
「男はつらいよ〈シリーズ第1作〉 4Kデジタル修復版」Blu-ray
だけど、「男はつらいよ」祭りはまだ終わっていない。先週からスタートしたのが、山田洋次監督自らが原作と共同脚本を務めたドラマ「贋作 男はつらいよ」(NHK BSプレミアム)だ。つまり、公式が発案した「ニセ寅さん」ということになる。全4回。
「男はつらいよ」のパラレルワールド
まず、物語の舞台をおなじみの葛飾柴又から大阪の下町である石切参道に変更。登場人物の名前は元の「男はつらいよ」のままだが、全員大阪弁を喋っている。もちろん、キャストも映画版とはまったく違う。時代設定は現代になっており、スマホやタブレットも登場する。
車寅次郎を演じるのは落語家の桂雀々。四角い顔がトレードマークで、寅さんの格好をして「桂はつらいよ」という落語会を行ったところ、そのポスターを見た山田監督が「寅さんの雰囲気を持っている」と新しい寅さん像を着想したとのこと。
ほかに、妹のさくら役は常盤貴子、おいちゃんならぬ「おっちゃん」役は綾田俊樹、おばちゃん役は松寺千恵美、さくらの夫・博役を北山雅康が演じている。北山雅康は本家「男はつらいよ」にレギュラー出演しており、「お帰り 寅さん」にも出演していた。タコ社長(曾我廼家寛太郎)、満男(福丸怜乎)も登場する。
登場人物の名前も関係性もほとんど同じだが、よく見るとまったく違う。見ていると「男はつらいよ」のパラレルワールドに迷い込んだ気分になる。
マドンナ役もちゃんといる。1話と2話は松下奈緒、3話と4話は田畑智子が務める。第9作「男はつらいよ 柴又慕情」と第17作「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」がストーリーの下敷きになっており、吉永小百合の役回りを松下奈緒が、太地喜和子の役回りを田畑智子が演じる。それぞれ朝ドラヒロインからの抜擢ということらしい。
昭和感満載のストーリー
お話は、歌子(松下奈緒)ら3人の女性旅行客が箱根の旅館で働いていた寅次郎と出会うところから始まる。歌子から石切参道の様子を聞いた寅次郎は、里心がついて30年ぶりに帰郷することに(15歳で家を飛び出しているから、45歳ぐらいという設定になる。演じている桂雀々は59歳)。
歌子という名前は「柴又慕情」で吉永小百合が演じたマドンナと同じで、彼女の恋人との結婚に小説家の父親が反対しているという大まかなストーリーも同じ。寅次郎と3人が記念写真を撮るときに、寅さんが「バター」と言って女性3人が大受けするのも「柴又慕情」と同じだった。
一方、桂雀々演じる寅さんは今の時代を反映しているのか、陽気ではあるが、傍若無人なワイルドさはほとんどない。乱暴な口はきかないし、ケンカっ早くもない。その場しのぎの嘘もつかない。マドンナに対する態度も、一方的に惚れるというより、周囲の人たちに言われて意識する程度。だから、寅さんがマドンナに熱を上げて、おかしな振る舞いをすることもない(2回目以降はわからないが)。
つまり、本作の寅さんは、まわりの人にあまり迷惑をかけないのだ。タコ社長に殴りかかったりしないし、勤勉な労働者を小馬鹿にしたりもしない。売り物の団子を勝手に振る舞ったりもしないし、家の金をちょろまかそうとしたりしない。なんだかコンプライアンス重視の寅さんのように見える。これまでの寅さんの傍若無人さ、自分勝手さ、乱暴さが苦手だった人にはちょうどいいと思う。
さくらの怒り
30年ぶりに石切の実家「くるまや」に帰ってきた寅さんを家族一同が歓迎するが、さくらだけが唯一拒絶するところが興味深い。
寅さんがおっちゃんと酒を酌み交わしながら、こんな会話をしているのをさくらは仏頂面で聞いている。
「しかし、身内っちゅうのはありがたいもんやなぁ。何十年離れてても、こないしていっぺん膝突き合わせて酒飲みはじめるとやな、あっちゅう間に時が戻るっちゅうか、昔のまんまみたいな気がするなぁ」
「やっぱり、どっか血ぃつながっとんやな」
男同士は馴れ合っていても、30年もの間、家を放り出して便り一つ寄越さなかった身勝手な兄に対するさくらの怒りはなかなか収まらない。血はつながっていたって、そんなに経てば他人も同然。さくらの怒りは非常にまっとうな怒りだった。
ちなみに寅さんが家を出てから戻ってくるまでの30年は、平成の30年とぴたりと重なるが、そのあたりは特に設定には反映されていなかった。テキヤとして旅暮らしをしていたそうだが、今、実際にそういう人はどれぐらいいるのだろう?
現代を舞台にしているのに昭和センスが満載で、でも寅さんが大人しく、さくらがまっとうに怒る「贋作 男はつらいよ」は、結果的にこれまで寅さんが苦手だった人に対して非常に見やすい形で「男はつらいよ」の世界を提示していると思う。第2回は今夜10時から。
(大山くまお)