「えっ、ウソでしょ!! キャベツ1玉10円って、どういうこと!?」
商店街をそぞろ歩いていた女性が、ある店の前でこんな驚きの声を上げて、足を止めた。
レ・アルかきぬま──。
売場面積30坪ほどの店に、連日、1500人を超す客が押し寄せている。
人気の理由はズバリ、安さ。
この日も、女性が驚嘆の声を上げた“キャベツ1玉10円”のほか、店には“サンチュ18円”“ごぼう88円”“絹ごし豆腐28円”(すべて税別)と、物価高のいま、時代が逆行したとも思えるような破格値の特売品が所狭しと並んでいた。
冒頭の女性はキャベツを1つ手に取ると、激安の値札にいざなわれるように、店の奥へ奥へと足を踏み入れていく。
「大葉が10束で300円!? これもすごく安いよね~、たまごMサイズが220円!? これも絶対、安い。うん、安い安い……」
誰に言うでもなく、上機嫌でひとりごちていた女性。気づけば野菜や品物でいっぱいになったカゴを手に、レジの列の最後尾に。その顔からは、じつに幸せそうな笑みがこぼれている。
すると、今度はそこに、店の女性スタッフの大きな声が轟いた。
「はい、当店総菜コーナーの大人気商品、長芋ポテト! 素揚げしただけ、シンプルだけど、めちゃめちゃうまいからねー。はい、どうぞー、持ってってー!!」
威勢のいい売り文句に、思わず手を伸ばした女性。品物でいっぱいのカゴにまた、長芋ポテトが1つ、追加された。
「うちの店がいつもにぎわっている理由? それはやっぱり、ものが安いからだろうね。『よいものを安く、お客さまに』が、うちの信条だから。もう、それに限るね」
こう話すのは、店頭に置かれた椅子に腰掛け、新鮮な野菜に埋もれるようにしながら、ミニトマトをザルに盛っていたこの店の会長・柿沼道之助さん(86)。「小学校3年生のときからここで仕事をしてきたんだ」と胸を張る、商店街の生き字引だ。
「安さの秘密は、何よりまず仕入れ。安く仕入れないことには、安く売れないからね。それから、うちはほら、働いてるのがほとんど家族だから。それも大きいかな」
こう教えてくれたのは昨年春、道之助さんから社長の座を譲り受けた長男・正道さん(57)。
そう、ここは令和のいまではちょっと珍しい、まるで昭和にタイムスリップしたかのような家族経営の青果店だ。
店の裏にある厨房で、早朝から総菜作りにいそしむのが、道之助さんの妻・敬子さん(79)。現社長の長男・正道さんは果物担当。いっぽう、野菜を担当するのが次男の敏治さん(55)。先ほど元気いっぱいに長芋ポテトを売り込んでいたのが、母と一緒に総菜を担当している長女・佐千子さん(51)。そして、長男の妻・かお里さん(54)、次男の妻・美枝子さん(55)、長女の夫・雅之さん(52)と、3きょうだいの伴侶も皆、そろって従業員だ。それどころか道之助さん、敬子さんの孫たち、さらに、その妻までもが店の重要な戦力になっている。
孫たちから「ばあば」と慕われる敬子さんは、顔を綻ばせながら、こう話す。
「疲れちゃってしんどいときもあるけどね。この年になっても、ちゃんと仕事があって、毎日こうして子どもや孫たちに囲まれて……。そうね、私は幸せよね」
敬子さんだけではない。ともに働いている家族はもちろん、激安野菜をゲットできた買い物客まで、ここにいる誰も彼もが満面の、幸せそうな笑みを浮かべている。
今回は、3世代の大家族が紡ぐ、笑顔あふれる八百屋さんの物語。そこには“昭和の当たり前”がいまも息づいていて──。
■ばあちゃんが店の前にドカッと座って、ショートホープを吸う姿を覚えている
創業は1950年。終戦後、焼け野原だったこの町に、ポツポツとふたたび家が建ち始めたころのこと。道之助さんの母・ハヤさん(2006年没、享年89)が、リヤカーで商いを始め、1962年に現在の場所に店を構えた。敬子さんが言う。
「お義父さんを戦争で亡くしたお義母さんは、女手一つで子どもを養うため、がんばったんです」
その言葉を聞いていた長女・佐千子さんが続ける。
「大田区じゃ、リヤカー引いて商売したのは、うちのばあちゃんが最初だったそうですよ」
長男・正道さんは「町内でも一目置かれる存在、格好いいおばあちゃんだった」と懐かしむ。
「孫の僕には、めちゃくちゃ優しいばあちゃんでした。それと、僕がよく覚えてるのがね、いま父がそうしているように、店の前に丸椅子を置いてドカッと座って。そこでショートホープを吸ってるばあちゃんの姿。“旦那がいないからってなめられてたまるか”って感じだったんじゃないかな」
ハヤさんが野菜を満載したリヤカーを引き始めてから、今年で76年。
2人は見合い結婚。道之助さんは26歳、敬子さんは20歳だった。
「東京23区の端っこから端っこに、八百屋から八百屋に嫁いだの」
こう言って笑った敬子さんの実家は、東京都江戸川区にあった青果店。同業だから、多忙を極める店での苦労はある意味、覚悟のうえだった。だが、そこに育児が加わるとなると……。
「そうね、嫁いできてからいちばん苦労したことといったら、子育てしながら店の仕事をしたことでしょうね。次男がおなかの中にいるっていうのに、トラックの荷台に上がって、重い野菜の荷下ろしをしたりもしていたから。
22歳で長男を産んで、明くる年に次男が生まれたんだけど。年子の2人を育てながら店をやるのも、本当に大変だった。『あ~、もうやんなっちゃったな?』なんて、よくこぼしたもんです。私とおばあちゃん、2人でそれぞれ子どもをおぶって、店に出てましたよ」
“ワンオペ育児”なんて言葉が生まれるずっと前のことだが、敬子さんの子育ては決してワンオペではなかった。
