『エール』第20週「栄冠は君に輝く」 97回〈10月27日(火) 放送 作:清水友佳子、演出:倉崎憲〉

インパール作戦のドキュメント番組が10月28日に放送
れっきとしたモデルがいるにもかかわらず『エール』は史実と違いすぎるという声があがっている。対して、ドラマはドラマ(フィクション)なのだから面白ければいいと思う視聴者も多い。その通りである。【前話レビュー】裕一と音、智彦と吟 画面の向こうの配置に見るそれぞれの夫婦の関係性
史実にこだわるのはもっぱら戦争の歴史を正しく知り、伝え残したいと考える研究者の方々だ。彼らはそういう仕事なのだから仕方ないと思う。たしかに、ドラマの主人公・裕一(窪田正孝)のモデル・古関裕而はインパールに行ったが戦禍に巻き込まれてはいないし、インパールの悲劇は、戦争で日本兵が殺されたということではなく、無謀な作戦をとったことで多くの死者が出たことである。
NHKでは10月28日(水)の深夜2時35分からNHKスペシャル『戦慄の記録 インパール』を再放送する。この番組はインパール作戦を詳しく描いているのでドラマを観て興味を持った人が観たら学びになるだろう。
NHKのいいところは、報道やドキュメンタリー番組が豊富に制作されていて、ドラマで描いたエピソードの史実に関する番組を放送してフォローできるところである。もうすこし各番組が連携をとってドラマの視聴者に関連番組の情報が伝わるようにしていただきたい。
史実をドラマ化する妙味 「紺碧の空」と「栄冠は君に輝く」のいいとこどり
『エール』での「栄冠は君に輝く」誕生エピソードには、史実を換骨奪胎したドラマならではの妙味があった。インパールで一緒だった朝一新聞社・大倉(片桐仁)の依頼で、裕一は高等学校野球大会の歌を作曲することになる。全国から募集した歌詞から、裕一は敗者にも寄り添った「栄冠は君に輝く」を選ぶ。
この歌詞を書いた加賀大介についてドラマでは触れていない。すくなくとも97話では。加賀は十代のとき、野球少年だったが練習中に怪我をして右足を切断、野球の道を閉ざされた。
このエピソード、『エール』を観てきた視聴者だったら覚えがあるだろう。第8週「紺碧の空」で、サブタイトルにもなっている、早稲田大学野球部の応援歌「紺碧の空」で、応援団長・田中(三浦貴大)の背負った過去に似ているのである。田中がともに野球をやっていた友人が練習中に足を怪我して野球の道を絶たれてしまう。彼の応援のためにも応援歌を作りたい、その想いが田中を突き動かしていたというエピソードである。
史実では、「紺碧の空」を古関裕而に依頼したのは、裕一の音楽仲間・久志(山崎育三郎)のモデル・伊藤久男の従兄弟で応援部の幹部だった伊藤茂だった。ドラマでは伊藤ではなく、田中とその友人に焦点を当てた。「栄冠は君に輝く」の作詞家のエピソードを「紺碧の空」に入れ替えてオリジナルのエピソードを生み出したと考えられる。
さらに言えば、史実では「長崎の鐘」は「栄冠は君に輝く」のあとに誕生している。「栄冠〜」は昭和23年4月に高校野球で歌われ、「長崎の鐘」は翌年、レコードが発売されている。
このような史実とドラマの微妙な違いはなぜ生まれるか。半年間という長丁場のドラマとはいえ、ひとりの人間の半生を描くには短い。重要とはいえ野球関連のエピソードを2度描くのは冗長になる。

変わり果てた久志
久志のエピソードは「栄冠は君に輝く」のほうにまとめられる。健康問題により兵役を免れ地元福島で慰問をしていた久志が変わり果てた姿で東京に戻って来ていた。心配して面倒をみている藤丸(井上希美)から相談を受け、裕一と鉄男(中村蒼)が会いに行くが、酒と博打に溺れ、ふたりとまともに話そうとしない。
地元の議員の息子だった久志だが、戦後のGHQの政策のひとつである農地改革で土地を失い、家も失い、父も亡くなり、文無しになっていた。
『エール』の世界では、裕一が戦場で命の儚さを知り、音(二階堂ふみ)が豊橋の実家を空襲で失くし……各々、戦争の悲惨さを体験した。とはいえ、生活の苦労はしていない。戦時中、すこしだけ食料不足を体験する描写があったが、軍の要請で戦時歌謡を書いていたから生活に困ることはなかったのだろう。戦争中といっても物資はあるところにはあったようだから。
そこへ、久志。
裕一は、「栄冠は君に輝く」を久志に歌ってほしいと考えるが……。史実では、久志のモデル伊藤久男が歌っているので、野球好きな山崎育三郎にぜひ歌ってほしいと期待する。
甲子園のマウンドに立つ裕一
裕一が「栄冠は君に輝く」の曲を思い浮かべたのは、実際に、甲子園の無人のマウンドに立ったとき。これはモデルの古関裕而の自伝『鐘よ鳴り響け』にも書かれていることだ。マウンドに立った裕一は、とてもたくましく見えた。窪田正孝の身体が鍛えられているからなのだが、裕一がいろんなことを乗り越えて、あらゆる人々の喜びや哀しみをその身に背負う覚悟ができたように感じる。ドラマの主人公を描く上で、史実を細かく切り貼りしてひとりの人物に収束させ、ヒーローのカタルシスを生み出すことも大事なことである。
もう1点。久志に献身する藤丸に注目したい。彼女のモデルは音丸という。「船頭可愛や」を歌った歌手で、レコードは丸くて音がするからという理由で音丸という芸名がついた。歌手らしい良い名前である。
『エール』では「音」の文字が裕一の妻の名前に使用された。史実では古関裕而の妻は金子である。音楽の物語で妻の名前が音というのはひじょうに収まりがいい。これもわかりやすい属性をメインキャラに集約したひとつであろう。加賀大介や音丸など、当人にしてみれば、自分の物語を奪われた気持ちになるのではないかとお気の毒に感じるが、あくまでドラマなので、そこは涙をのんでもらうしかないのだと思う。作家もきっと断腸の思いで書いているのだとお察しする。
冒頭の音楽
冒頭、音が、占い師に転職した御手洗(古川雄大)と話しているときの劇伴は、特別編の幽霊エピソードのときにかかっていた、少しホラー調のもので、あの幽霊話の印象が強いため、また特別編がはじまったのかと思ってしまった。音楽担当・瀬川英二は、『銀魂』シリーズや『今日から俺は!!』など福田雄一作品を多く手掛けている。現在は『極主夫道』(日本テレビ)を担当。このドラマの極道感あふれる曲も耳に残る。
(木俣冬)
■窪田正孝(古山裕一役)プロフィール・出演作品・ニュース
■二階堂ふみ(古山音役)プロフィール・出演作品・ニュース
■中村蒼(村野鉄男役)プロフィール・出演作品・ニュース
■山崎育三郎(佐藤久志役)プロフィール・出演作品・ニュース
■井上希美(藤丸役)プロフィール・出演作品・ニュース
■古川雄大(御手洗清太郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■仲里依紗(梶取恵役)プロフィール・出演作品・ニュース
■野間口徹(梶取保役)プロフィール・出演作品・ニュース
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番組情報
連続テレビ小説「エール」【放送予定】
2020年3月30日(月)~11月28日(土)
<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
原作・原案:林宏司
脚本・作:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
主演: 窪田正孝 二階堂ふみ
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和
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