【お笑い界 偉人・奇人・変人伝】#286


 宮川花子さん


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 2019年に一時は「余命1週間」と宣告されながら、車イスで舞台に復帰できるまで回復された、宮川大助・花子の花子さん。今月9日にひとり娘さんが結婚されました。


 大助・花子さんとは1983年に出会い、ほぼ同期。19年に花子さんが立ち姿で漫才をされた番組収録も一緒でした。この後、車イスになり、結果的に花子さんの立ち姿での舞台は最後になっています。


 当日は「腰が痛とうてあかんねん」とお弟子さん2人の肩を借りてようやく移動できる状態で、舞台袖でも支えられていましたが、出囃子が鳴り出すと、いつものようにさっそうとセンターマイクに向かい、15分の漫才を完璧にこなし、手をふりながら舞台袖で迎えるお弟子さんの元へ倒れ込みました。「痛い痛い、アカンわ、(本多)先生も体弱いねんから気をつけてよ」という言葉を残し、抱えられて楽屋へ戻っていかれました。


 数日後、記者会見を開き、多発性骨髄腫を公表。「必ず歩いてセンターマイクへ帰ってきます」と宣言しました。


 大助さんの献身的なサポートで病状は回復し、花子さんは車イスながらセンターマイクに復帰。歩いて舞台のセンターに行けないという現実を受け止めることは、本当につらく、車イスでの舞台は悔しい決断だったと思いますが、それでもお客さんを笑わせるんだというすさまじい「芸人魂」がありました。


 以来、大助・花子さんの地元、奈良・生駒市で開かれる「素人名人会」に私も大助・花子さんと共に審査員として参加させていただいています。


 昨年11月、その生駒の会で楽屋での第一声。


「先生、おはようございます! まだ生きてるよ~!」


 闘病疲れが浮かぶ顔を笑顔に変え、気力を振り絞って声をかけてくださいました。

あとは声のトーンを落としながら「こないだベッドで溺れかけましてん……肺に水がたまって、もうちょっとで溺れるとこでしてん。“宮川花子ベッドで溺れる”てー記事になったら、なんのこっちゃわからへんがな!」と過酷な闘病生活にも笑いを交えるプロ根性。「ホンマに生きるて大変なことやね。健康に感謝せなあかんわ」と何度もため息交じりで話していました。イベントが始まって舞台に登場すると「花子は元気ですよ~!」と手を振りながら舞台に上がりました。「私は楽屋で寝転んで楽さしてもらいながらモニターで審査させてもらいます。その分、主人がしゃべってくれるでしょうけど、あんまりおもんないと思うんで、期待はせんように」と爆笑をとりながら楽屋へ。


 最後の講評になると「みなさん、よう頑張ってたわ~! すごい元気もらえて良かった~! うちの主人からもひと言」、大助さんが「え~」と言ったところで「しゃべりすぎ!」とツッコんでまたまた場内が大爆笑。


 お元気な時と変わらない間とテンポ、花子さんの芸人魂、芸人根性に涙が止まりませんでした。帰り際「来年も生きて会えますように」と笑顔で言って帰られました。


 現在は化学療法を受けるために毎週通院中とのこと。娘さんの結婚で安心してホッとするのは普通の親、花子さんはこの喜びをパワーに変えてまた舞台で花を咲かせることでしょう。


(本多正識/漫才作家)


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