東海テレビといえばドロドロドラマ


東海テレビといえば、たわしコロッケの「真珠夫人」や財布ステーキの「牡丹と薔薇」、「私はヴィオラ、鳴らして鳴らして」の「赤い糸の女」などの激しくもユーモアあふれる愛憎ドラマが語り草となっており、惜しまれつつフジテレビの昼の帯ドラマ枠がなくなってもなお、“オトナの土ドラ”枠に場を移し、いい意味で猛威を奮い続けている。19年の後半に放送された、高岡早紀演じるストーカー女が猛スピードで車を追いかける「リカ」も凄まじくこわ面白かった。

コンプライアンスが厳しくなり、できることがじょじょに制限されてきたせいか、最近はどれを見ても同じような気がするのはテレビドラマに限ったことではない。
バラエティーも報道も独自な切り口が少なくなっているように思う。さらに、テレビでこれまでやってきたことの褒められたものではない裏側も明るみにされるようになってきてテレビ離れが加速するばかり。テレビ番組の最たる価値基準・視聴率の価値も見直され、配信番組が増え、テレビ番組の存在意義が危ぶまれるなか、テレビは何を伝えるべきか、テレビでできることは何か、メディアリテラシーも問われるが、東海テレビは、自社の番組作りを赤裸々に映したドキュメンタリーを作った。
映画化「さよならテレビ」東海テレビはドキュメンタリーもすごい、テレビは私達に何を見せているのか
(C)東海テレビ放送

東海テレビはドキュメンタリーでも注目されている


19年末、ポレポレ東中野で行われた「東海テレビドキュメンタリーのお歳暮」という特集上映のラインナップ、15作品すべてが渾身作。戸塚ヨットスクールの校長の現在、「平成ジレンマ」(10年)、名張毒ぶどう酒事件に迫る「眠る村」(18年)、野菜と果物を自給自足して生きてきた建築家夫婦の「人生フルーツ」(16年)、亡くなった樹木希林が体験したお伊勢参り「神宮希林」(14年)等々、喜びも苦しみも、創作ではない現実の強さ、深さが迫りくる。
映画化「さよならテレビ」東海テレビはドキュメンタリーもすごい、テレビは私達に何を見せているのか
土方監督は自局の報道部に密着する(C)東海テレビ放送

東海テレビのドキュメンタリーのすごさがじわじわと浸透している最中、決定版のようなドキュメンタリーが登場した。「さよならテレビ」だ。
2018年9月、東海テレビ開局60年記念番組として名古屋ローカルで放送されたとき、一部で話題に、密かに録画が出回って水面下で話題が広がっていき、19年、あいちトリエンナーレ(激しく物議を醸したアート展)でも上映され、ついに全国公開となる。しかもテレビ放送版より30分以上素材が追加された拡大版だ。

「さよならテレビ」は、東海テレビの社員ディレクター・土方宏史(土にてんがつきます)とプロデューサー阿武野勝彦が、自社・東海テレビの番組制作の裏側に切り込んだドキュメンタリーだ。2年間かけてじっくり行った、自社を追うからこそ撮れた部分と自社ゆえの困難とその両面に向き合っている。
主な取材対象は、三十代の社員アナウンサー・福島智之、四十代のベテラン契約社員・澤村慎太郎と二十代の派遣社員・渡邊雅之の3人。アナウンサーは“東海テレビの顔”という期待を背負わされ奮闘努力していく。
派遣社員は、働き方改革によって採用されたものの成果がなかなか出ない。ベテラン契約社員は確固たるジャーナリスト精神をもち、自社の方向性や土方の姿勢にも鋭い視線を投げかける。

あの事件で苦悩した人も出てくる


ドキュメンタリーというと、見慣れた人でないと、淡々と現実を追っていくので退屈と思う人もいると思う。あと題材が難しいとか。ところがこの「さよならテレビ」は、テレビ業界という親しみも興味も一般人にあること、また、立場も年齢も違う三人の登場人物がなかなかキャッチーで彼らが主役の群像劇みたいな雰囲気もあって、とても見やすい。

東海テレビはかつて番組テロップに出す人物名に、仮に書いてあった「セシウムさん」の文字を出して多くの視聴者の反感を買ったことがある。うっかりした行為が関係者をがんじがらめにしていく。あの番組を担当していて、自分がそう書いた(思っていた)わけではないとはいえ番組の顔として責められた苦しみは癒えず、それ以降、言動に気を使い過ぎるほど気を使ってきた福島アナウンサーは、局の顔としてさらに責任が重くなっていくにつれ表情がどんどん変化していく。派遣社員・渡邊は最初、頼り投げで、案の定、失敗を繰り返していくうちにこれまた顔つきが変わっていく。2年間の人間の変化は興味深い。唯一、契約社員・澤村はマイペースで冷静に社内の様子を見つめている。
映画化「さよならテレビ」東海テレビはドキュメンタリーもすごい、テレビは私達に何を見せているのか
土方監督(右)とカメラマン・中根芳樹を撮影したのは録音技師・枌本昇。スタッフ一丸となってあらゆる局面を撮る(C)東海テレビ放送

そもそもドキュメンタリーってなんだ?


すごくよくできている。全然淡々としてなくて劇的で飽きさせない。おもしろすぎて、途中、疑問がもたげてきた。
言葉や表情や出来事のチョイスが作為的過ぎるような気がして、
私が噂に聞いて勝手に期待した、テレビの裏側を当事者が容赦なく暴く真摯なドキュメンタリーとはなんだか違うように思えたのだ。それがあとで大きく覆されるとは……。そこを含めてすごい映画だった。

詳しくは見てもらうとして、ドキュメンタリーとは何かを考えさせられる映画だ。広辞苑第七版によると、ドキュメンタリーは“虚構を用いずに、実際の記録に基づいて作ったもの”とある。そこで問われるのがどこまでが本当かということだ。映画の最初のほうで、契約社員・澤村が「ドキュメンタリーって現実ですか」と土方監督に問いかける。本当のことを撮っていても、カメラが回る以上、もっといえば取材しますと言った時点で、状況は変わる。

取材者として現場に入った経験がある者ならわかることで、取材が入ることで対象者のテンションがいつもと変わってしまうことがあるし、たとえ本音を聞いたと思っても、相手は聞いているこちらに合わせて話すことを変えていることもある。もう仕方のないことで、そこを含めて真実であるとしか言いようがない。「藪の中」に代表されるような、同じ人間が相手によって全然違う人に見える事実、ひとの数だけ真実がある。これこそパラレルワールドではないか。
その点で、ドキュメンタリーはあくまで取材する側を含めた関係性を描いたひとつの物語だとも思え、土方監督はとても優れたドキュメンタリーの作者兼狂言回しになっている。
映画化「さよならテレビ」東海テレビはドキュメンタリーもすごい、テレビは私達に何を見せているのか
それは企画書からはじまった(C)東海テレビ放送

演出とヤラセの違いとは


「さよならテレビ」を見たあと、過去に土方が撮った、挫折した高校野球児をネットカフェで生活しながら支援し続ける「ホームレス理事長」と暴力団とは何か密着した「ヤクザと憲法」を見ると、どんなにシリアスな状況でもエンターテイメントふうな視線があること、劇的な瞬間に立ち会ってしまうのか起こしてしまうのかわからない特殊な力というか運をもっている人だなと感じる。昔で言う「メイクドラマ」、いまだと「持ってる」という感じの監督だ。

「ホームレス理事長」で理事長がネカフェでネット対戦のオセロをやっていて、彼流の勝ち方を語る言葉。「ヤクザと憲法」の若い舎弟のものすごく純粋そうな瞳や、ヤクザを弁護する弁護士の事務所で働くおばちゃんの対応、どれもこれも魅力的で、もしこれがドラマだったら、この脚本、この演出、この演技凄いと私は賞賛するだろう。私が作家だったらこんなの書きたいと思うだろう。現実のほうが面白いのだと落胆するのかも。

「さよならテレビ」も苦労人の福島アナ、シニカルな澤村さん、がんばれ渡邊くんと、キャラが立って、ドラマだったら人気者になりそうだ。
繰り返すが、世界はその人の見方で変わる。「さよならテレビ」は土方監督が懸命に見て、心を動かした瞬間を、正直にドキュメンタリーに仕上げた、それが面白い。いや、それで十分。それが大事なのだ。面白いのは、「ホームレス理事長」で土方監督が理事長からあるお願いをされたとき、取材者側には関与できないことであると断る。
そんな彼が「さよならテレビ」で行うことは、とても興味深い。

よく番組を面白くするために、制作側がやらせを行って問題になることがある。実際無関係な人にさも関係ある人のように取材してしまったり、起こってないことを起こったように見せてしまったり。そういうことが行われるのは、短い時間で成果を出すことを求められていて追い込まれて仕方なく……なんてこともある。

土方監督のドキュメンタリーは、気になる現場に足を運び、観察を続けたとき、動いた心の表出としての声や行動も記録する。そこで起こったことを隠さない。撮る側が何を感じ、何をしたか、それが正しいか、間違っているか、ジャッジは天に、見た人に任せる。

だんだん、監督自体が面白くなっていく


最近のテレビ番組に閉塞感を覚えるのは、作る人が自分がなぜこういうものを作りたいかということを表明することなく、とにかく怒られないように嫌われないように、責任をとらないようにしているからではないか。それは作り手の顔が見えないということ。誰がやっても同じものを機械のように作り続ける。それよりも、どんなに何か言われても、私はこう思ったからこうしました、と言えたほうがいいじゃないか。

「さよならテレビ」は土方監督が現在のテレビ局で何が起こっているか、自身が番組を作る側としてどう考えどう行動したか、そんなことも込みで描き、人間が追い詰められたときどう発想を転換するかそんな提案にもなっている気がする。

隠さない、その選択はいま最もこの国で求められていることではないか。

それにしても、ちょっとサービス精神というか、出来事を印象的に面白く見せようとするところがあるように思ったら、入局して最初の一年は昼ドラに関わっていたと、映画秘宝2月号の、監督と阿部野プロデューサーの対談で語っていて、あーー! と勝手にナットクしてしまった。ドラマと報道とごっちゃにするなと怒られそうだけれども、やっぱりどこか“東海色”ってあるんじゃないだろうか。私も東海テレビの人たちを取材してみたいという欲望がもたげてきた。
(木俣冬)

【データ】
さよならテレビ
2020年1月2日(木)東京・ポレポレ東中野、名古屋シネマテークにてお正月ロードショー、ほか全国順次公開
監督:土方宏史
プロデューサー:阿武野勝彦
音楽:和田貴史
音楽プロデューサー:岡田こずえ 撮影:中根芳樹
音声:枌本昇
CG:東海タイトル・ワン 
音響効果:久保田吉根
TK:河合舞
編集:高見順 
製作・配給:東海テレビ放送 
配給協力:東風 
2019年|日本|109分|DCP

公式HP
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