『おちょやん』第18週「うちの原点だす」
第90回〈4月9日(金)放送 作:八津弘幸、演出:小谷高義 〉

「間違えたままで立ち止まったらあかんのだす」
「私はただ、しようと思うことは是非しなくちゃと思ってるばかりです」「なによりも第一に私は人間です。ちょうどあなたと同じ人間です」
「社会と私と、どちらが正しいのか決めなくてはなりませんから」
【前話レビュー】8月15日、終戦。日本は負けた 終戦の日、朝ドラの女たちはどうしていたか
終戦を迎え、千代(杉咲花)は彼女が芝居に目覚めたきっかけであるイプセンの『人形の家』のセリフに自分の気持ちを重ね、立ち上がる。
「(戦死した)福助や百久利は許してくれるだろうか」と迷う一平(成田凌)に「みんな間違うたんだす」と背中を押す千代。「間違えたままで立ち止まったらあかんのだす。ちょっとでも正しいに変わるように、しんどうても前に進まなあかん。それこそが喜劇やろ」と千代の声にも顔にも迷いは一切ない。
人は皆、間違える。間違いを責めるのではなく、間違いに気づいて修正することの大事さを千代は説く。
終戦を迎え、俄然、笑い(喜劇)に社会性を込める考えに目覚める千代。もともと、これは、千代のモデルの浪花千栄子の考えというよりは、一平のモデル渋谷天外のものであろう。大槻茂著『喜劇の帝王 渋谷天外伝』には天外の言葉がいくつも印象的に引用されていて、そのなかに、<笑わせるのが喜劇だと思っている役者と資本家とそして批評家がある間は、喜劇は笑わせるだけで終わるだろう――『わたしのれきしおおじてん』(昭和三十二年九月)>がある。このように天外はとても皮肉屋でインテリであった。
一方、浪花千栄子は唯一の自伝『水のように』を読んでも、下流の家に生まれながらも真面目に上品に丁寧に生きていこうとしていたことは感じられるが、思想的なことは読み取れない。『おちょやん』の千代は浪花千栄子と渋谷天外を足しているように感じる。
歴史上の人物を知る手立てはこのように当人の自伝、第三者の評伝とさまざまであるが、濱田研吾の『俳優と戦争と活字と』は、俳優たちの戦争の記憶をさまざまな資料を調べ記した労作である。そのなかに終戦(8月15日)の記録があり、浪花千栄子のものもある。

『俳優館』という雑誌に載ったアンケートに、当時は焼け出され生まれた田舎にいて<親類の子供達の頭を洗ってやって死ねといわれたらいつでも、死ねる様に支度して居りました>と回答したこの一文に、彼女のなんともいえない悲愴な覚悟がある。
「千代たちをあんたが救いますのんや」
家庭劇の面々も道頓堀に戻って来て、芝居をやることになった。夫・福助と義父母を戦争で亡くしたみつえ(東野絢香)と息子の一福(歳内王太)のために行う演目は『マットン婆さん』。福助とみつえが駆け落ちしたときに上演した思い出の作品である(第54回)。『マットン婆さん』は、家庭劇のモデル松竹新喜劇の人気演目『アットン婆さん』を下敷きにしたと思われる劇中劇。ある家に女中として仕えたマットン婆さんが暇をとらされることになり(早い話がクビ)、世話になったその家の三男がなんとか引き留めようとする。千代が演じるのは世話になったにもかかわらずマットンに意地悪な人物である。
千代はこの芝居を、寝たきりで塞いだままのみつえのために行おうとするが、みつえは行く気がない。シズ(篠原涼子)が迎えに来て、「千代たちをあんたが救いますのんや」と意外なことを言う。そう言われてみつえはついに起き上がる。
焼け野原に建った簡易劇場で行われた芝居をみつめるみつえ。
それが逆にみつえを笑わすことになる。彼女はホントにおかしくて笑ったのか。いや、予定通りに劇が進行しないで止まってしまった千代を救おうと手を差し伸べたのかもしれない。
前述の大槻茂著『喜劇の帝王 渋谷天外伝』の引用にはこんなのもある。
<喜劇などほんまに阿呆な仕事だす。醜い体を、知性のない人間が無軌道であればあるほど人が笑う。又笑わせるほど上手だ、巧みだと言う。そいつをほめる観客、批評家それ自身の知性の低さがわかってない。つまり自分の低さに批較して、あれは笑わせるとか、面白いとか、価値づける。

単純におもしろおかしくバカバカしいことを渋谷天外は目指していなかった。これはドラマでも一平がこだわっていたことである。例えば、一福が音の出ないことを笑う場面でなぜか音を出せてしまう。じつは人知れず練習していた成果なのだが、間が悪い。
それと同時に、吹くことができたことの歓びもやっぱりある。亡き父の形見をめぐって、人々が涙と笑いの綯(な)い交ぜになった関係性で結ばれていく。これこそ一平の目指す喜劇であろう。そして、千代もいつしかそういうものを求めていた。
この綯い交ぜという感覚は、貧しい千代とお金持ちのみつえという役割が絶対ではなく、時と場合で反転していくことにも現れている。救われるときもあれば救うときもあって、人間とはシーソーのようにカタンコトンと上になったり下になったりしながら生きている。喜劇(笑い)とは人生のバランスをとることなのだと『おちょやん』は教えてくれる。
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番組情報
連続テレビ小説『おちょやん』<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
作:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami