朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第7週「1948-1951」
第34回〈12月16日(木)放送 作:藤本有紀、演出:安達もじり、橋爪紳一朗〉

※本文にネタバレを含みます
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勇はいつも人生のバットを振り遅れている「かけがえのないふたりだけの時間の象徴」だった『カムカム英語』が最終回を迎えた。長らくこのラジオ番組に励まされていた安子(上白石萌音)とるい(古川凛)は最終回の平川唯一(さだまさし)の挨拶を寂しい顔で聞く。テキストの表紙にはYasuko Ruiと名前が書いてある。
【レビュー一覧】朝ドラ『カムカムエヴリバディ』のあらすじ・感想(レビュー)を毎話更新(第1回〜34回掲載中)
お別れは寂しいけれど、るいはもうすぐ小学校に通うようになる。世界を広げる学習の機会がそこにあるだろう。寂しいのは安子。『カムカム英語』を聞く時間がなくなることはるいとの時間が減っていくことだ。
張り合いがなくなった安子が『カムカム英語』の主題歌を口ずさみながら神社を散歩し、木漏れ日の影と影の間を飛び跳ねる。木漏れ日は「ひなたの道」とはちょっと違って、日だまりと日陰がまだらになっている。ずっと明るくあたたかなひなたの道を歩いていけたらいいが、世の中、そうもいかない。やっぱり日陰だってある。安子は日陰を避けて日だまりだけを選んで、小さくジャンプしながら進む。たとえ真っ直ぐひなたを歩けなくても、こんなふうにちょっとずつ日陰を飛び越えていけばいい。そんなことを感じるシーンである。
とそこへロバート(村雨辰剛)がやって来た。「木漏れ日」という現象を表す言葉が英語にはない。日本語の繊細さをロバートは讃え、安子に、社務所を借りて行う英語教室の教材を作る仕事を手伝ってほしいと言う。これで『カムカム英語』を失って落胆した安子も次なる目標ができた。
安子は日本語のすばらしさをアメリカ人のロバートを通して知って嬉しくなる。日本語では端的に「木漏れ日」という言葉があるが、ロバートはその現象を「このきらきらとした光と影のダンスやゆれる木の葉の形。そこから感じるあたたかみ」と長い言葉で木漏れ日を表現する。
日本では短歌や俳句のように短い表現があり、英語は詩という長い表現がある(日本にも詩はありますが)。例えば、洋画を観ていると、英語は言葉数が多いが、日本語訳はそれをものすごく短くぎゅっとまとめて表現している。言葉の違い、文化の違いを、安子とロバートの会話に盛り込んでいるところが『カムカム』の誠実さである。英語をテーマにした作品だからこそ、ここまで心を配る必要があるのだろう。多くのエンタメの脚本はこういうところに目配りできていないものが少なくないため、藤本有紀脚本の細やさが高く評価されるのも当然なのである。
安子とロバートが無邪気に木漏れ日のなかを飛び跳ねているとき、勇(村上虹郎)は黙々とバットを振っていた。進駐軍の野球部から試合の申し込みがあったのだ。
勇にとってバットを振る――野球をすることは男として、人としてのプライドを示すことである。かつて、稔(松村北斗)とキッチボールをしながら安子をめぐっての宣戦布告をしたときもそうで、野球の才能を発揮することで自信がつくのだ。そうやってひとり野球に賭けているとき、安子はロバートと木漏れ日を飛び跳ねて楽しそうというなんとも皮肉な状況である。野球はうまいが、人生の勝負ではいつもバットを振り遅れる男・勇。嫌いじゃない。
勇が好き過ぎて行き過ぎた言動をする雪衣
なんとも損な役割の勇のことを密かに見つめている雪衣(岡田結実)。さりげなく尽くしているが、勇は気付いていないというか当たり前に彼女の献身を享受している。そもそも女中と雇用主の息子だから身分違いであり、そのうえ、雇用主・千吉(段田安則)が勇に安子と再婚するように言うのを立ち聞きして悲嘆に暮れる雪衣。そんなとき、居候の算太(濱田岳)がやたらとまとわりついてくるのでイライラがさらに募る。「なんで算太さんと安子さんはこの家におるんですか?」「早うこの家出ていったほうがええ思います」と問い詰める。

家の仕事をしないでおはぎを売り歩いているという点は雪衣の言い分は間違ってはいないだろう。
当たり前である。思いが行き過ぎて逆に勇の心象を害することになった雪衣。言動には問題があるが、なんの策もない。つまり悪意なく、ただ素直な人なのだなと感じる。ただ素直に好意を示し、ただ素直に疑問をぶつける。こういう人物よりも悪意あるキャラのほうが演じやすいだろう。悪というある種の正義(信念)を感じて共感を覚える人もいるから。だが雪衣のような、ただ自分の欲望や感情に忠実なだけの人は共感しにくい。岡田結実はなかなか難しい役にトライしていると感じる。
(木俣冬)
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番組情報
連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
2021年11月1日(月)~<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢
作:藤本有紀
プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香
演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史
音楽:金子隆博
主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈
語り:城田優
主題歌:AI「アルデバラン」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami