『姉ちゃんの恋人』走り始めた恋に影を落とす岡田惠和脚本の求心力
イラスト/ゆいざえもん

※本文にはネタバレを含みます

ラブラブなだけでは終わらない『姉ちゃんの恋人』7話

しんどいことが続いた『姉ちゃんの恋人』(カンテレ・フジ系 毎週火曜よる9時〜)だったが、第7話はほっと一息。ラテ欄は「幸せカップル続々誕生! 姉VS弟の彼女」と明るい。

【前話レビュー】一緒に泣こう、笑おう――桃子は真人の「なんでも打ち明けられる人」になった

桃子(有村架純)真人(林遣都)はようやく恋人になれて、幸せな時間を過ごす。
前回まであんなに真人を思いつめていた深刻な事件が解決してしまったかのように、桃子と真人がニコニコしているのが若干拍子抜けだが、今このときの幸福を楽しもうとしないと、いつまでたっても人は哀しみに潜ってしまうから、彼らは彼らなりに懸命に幸せを享受しようと努力しているのだろう。

『姉ちゃんの恋人』はなにがあっても一所懸命に光のほうへ向かおうとする人たちのドラマ。登場人物たちは、明るく元気に見えるけれど、小動物のように、いつも外界の気配に敏感で、心を震わせている。

「世の中はそんなに優しくないと思うんだ」と桃子は言い、弟たち・和輝(高橋海人)、優輝(日向亘)、朝輝(南出凌嘉)に、真人と付き合うことになったことを報告しただけでなく、彼の起こした事件の話までする。そのうえで「姉ちゃんの味方でいてください」と頼む。

小さな弱い生き物である彼らは、情報を共有し、助け合おうとする。首都・東京を中心にした生活は、こういう密なコミュニティを廃して、個々のプライバシーを重視してきた。でも、この10年、震災があって、コロナ禍があって、生きることに途方にくれたとき、私達は、もっと周囲の人と繋がって、助け合っていこうと考えるようになってきた。

桃子たちはそれを実践しているようだ。それがあまりに密過ぎるような気がして、すこしくすぐったくなるのは、まだまだ私たちには過去の近代化の名残がこびりついているからだろう。

桃子と真人の、慎重に熟慮を重ねた船出を見守る周囲の人々は、祝福する反面、心配している。和輝は、「もしあなたが姉を傷つけるなら、僕はあなたを絶対に許さない」と真剣に真人に頼む。
“めっちゃへんなところから汗を出し”ながら。

真人が過去に恋人に暴力をふるったわけではないし、なんでそんな心配するのかなと不思議に思うけれど、結局、真実は当人しかわからないもので、伝え聞いた情報だと、真人が抑制できない暴力をふるう人の危険性も孕んでいるのではないかと心配にならないとも限らない。

そして、これだけここで、和輝に言わせるってことは、桃子と真人がこのまま幸福なままでは終わらないだろうなあと気になる。どきどき。

最後の最後に元カノが…

和輝は和輝で、大好きなみゆき(奈緒)の会社が潰れてしまったとき、彼女を守れる男の心意気が試されそう。

桃子は、みゆきから弟との交際事情を聞き、和輝を呼び出すと、「大切な大切な人だから、みゆきは。哀しい思いさせたらあんたでも承知しないからね、わたし」ときつく言う。和輝が真人に言ったことと同じようなことを言うのだからまったく姉弟らしい。

さて。これまでできるだけこのレビューでは、物語に没頭するように書いてきたけれど、ここからはちょっと客観的に書いてみる。

中盤で描いた、えぐいくらいの衝撃的な真人の過去は、ドラマの後半へと引っ張る力になっていて、生理的にいやだと思うくらいの刺激はやはりドラマを書くうえでは大事なのだと思う。そして、あれだけ、5話6話で描いた元恋人の気配が、7話ではいつまでたっても出てこない。それが余計に気にかかり、やっぱりドラマの求心力になる。


最後の最後に7話のラスト、元恋人が真人と桃子の前に現れるという趣向。登場人物がただ会話しているところを書くのが好きだという岡田惠和だが、視聴者がどういう出来事に引っ張られるかを熟知していて、ここぞ、というところにてらいなく入れてくるところは名人芸である。

『姉ちゃんの恋人』走り始めた恋に影を落とす岡田惠和脚本の求心力
第8話は12月15日放送。画像は番組サイトより

そういう力技の片隅で、コンビニの脇での桃子とみゆきのいつもの会話をじつに楽しげに描く。7話は、みゆきがストロング缶、奈緒がカクテル系を飲みながら。ふたりともストロング缶のときもあった。この描写に金原ひとみの短編『ストロングゼロ』を思い、なんともいえない現代性を感じる。

みゆきと桃子がすごく可愛いのだけれど、こう見えて、けっこう強いし、やさぐれているところもあるんだろうと思う。そういう子たちが、自分たちに決して優しくない世の中に負けないと前を向き、幸福な世界を夢に見る。

振り返れば、以前、岡田惠和がこの時間帯で書いた『スターマン・この星の恋』では、有村架純の演じる役は、山内マリコの小説『ここは退屈迎えに来て』のヒロインのような、地方都市から出たくて仕方ない切実な焦燥感を抱える人物として描かれていた。

岡田の初オリジナル連続ドラマ『若者のすべて』(94年)は、両親の死後、自動車修理工を切り盛りする青年(萩原聖人)とその仲間たちのどん詰まりの青春を描いたもので、何年経っても、岡田の書くものには、はみだし者たちの声にならない声が聞こえてくる。『姉ちゃんの恋人』では林遣都が演じる、冷たい社会から疎外された人物のやりきれなさと、それでも決して善意を失わない自制心の混じり合いがドラマにうまくハマっている。

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Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami

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番組情報

カンテレ・フジ系『姉ちゃんの恋人』
毎週火曜よる9:00〜

公式サイト:https://www.ktv.jp/anekoi/
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