【スージー鈴木のゼロからぜんぶ聴くビートルズ】#61


 アルバム『ラバー・ソウル』(1965年12月3日発売)②


  ◇  ◇  ◇


■『ドライヴ・マイ・カー』


 これですよ、これ。これぞ『ラバー・ソウル』ですよ。

奥さん。


 中期というか第2期ビートルズへの変貌を高らかに宣言するアルバム1曲目である。


 まず驚くのが、そのタイトなグルーヴだ。これまでの多くの曲と変わらず、明らかに黒人音楽の影響下にあるのだが、単なる物まねではなく、自分たちの方にグイッと引き寄せて、自分色に染め上げている。まさに「ラバー」製の「ソウル」音楽になっている。


 そしてハーモニー。不思議というか、どことなく変な響きに聴こえないだろうか。


 試聴リンク再生時間「0:05」の歌い出しから、ポールの高音が、意図的に調子っぱずれの音(G)で歌っていて大げさに言えば不協和音になっている。本来なら半音低い「F♯」なのだが、それだと、この型破りのかっこよさにならないのだ(心得のある方は試されたい)。【オリジナル記事で試聴する


 さらにサビ前の「♪バット・ユー・キャン・ドゥ・サムシング・イン・ビトウィーン」(再生時間「0:16」から)の凝りに凝った変態ハーモニーたるや。これまでのビートルズには明らかになかった響きである。


 世界よ。

これが中期、第2期だ。


 また歌詞も、何というか、大人っぽい。


 映画スターになりたいという強気そうな女に「アタイのクルマを運転させたげる」「そしたら、アンタに惚れちゃうかも」と言われる男の話。この女、イメージでいえば、若い頃の加賀まりこだ。


 さらにドライヴ/クルマというモチーフには、性的な意味合いも込められているらしい。


 でも加賀まりこ、次にこういうのだ──「でもアタイ、クルマ持ってないのよ」。かっこいい。きゃー、まりこ様!


 と、まりこ様はともかく、『ラヴ・ミー・ドゥ』から全曲論評してきた筆者としては「ビートルズ、大人になったなぁ」としみじみする。読者よ、これが中期、第2期だ。


 間奏のギターソロの最後が、すーっと音が上がっていく不思議な音になっている。このパートは、指に金属や瓶をはめて指板をすべらせるスライドギターで弾かれている。


「さすがジョージ、後にスライドギターの名手となるだけあってうまいなぁ」と今の今まで思ってきたのだが、弾いているのは何とポールとのこと。

こんな感じでポールが出しゃばり始めて、ジョージとの関係が徐々に険悪になっていくのも、中期、第2期だ。


 という『ドライヴ・マイ・カー』、アルバム1曲目にして、アルバムベスト曲である。


▽スージー鈴木(音楽評論家) 1966年、大阪府東大阪市生まれ。昭和歌謡から最新ヒット曲まで幅広いジャンルの楽曲を、社会的な視点からも読み解く。主な著者に「中森明菜の音楽1982-1991」「大人のブルーハーツ」「日本ポップス史 1966‐2023」など。半自伝的小説「弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる」も話題に。日刊ゲンダイの好評連載をまとめた「沢田研二の音楽を聴く1980-1985」、最新刊「日本の新しい音楽1975~」は大好評。ラジオDJとしても活躍。


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