『おかえりモネ』第16週「若き者たち」

第79回〈9月2日(木)放送 作:安達奈緒子、演出:梶原登城〉

『おかえりモネ』第79回「わかってんでしょ?」一瞬の慰めを求めてすがる亮に百音は……
イラスト/AYAMI
※本文にネタバレを含みます

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亮「それでもいい」
百音「これで救われる?」
百音(清原果耶)亮(永瀬廉)の際どいやりとり。百音には菅波(坂口健太郎)がいることをわかったうえで、一瞬の慰めを求めてすがるような亮に百音は……。

【レビュー一覧】『おかえりモネ』のあらすじ・感想(レビュー)を毎話更新(第1回〜第79回掲載中)

魔が差すじゃないが、一時の気の迷いによる危うい感情を朝ドラでこれほどシリアスに描くことは珍しい。
百音と亮の探り合うような心理描写に見応えがあった。

「わかってんでしょ?」

震災以降の気持ちを語り合った百音、明日美(恒松祐里)、亮、未知(蒔田彩珠)、三生(前田航基)、悠人(高田彪我)。お腹が空いたので築地の場外市場に食事に出かける。築地の風景も美味しい食べ物の画も楽しく語らう百音たちの姿も省略されて(川の遠景のみ挿入される)、築地から帰ってきたところから話が続いていく。

余談だが、永瀬廉と同じKing & Princeの岸優太が出ている月9『ナイト・ドクター』とは真逆だと感じる。このドラマでは毎回、レギュラー陣が風通しのいい屋上に集って語らっている。焼き肉、スイカ割り、流しそうめん……と癒やされる食の風景が見どころなのだが、『モネ』では一切なし。『モネ』が追求するのは心の風景である。「体の痛みも心の痛みも本人でなければ絶対にわからないんですよね」と菅波が言うように、本人しかわからない、いや本人すらわからない言葉にできない心象風景を『モネ』は静かに見つめている。

第78回の振り返り場面で、三生が泣いているカットの後ろで、水飲み鳥がさりげなく、あまりにもさりげなくゆらゆら揺れる様子が映り込んでいる。「やじろべえ」の代わりのようである。こういうのをモンタージュ技法として印象的に使用することで視聴者の感情を誘導しないところがまた『モネ』らしい。

築地から帰ってくると、亮はひとりコインランドリーに。
心配してやって来た百音の腕を掴んで「わかってんでしょ?」といつもの紳士的な表情にちょっとだけ野性味を見せる。前の晩に「ごめん、俺やっぱ百音しか言える相手いない」と電話ですがったことで自分の気持ちが伝わっていると思っている。

『おかえりモネ』第79回「わかってんでしょ?」一瞬の慰めを求めてすがる亮に百音は……
写真提供/NHK

亮は高校時代、明日美とも付き合ったことがあるし、モテモテだけれど、本当は百音が一番大事で、でも言い出せないままになっていたということらしい。その理由は多感な中学生のときに震災で母を亡くし、父の心が壊れてしまったために大切な人をつくることを恐れていたからだ。誰かに頼ってはいけないと必死で自分を抑制してきた。いつもにこにことスマートに振る舞いながら自分の弱みを見せずにきた5年間。心も体も多感な青春期にさぞ辛かったことであろう。

百音のことも震災がなく高校生になっていたら普通に付き合っていたかもしれないが、百音自身が震災で心を塞いでしまっていたから、スイーツ映画にあるようなキラキラした男女交際などできるわけもなかった。そんなとき、明日美にてらいなく好き好き言われたら本能が動いてしまうのも仕方ない。明日美もそれがわかっていたからすぐに別れて、その後も好きは好きでも諦めているのだろう(あくまで推測です)。

断ち切れなくてずるずると引きずり持て余す、衣服から垂れ下がる糸くずのような感情をこのように描いたことは野心的な試みであろう。これが朝ドラでなかったら、百音がほだされてしまうところまで描く場合もあるだろう。
例えば、夜中に百音が亮に会いにいったらどうだったか。朝ドラの限界ぎりぎり。百音が同情からその瞬間だけ亮を受け入れるようなことは決してしない。菅波とうまくいきはじめたばかりだからタイミングも悪かった。しかも菅波といい感じになった同じコインランドリーでの出来事だから余計に。



「お姉ちゃんは正しいけど冷たいよ」

第78回で、三生は亮に手をとられ、感極まってそれを握り返した。だが高潔な百音は亮に腕をつかまれ引き寄せられても彼の体に自ら触れることはなかった。同情と愛情をきちんと切り分ける。

そもそも亮に対して同情することすらしない。それだけ彼を尊重しているからである。一時の感情に溺れないようにしようと力を込めた百音の瞳は、男女の機微を超越して、この世界の理不尽に感情で負けず毅然と理性で立ち向かおうとするかのようなスケールの大きさがある。

そんな百音を、一部始終をはらはらしながら見ていた未知(朝ドラ名物・立ち聞き)は「お姉ちゃんは正しいけど冷たいよ」と感じてしまう。「私がそばにいる」と百音に宣言する未知なら、亮に求められたら、彼の心の隙間を埋めようとすぐに受け入れてしまったことだろう。


明日美がおそらくそうだったように。朝ドラだからかそこを掘り下げはしないが、亮のような人は自分に好意的な人にすがって瞬間の虚しさを埋めてはそれを繰り返してしまい、涙に濡れる女性もいるのだろうと思う。でもそれはまた別の話である。亮は「こええ」とちゃんと自分のやばい感情を抑制できる節度をもって描かれている。

おそらく西日と思うが陽光照らすコインランドリーで感情を吐露する亮の顔に汗が滴り落ちる。涙なのか汗なのかわからないかすかな水滴が亮の心の内のように見えた。

『おかえりモネ』第79回「わかってんでしょ?」一瞬の慰めを求めてすがる亮に百音は……
写真提供/NHK

新次、動く

亮のことを考えて、美波の死亡届けに判を押す決意をする新次(浅野忠信)。「そうしたら美波も喜ぶよなあ」と言うと、耕治(内野聖陽)亜哉子(鈴木京香)も黙ってしまう。単純に頷けない、その沈黙がことの重さを物語る。
(木俣冬)
『おかえりモネ』をさらに楽しむために♪












番組情報

連続テレビ小説『おかえりモネ

2021年5月17日(月)~

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

出演:清原果耶
内野聖陽 鈴木京香 蒔田彩珠 藤 竜也 竹下景子 永瀬 廉 恒松祐里 前田航基 高田彪我 浅野忠信 夏木マリ 浜野謙太 でんでん 坂口健太郎 平山祐介 塚本晋也 西島秀俊 今田美桜 清水尋也 森田望智 井上 順 高岡早紀 玉置玲央 阿部純子 マイコ 菅原小春
※登場人物のプロフィールやあらすじなど、詳細はこちら

:安達奈緒子
演出:一木正恵 梶原登城 桑野智宏
音楽:高木正勝
主演:清原果耶
語り:竹下景子
主題歌:BUMP OF CHICKEN「なないろ」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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