開発に3年間従事後、日興證券へ転職。同社では IT 部門における技術リサーチを担当。1993 年シリコンバレー先端技術研究所開設に伴い米国赴任。2005年所長としてニューヨーク駐在員事務所へ転勤、IRや投資案件発掘等証券業務を担当。2008年 7 月に自己退職し、米 VFX 業界への転身を決意。2009年 4 月に 46 歳にしてハリウッドの VFX 業界にプロデビューを飾る。メソッドスタジオにて『エルム街の悪夢』を皮切りに、デジタルドメインにて『アイアンマン3』のリードモデラーなどを経て、現在は ILM 社のスタッフ CG モデラー。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』ではミレニアム・ファルコンやスター・デストロイヤーの CG モデリングを担当、2018年公開の『スター・ウォーズ/ハン・ソロ』ではリードモデラーとして新型ミレニアム・ファルコンの造形を担当した。



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