『おかえりモネ』第13週「風を切って進め」

第61回〈8月9日(月)放送 作:安達奈緒子、演出:桑野智宏〉

『おかえりモネ』第61回 百音と菅波に進展 登米の森林組合の人たちが見たら大騒ぎしそうな展開に
イラスト/AYAMI
※本文にネタバレを含みます

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百音(清原果耶)がぶつかっている難問。「人のため」か「自分のため」かという問題はつまり、人はなんのために生きるかという問題にほかならない。めちゃめちゃ根本的かつ重要で、だからこそ簡単に答えは出ない、一生かかって見つけていく問題である。
『おかえりモネ』は真面目にその問題に向き合っている。

【レビュー一覧】『おかえりモネ』のあらすじ・感想(レビュー)を毎話更新(第1回〜第61回掲載中)

人の役に立ちたい。その一心だった百音(清原果耶)は東京で人の役に立てるようになった。ところが、東京にはごくシンプルに自分のやりたいことをやっている人たちがたくさんいて、百音の価値観は揺らいでいく。かつて駅伝で負けたリベンジをしたくて“スポーツ気象”というジャンルを開拓しようとする朝岡(西島秀俊)、風の研究に熱心な内田(清水尋也)、報道キャスターを目指す莉子(今田美桜)。とりわけ「100%自分のため」に車椅子マラソンでオリンピックに参加しようとがむしゃらになる鮫島(菅原小春)の姿には「カッコいい」と思う。


人はなんのために生きるか。基本的な問題を『おかえりモネ』では一言で片付けることなく、様々な人の様々な経験や考えを提示しながら、視聴者に思考を促そうとしているかのようである。ドラマではよく、簡単に良い感じのセリフで人生はこういうものだと言って「共感した」「涙でた」「わかりみが深い」「首がもげるほどうなずいた」などという感想をSNSで溢れさせるのが常道だが、『モネ』にはそれがない。

ただ、そんなふうに、出汁から味噌汁を作るなど高級旅館の朝ごはんに関する薀蓄みたいな朝ドラは肩が凝る。朝はパンとコーヒーで四の五の言わずに手早く済ませたいと思うような人たちもいるわけで。そこで、工夫が2つあった。
その大事な2点を順番に見ていこう。

手当ての効能

鮫島の体調管理に医者が必要で、菅波が担当することになった。一度百音が頼んだとき菅波は断って、代わりに菅波の先輩の中村先生(平山祐介)が朝岡の頼みでやって来た。ところがなぜか途中で菅波が担当することに。百音は「中村先生にどんな弱みを握られているんですか」とからかうように聞く。

中村と菅波の間には確たる上下関係がある。その中村が気象予報に協力することの意義を認識することで菅波が手伝う大義が生まれたか。
百音がプロジェクトに参加しているのを見て中村が気を利かせたか。そんなところかなと想像できる。あとで、働きすぎて強制的に休暇をとらされ、その空いた時間にトレーニングに付き合うことになったことがわかる。

選考会の日が刻々と近づいてきてトレーニングに励む鮫島。頑張りすぎて背中がつってしまい、百音が背中をさする。

菅波「手当っていいますからね。
治療の基本なんですよ」
鮫島「人の手ってありがたいもんやな」

懸命に背中をさする百音。これだって立派に人の役に立っている。いやむしろ、これこそが基本ではないだろうか。そのささやかな行為の価値を百音はまだ気づいていない。でもそれを菅波はじつにやさしい瞳で見つめている。人のためとは何か、みたいなことを言葉にしないでも、百音が鮫島の背中をさする、その無償の行為に見ているほうの心もほぐされていくようだった。


『おかえりモネ』第61回 百音と菅波に進展 登米の森林組合の人たちが見たら大騒ぎしそうな展開に
写真提供/NHK

百音と菅波の進展

人の役に立つことはいいことだけれど、「あなたのおかげ」と感謝されることに価値を見出してしまうと本質を見失っていく。それがわかっているからか莉子は「けっきょくは自分のため」と言いきり、菅波は「あなたのおかげでという言葉は麻薬です」と戒める。

菅波にもかつて、百音のように「人のため」と思って間違った道に陥ってしまった経験があった。患者のためになったことに気持ちよくなって頑張り過ぎたことで客観性を失い、結果、患者の「人生を奪いました」と思わせぶりに百音に語る。奪うって……とドキリとするが、昔のことだし、大事には至ってないようなことを言う。でも具体的には明かさない。気になる。


でも誰にも言わずに秘してきた過去を百音に明かしただけ前進である。それがきっかけになったかは定かではないが、菅波が百音に「じゃあ一緒に帰りますか」と声をかける。一旦、その言葉を引っ込めようする遠慮がちな菅波に、百音は慌てて「待ってください」と帰り仕度をする。待ってるときの菅波は「小学生か」とつぶやく。



『おかえりモネ』第61回 百音と菅波に進展 登米の森林組合の人たちが見たら大騒ぎしそうな展開に
写真提供/NHK

このふたりの感じを見ていると、お互い気持ちがあるが、言い出せないだけであることは明白である。百音は菅波からのアプローチを待っていて自分からは何もできない奥ゆかしさがあり、菅波はアプローチの仕方がわからない不器用な人というところだろう。それがついに一緒に帰ることに。登米の森林組合の人たちが見たら大騒ぎしそうな展開だ。

折しも雨が降っていて菅波は傘を持っていなかった。これって、菅波は傘がなかったからちゃっかり送ってもらおうと思っていただけではないと信じたい。論理的な菅波なので、彼なりに頑張ってきっかけを作ったのかもしれない。

百音の傘は青空のような色で、劇伴は雨でも楽しく心が跳ねるようなピアノ曲だった。

百音と菅波の相性が良さそうと感じる点は、ふたりともそろってウィスパー(ささやき)気味に話すところにある。ウィスパーはたいてい独り言や誰かに聞かれたくない話のときに用いられるものだが、ふたりは常にささやき声なのだ。メインで話を引っぱっていくふたりがそうだと、耳に心地よい反面、自信がないように聞こえるし、つかみどころがない。百音も菅波も腹から声出せ!と筆者は時々、もどかしく感じることもある。

なんでこうなのか考えると、ふたりはまだ自分の心を掴みかねているのであろう。人生にも恋にも自信がまだない、その不安感が声に出る。彼らに比べると、信念を持って生きている鮫島も朝岡も莉子もじつにはきはきしゃべっている。
(木俣冬)

『おかえりモネ』をさらに楽しむために♪









番組情報

連続テレビ小説『おかえりモネ

2021年5月17日(月)~

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

出演:清原果耶
内野聖陽 鈴木京香 蒔田彩珠 藤 竜也 竹下景子 永瀬 廉 恒松祐里 前田航基 高田彪我 浅野忠信 夏木マリ 浜野謙太 でんでん 坂口健太郎 平山祐介 塚本晋也 西島秀俊 今田美桜 清水尋也 森田望智 井上 順 高岡早紀 玉置玲央 阿部純子 マイコ 菅原小春
※登場人物のプロフィールやあらすじなど、詳細はこちら

:安達奈緒子
演出:一木正恵 梶原登城 桑野智宏
音楽:高木正勝
主演:清原果耶
語り:竹下景子
主題歌:BUMP OF CHICKEN「なないろ」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami