『エール』最終週「エール」 119回〈11月26日(木) 放送 作・演出:吉田照幸〉

※本文にネタバレを含みます
小山田耕三(志村けん)の手紙
『エール』本編の実質的最終回。27日(金)放送の残りの1話は人気キャラクター大集合によるカーテンコール、NHKホールでの古関裕而メロディ歌合戦となる。【前話レビュー】共に駆け抜けた池田を亡くした裕一に世界の声は聞こえなくなった……
ドラマ部分の最終回では、古山裕一(窪田正孝)と妻・音(二階堂ふみ)の音楽と愛に生きた歩みをまるっと振り返った。
1964オリンピックが終わって月日は過ぎ、盟友・池田(北村有起哉)が亡くなり、音が闘病生活に入る。東京に来たときから住んでいた大きな家を離れ、どこかの山荘のようなところで音とともに静かに過ごしている裕一の元に、まじめそうな青年・広松寛治(松本大輝)が訪ねてくる。
作曲家を目指し、古山裕一の研究をしていた広松の質問に応える形で、作曲家・古山裕一の音楽人生が語られる。
――なぜ、クラシックから流行歌に転身したのか?
若者との会話のなかで、裕一が思い出すのは、恩師・小山田耕三(志村けん)のこと。13年前に、小山田からの手紙を裕一は読んだ。そこには、小山田が、裕一の音楽の才能に嫉妬して、進路を妨害していたことを告白し、謝罪が綴られていた。
音楽を愛した小山田。
音楽に愛された裕一。
その差はふたりを分け隔てたが、根っこでふたりは音楽というもので結ばれており、小山田は裕一の音楽を無視できず、常に聞いていた。
「和声の工夫やメロディの独創性をほかの流行作家とは一味違う」と古山裕一の曲の特性を小山田が評価する。ここで、改めて古山裕一の真価がまとまったところが最終回らしい。
手紙を持ってきた小山田の付き人・猿橋(川島潤哉)は、小山田を裕一の前ではいつもしかめ面していたが「笑顔が子供みたいにチャーミングな人」だったと振り返る。
演じていた志村けんが亡くなっているため、手紙は裕一が音読する形になったが、小山田のやわらかい笑顔(偶然、鏡に映っていた映像を使用したという)が登場した。
出逢エール
――なぜ、もう曲を作らないのか?最初は、生活のために流行歌を作っていたが、やがて、裕一にとってジャンルは関係なく、「全部、音楽です」となった。そして、もう曲を世に出す気はなく、いまは「僕の中にある音楽を僕だけで楽しみたいんだ」という域にまで到達していた。118回で木枯(野田洋次郎)が言っていたことである。
若き音楽を愛する者に、新しい音楽を紡いでほしいと託した裕一。音はか細い声で、最初に裕一に作ってもらった歌「晩秋の頃」(裕一が作曲、梅が作詞を担当した)を歌う。
この歌がお披露目された25回こそ、小山田が初登場して、裕一が演奏会を行った記事を読んで不敵なセリフを吐いた回であり、亡くなった志村けんさんの追悼テロップが流れた回でもあった。
「海が見たい」と音は裕一にせがみ、ふたりは、海へと――。
若いときに戻った裕一と音が海を駆け回り、ピアノを弾きながら歌う。
そこにかかるのは、GReeeeNの「星影のエール」。裕一が「出会ってくれてありがとね」と音に感謝するとき、「星影のエール」の歌詞「出逢エール♪」がかぶる。涙のあふれる感動シーンでもダジャレ(ユーモア)を忘れない。
家のベッドから抜け出した足元のアップに真っ白な照明を当て、海岸の白い砂浜とつなげて、ポン! と「星影のエール」の曲はじまりから海の場面に変わるタイミングの良さ。
そして、現実へ
「世界中を未曾有の不幸が襲う中で『エール』という名でドラマをやる意義を裕一を演じながら感じさせてもらいました」と窪田正孝に戻って挨拶。明日は特別編と紹介。
『エール』が未曾有の不幸のなかで、どれだけ作ることが大変だったか痛感する終わり方であった。脚本家の降板、コロナ禍、志村けんの死去、撮影休止、放送中断、放送回数縮小……それでもショウ・マスト・ゴー・オンで最後まで作り上げた。
小山田の手紙を前にして、裕一と猿橋が深く頭を下げあうところが、志村けんを悼んでいるかのように見えてしまううえ、「出会ってくれてありがとね」の海の場面まで、志村けんへの言葉のように思えてきて、どんどんドラマとは別の感慨が湧き上がる。
音楽と愛し、愛されたという根源的な話と平行して、小山田が音楽挺身隊を作って戦争に協力的だった話ももっと書き込んでほしかったと惜しみながら、小山田、映画も舞台もよく観に行ったのかよ! 舞台観に来たら絶対すぐわかるよ! とツッコミながら、でも、そんなことはもはやどうでもよくて、偉大なる芸人を失ったことが哀しい。これはもう虚実皮膜の最たるもの。その感情を最大限に利用する、これぞモノづくりである。
なんなら、志村けんさんが、全力でこのドラマを面白くしてくれたんじゃないかとも思えてくるし、残された者はそうしないといけないと情熱を掻き立てられたに違いない。
喪失の哀しみを乗り越えて歩いていく物語が朝ドラであり、それを身を以て描いた『エール』制作伝説は、長く語り継がれていくことだろう。
『アマデウス』&『モーツァルト!』
古関裕而をモデルにした天才作曲家・古山裕一を描くにあたり、天才作曲家・モーツァルトの物語を参考にしたのではないかと思われる部分が随所にあった。モーツァルトを描いた有名なものに、映画化もされてアカデミー賞を獲った戯曲『アマデウス』(作:ピーター・シェーファー)とミュージカル『モーツァルト!』(脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェ、音楽・編曲:シルヴェスター・リーヴァイ)がある。
『エール』で繰り返し、才能のある者・裕一と、それ以外(音や弟・浩二、御手洗、五郎、極めつけが小山田)を描いていたことは、『アマデウス』のオマージュであろう。
『モーツァルト!』は、久志役の山崎育三郎や御手洗役の古川雄大も主演したミュージカルで、天才・モーツァルトが家族や周囲と揉めながらも猛然と「僕こそ音楽」と音楽を探求していく人生を描く。彼とそりがあわない父や、彼を縛り付ける大司祭、彼と仕事する劇作家が登場し、これは『エール』の、お父さん(唐沢寿明)や叔父(風間杜夫)、小山田、池田と重なって見える。モーツァルトの「僕こそ音楽」という概念は裕一と音楽の関係にも近いであろう。
推測にすぎないが、『エール』が度重なる強風に倒れなかったわけは、これら先達の優れた作品の良さをおそらく参考にしたことによって、安定した土台が築けていたからではないだろうか。
【117話レビュー】華とアキラが光子(薬師丸ひろ子)の形見のロザリオに愛を誓う そして東京オリンピックへ
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【115話レビュー】経年と病気になった裕一を演じる窪田正孝のリアリティー
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami
■窪田正孝(古山裕一役)プロフィール・出演作品・ニュース
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番組情報
連続テレビ小説「エール」【放送予定】
2020年3月30日(月)~11月28日(土)
<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
原作・原案:林宏司
脚本・作:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
主演: 窪田正孝 二階堂ふみ
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和