『おちょやん』第14週「兄弟喧嘩」

第69回〈3月11日(木)放送 作:八津弘幸、演出:小谷高義〉

朝ドラ『おちょやん』千之助が心の内を語り、初めて劇団員に頭を下げる→家庭劇団結
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

「うち絶対負けとうない!」

打倒・万太郎(板尾創路)。ついに、千之助(星田英利)一平(成田凌)が団結する。ふたりが相談しながら、先代の天海をモデルにして台本を作っていく場面はわくわくした。


【前話レビュー】千代・一平・千之助――切り捨てられた人たちの物語

付き人の百久利(坂口涼太郎)にも新作台本「嫁取り相撲」がおもしろくないと指摘された千之助。台本を破って部屋から出ていこうとしたとき、千代(杉咲花)が駆け込んでくる。「うち絶対負けとうない!」とすがる千代に、勝てない原因は自分にあると言う千之助。

「万太郎が絡むと冷静ではいてられへんようになってまう……」

どんだけ万太郎が好きなんだ、千之助。健気だ。捨てられた子犬のようにしゅんとした千之助。「なんで役者辞められへんかったんだす?」と千代は聞く。どんな目にあっても女優をやめられない千代が同じような想いがあるであろうと問うが、千之助は振り切って出ていってしまう。

ここで千代が、女優になってヨシヲにみつけてもらって一緒に暮らす夢が破れ、一平と結婚したから女優を辞めてもいいかと脳裏をよぎったり、千之助に女優として才能がないとばかにされたりしても、それでも女優がやめられないことを早口でまくしたてる。

千之助の悩みは一週間かけてたっぷり描きながら、主人公の悩みはこの数秒。朝ドラの主人公が背負うドラマが毎度ステレオタイプだから、書き込む必要はないと判断し、それよりもっとほかのことを描こうとしているように見える。だったら、その朝ドラヒロインらしくないことを、主人公のために描いてあげてほしい。


「わしは須賀廼家万太郎という役者が大好きやったんや」

「なんで止めへんかったんや」
千代から話を聞いたとき一平はぼやく。この人、なんで千代にばかり任せてるんだ……。仕方ないからひとりで「やるしかない」と台本執筆に勤しむ一平。

朝ドラ『おちょやん』千之助が心の内を語り、初めて劇団員に頭を下げる→家庭劇団結
写真提供/NHK


だが、大山社長(中村雁治郎)は家庭劇を当て馬としか考えていなかった。じつは期待されていないという哀しみ。

逃げ出した千之助。たまたま万太郎とすれ違う。芸子をはべらして歩いている万太郎は、昔、頭で卵を割ったやつがいたと昔ばなしをしている。それを咄嗟に隠れて聞いている千之助。そんな自分が妙に腹立たしいと、一平の家にやって来る。

「あれ、なんや?」と一平の視線をずらしてから、ちゃぶ台をどかして、「力貸してくれ」と頭を下げる。どこまでも負けず嫌いな人物……。一平もしばらく横を向いて、千之助を正視しない。
それが情けというものなのだろう。渋い。

一平は「ふたりして力合わせますのや」と言って、一緒に台本を作り始める。ときに喧嘩しながら、ときに煮つまりながら、喜劇を作っていくこの光景は、又吉直樹の『花火』の世界のようである。

千代はふたりのためにおにぎりを作る。ここで千代が、運動部のマネージャーのように、おにぎりを差し入れすることしかできないところがなんだか残念。主人公なのに。

だんない。千之助さんのうしろにはうちらがいてる

主人公・千代ができることは、ふたりを微笑んでみつめることと、おにぎり作ったり、果物出したりすることのほかに、怒って休んでいたルリ子(明日海りお)香里(松本妃代)を連れ戻してくること。とにかく、駆けずり回っている。

これぞ内助の功だが、その内助の功すら目立たせず、さりげなくしか描かない。“内助の功、バンザイ”が従来の朝ドラだったのに。
それすらない。唯一あるのは、一平と千之助の初めての共同脚本「丘の一本杉」を最初に読む特典だけ……。

千代に呼ばれて戻って来たルリ子と香里に、ぼかしつつも謝り、出てくれとお願いする千之助。

「こないな台本見せられたらやりとうなってまうやろ」と香里。
「しょうがないわね、今回だけは許してあげる」とルリ子。

朝ドラ『おちょやん』千之助が心の内を語り、初めて劇団員に頭を下げる→家庭劇団結
写真提供/NHK

第69回は珍しくハートウォームな回ながら、ルリ子や香里を駆動するのは、あくまでも良い台本であることだ。そうでなくちゃ。なんでも情ばっかりだとおもしろくない。やっぱりプロの役者としての矜持は貫いてほしい。劇団は仲良しグループではないのだから。“内助の功、バンザイ”を声高に書かないことと同じように、演劇が好き、演劇、バンザイ、とストレートに描かないのは、演劇の深いところまで描くのは容易ではないからだろうか。

そう、芸の道は厳しい。
所属会社の社長に「当て馬」扱いで、まったく期待されていない劇団・家庭劇。でもこの見捨てられた者たちは、もはやここしか居場所がない崖っぷちなのだ。それでも、おれたちだって捨てたもんじゃないという心意気で、万太郎一座に逆転勝利、あるか。

【関連記事】『おちょやん』67回 団結せねばならぬ局面にギスギスし始める鶴亀家庭劇
【関連記事】『おちょやん』66回 ハナが亡くなりチャップリン来日 そしてみつえには長男・一福
【関連記事】『おちょやん』65回 私のために笑い、泣いてくれる人です――千代と一平が結婚

■杉咲花(竹井千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
■成田凌(天海一平役)プロフィール・出演作品・ニュース
■星田英利(須賀廼家千之助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■板尾創路(須賀廼家万太郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■西川忠志(熊田役)プロフィール・出演作品・ニュース
■明日海りお(高峰ルミ子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■曽我廼家寛太郎(小山田正憲役)プロフィール・出演作品・ニュース
■渋谷天笑(須賀廼家天晴役)プロフィール・出演作品・ニュース
■大川良太郎(漆原要二郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■坂口涼太郎(曽我廼家百久利役)プロフィール・出演作品・ニュース
■松本紀代(石田香里役)プロフィール・出演作品・ニュース
■華井二等兵(須賀廼家一二九役)プロフィール・出演作品・ニュース
■中村鴈治郎(大山鶴蔵役)プロフィール・出演作品・ニュース
■桂吉弥(黒衣役)ニュース


※次回70回のレビューを更新しましたら、Twitterでお知らせします。
お見逃しのないよう、ぜひフォローしてくださいね

番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
編集部おすすめ