「そう、本当によく手伝ってくれました。お義母さんがいてくれたからこそ、私は子どもたちを無事に育て上げられたと思いますよ」
店の黎明期、母と祖母の背で泣いていた幼な子たちが、いまやその屋台骨へと育ったように、青果店もまた、大いに成長を遂げる。
■大型スーパーと同じことをしても「こりゃダメだ」と思い知らされた
2002年、道之助さんは店を改装し、売場面積を倍の広さに拡張。そして、自家製の総菜を本格的に販売し始めた。敬子さんが言う。
「以前もね、うちは“試食のできる八百屋さん”って、業界誌なんかで取り上げられていたのよ。新しく中国の野菜なんかが日本に入ってきたりして。『こうやって食べるとおいしいですよ』って、食べ方を教えるために、料理を作って試食してもらってた。そのうち、お客さんから『もっと総菜を売って』と声が上がるようになってね。娘も調理学校を出ていて、料理が得意だったし。『それじゃ、総菜販売、始めようか』って感じだった」
長女・佐千子さんは「そこは会長の作戦どおり」と笑う。
「子どもの将来のビジョンを描き、レールをきっちり敷くのがうちの父だから。長男は果物、次男は野菜、それで私は総菜と。だって私、18歳で総菜が人気のスーパーに、修業に出されましたからね(苦笑)」
ところが、その直後。作戦に誤算が生じたのか、店は苦境に立たされる。道之助さんが述懐する。
「バブルがはじけちゃってしばらくたつと、近所に大型スーパーが10店ほどもできてね。そのときは、うん、ちょっと大変だったよね」
商店街でも、営業を続けることを諦め、店をたたむ仲間が続出した。現社長の正道さんも「あのころは正直、きつかった」と話す。
「あれは20年、いや、15年ぐらい前かな。うちもお客さんが3割、いや4割近く減っちゃった。そんな時期がしばらく続いたよね」
道之助さんたちは、核家族化が進む客層の変化にも対応すべく売り方を変えるなど、試行錯誤を繰り返した。正道さんは言う。
「八百屋ならではの“皿盛り”、あれを一時期、やめたことがあった。一人住まいの人も増えて、お客さんも少量しか買わなくなってきてたから。ほら、最近も小型スーパーなんかが、きゅうり1本とかみかん1個ずつとか売ってるでしょ。そういう売り方を、うちも取り入れたんです。
でもね、それやったら、ますます売り上げが落ちちゃったの。それまで1日10ケースは売れてた野菜や果物が、1ケースしか出ない。10分の1になっちゃった。『こりゃダメだ、うちがスーパーと同じことしても』って思い知らされた」
そのほか、徹底的に経費削減を実施。そして、改めて仕入れの重要性についても見直したという。
「父もやってきたことだけど、そこがいちばん大事なことだと思う。市場の人間関係をもう一度、築き上げることに力を入れました。バーベキュー大会なんかを開いては、仕入れ業者の若い人を呼んでごちそうしたりして。
くだらないと思われるかもしれないけど、じつはこれが大事なんだ。ごちそうになった人たちが『柿沼さんに何かお返ししたい』って思ってくれて、それで掘り出し物の、安値の野菜や果物が、僕の場合は果物専門だけど、回ってくるようになった。
そうやって安く仕入れることができて初めて、安く売れる。そして、そのやり方を、いま野菜の仕入れをやってる甥の優助もちゃんと踏襲してる。だからいまもうちは、あんな、お客さんが驚くような値段がつけられるんだよ」(正道さん)
次男・敏治さんの三男・優助さん(24)は、小学生のころから店の手伝いをしてきた。そして、18歳から市場に出向き、野菜の仕入れを担うように。
「おじいちゃんの時代から『よいものを安く』でやってきたから、それは守りたい。
でも、物価がどんどん上がるなか、従来どおりの安値販売を続けていると、原価率がとんでもないことになっちゃって。このままだとヤバイと思って取り組んだのは、大手卸売業者さんの、自分と同世代の人たちとの人間関係を作ること。
大手の業者って、大型スーパーが主な取引先で、僕らみたいな小売店は相手にしてくれてなかった。でも、大手のなかでも販路を開拓したい1年目、2年目の若い社員さんと仲よくなることで、安価な野菜を卸してもらえるように。
また、彼らがさばききれない品物を抱えて困っているとき、それをうちが目いっぱいの量、引き受けたり。そうやって信頼関係を育んでいきました」
正道さん、そして優助さんに、仕入れの“流儀”を教えたのは、やはり道之助さんだ。優助さんはこう言って笑う。
「『残り物には福がある』がおじいちゃんの口癖。それに、おじいちゃんは『安けりゃ、たくさん仕入れたって損はしない、売れ残りそうになったら原価で売っちゃえばいいんだ』って発想ですから」
正道さんも言葉を継いだ。
「うちでは現状、30ケースしか売りさばけないと思っていても、そこに50ケース、100ケースの出物があったら仕入れて売る努力をしなきゃ。そうでないと店の成長はないからね。
それはやっぱり父の教えだよね。
父は『そのとき、たとえ損しても、損は損じゃねえ、お客さんが得したと思ってくれたらそれでいいんだ』って人だから。
いまふうにいったらウィンウィン? いや、勝ち負けじゃねえからそこは“ハッピーハッピー”だよね」
(取材・文:仲本剛)
【後編】「家訓は“誠意はものでしか伝えられない”」激安の人気青果店が“19人の大家族経営”でも揉めないワケへ続く

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