先の総選挙は自民圧勝に終わり、壊滅的敗北を喫した新党・中道改革連合を筆頭に、野党に大量の落選議員が生まれた。落ちれば「ただの人」どころか、無職となり生活に窮することも多い「元国会議員」の懐事情に迫る!
【(元)中道改革連合・前衆院議員 藤原規眞(のりまさ)氏 48歳】

「無職でヤバい!」中道に三行半の落選1年生議員、薄給の国選弁...の画像はこちら >>

「無職でヤバい」と騒いだら、仕事が舞い込んだ

「党の情勢調査なんて全然信用できない。選挙戦最後の週末、俺、勝ってましたから」――。


 愛知10区で中道から出馬し、自民候補に大差で敗れた藤原規眞(のりまさ)氏はこううそぶいた。

 大学卒業後、日々カップラーメンをすすりながら、缶詰工場や印刷工場の従業員、警備員、クリスマスケーキの売り子など、さまざまな仕事を転々とし、7回の不合格を経て司法試験に通った苦労人の護憲派。1月解散、投開票まで戦後最短の16日と異例づくめの総選挙は、藤原氏にとっても違う意味で異例だったという。

「マスコミの情勢調査では全部負けてるのに、党から生の数字並べられたら、『俺ってスゲー!』って思っちゃって(笑)。党の情勢調査って、候補者の選挙区の数字は教えてくれるけど、よその数字はわからない。だから、厳しい選挙と覚悟してましたが、俺、バカだから『10区(藤原氏の選挙区)だけは違う』『世の中、捨てたもんじゃないな』って信じてました(苦笑)。

 そもそも立憲から出るつもりだったのに突然消滅するし、野田(佳彦)共同代表と安住(淳)共同幹事長に対する不信感と嫌悪感バリバリでスタートした異例の選挙。党名に『民主』とあるのに、全然民主的でない合流プロセスだから『面汚しだ!』とか言ったら、めっちゃ拡散して合流相手の公明党さんが私に不信感を持つというブーメラン……。

 そんな経緯もあり、野田・安住の両氏が愛知に入ったときも、党から応援弁士に呼ぶか打診されたけど、『顔も見たくねえ!』って意地でも呼びませんでした」

 高市旋風が吹き荒れた選挙だったが、藤原氏の見立ては少し異なる。

「立憲が公明に丸呑みされたと受け取られて、特に無党派層にそっぽを向かれた。街頭では『前回は入れたけど、今回は入れない』って、よく言われましたよ。中道のどこが悪いとかじゃなく、合流自体が受け入れられなかった。


 やっぱり、いろいろムリがあるんです。例えば、立憲は、安保法制の集団的自衛権の行使容認について憲法違反としていたのに、中道では合憲と180度変わったし、党の綱領でも『改憲の議論を深化させる』と明言している。

 私は護憲派なので、街頭でもこのことについてよく聞かれましたよ。まぁ、私は弁護士でもあるし、法律を屁理屈で解釈ばかりしてるから『いや、改憲の議論を深化させた結果、護憲なんです!』と言い張ってましたが(苦笑)、そんな屁理屈が通用するわけない」

 藤原氏の言うように、中道は壊滅的な惨敗を喫する。“A級戦犯”の野田共同代表は「万死に値する」と引責辞任したが、彼は首相だった’12年にも、“自爆解散”によって当時政権与党だった民主党の議席を4分の1以下に激減させている。

「中道との合流騒動のはるか前から、野田指導部にすごく敵対してました。私が初当選した後、野田代表が音頭をとって、飲み会をやるという。イヤで仕方ないんだけど、参加は絶対で、わざわざ時間を区切って4部制とかでやるっていうから、親戚が死んだことにしてブッチ切ってやりました(笑)」

 中道の新代表には、小川淳也氏が選出。だが、大量の落選議員は経済的に困窮し、議員の激減で政党交付金23億3881万円と、合流前の立憲・公明が得ていた総額から37億円も減らしている。

「総選挙後の2月に中道で落選者のヒアリングがあって、みんな、『カネがない』『いつくれるんですか?』って言ってて、党からは『4月に政党交付金が入るので、地方の総支部長を再任する面談をして支部費を出す』と回答があった。

 でも、それじゃ落選議員は間に合わない。当時、クラウドファンディングで政治資金を募るという話があって、まぁ、当然批判されたわけですが、自分が中道に所属したままだと4月か5月に支部費が支給される。
これまで党は政治資金パーティーを批判してきたし、私にすればクラファンにせよ“汚れたカネ”。そんなカネを受け取ったら、もう何も批判できなくなる。俺は“票乞食”“寄付金乞食”じゃねえぞ!と、急いで中道を辞めたんです。

 ただ、惨敗とはいえ中道は大所帯。残ったほうが政治活動はやりやすいけど、ここまでキャラが立っちゃうと残るほうがリスクですよね(笑)」

「議員時代に貯金をしておけばよかった」

 藤原氏は3月31日に中道を離党。一方で、落選2日後には弁護士業務を再開し、高額ではない国選弁護の報酬を政治資金に充てるという。

「『無職でヤバい!』って弁護士会で言い回ったら、カネはくれないけど、当番(弁護)の案件はくれた(笑)。1件12万円ほどだけど、めちゃくちゃ働けば何とかなるはず。

 落選3日後にABEMAプライムに出たら、ひろゆきさんに『無職の皆さんです』って紹介されて。ムカついたけど、番組を観た地元弁護士会の重鎮の先生が『大変だな』と1件200万円の仕事をくれたんです! よく落選議員が寄付をお願いしているけど、『物乞いか!』と炎上してる。だから、私はそれを絶対に言わない。めっちゃ頑張ってたら仕事も寄付も増える。
“慌てる乞食は貰いが少ない”んですよ」

 落選したものの、いいこともあった。

「秘書さんの発案で、私のことをいろいろ書いた雑誌を作ったんです。1冊1000円で、こんなの誰が買うんだよと思いましたが、作った200冊がすぐに完売した。ありがたいですよね。経費を差し引いて17万円ほどになりました。

 買ってくれたのは北海道から九州まで、全国の方々。落選後のほうが全国的な支援は増えたんです。落選後にXのフォロワーが3000人も増えました。いや、落ちる前にフォローしてくれよ、って話なんですが(笑)」

 落選して多くの“議員特権”を失った今、政治活動や暮らしに変化はあったのか。

「議員時代からクルマの運転も地元の活動も自分でやってたので、変わったのは東京の事務所と歳費がなくなったくらい。もともと贅沢しないし、あまり変わりません。

 政治活動の費用は、ガソリン代や交通費など含めて月70万円ほど。
生活費も稼がなきゃいけないので、しんどいですよ。自転車操業というか、漕ぐ自転車もない(苦笑)。議員時代に貯金しとけば、過労死ラインを遥かに超えて働かずに済んだのに。

 でも、人権や尊厳を守る仕組み作りなど、国会議員でないとできないことは多い。歯を食いしばってもやる価値はあります」

 異色の護憲派リベラル政治家の臥薪嘗胆の日々は続く。

【(元)中道改革連合・前衆院議員 藤原規眞(のりまさ)氏 48歳】
愛知10区 当選 1回 落選 1回
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取材・文/齊藤武宏 取材/山本和幸 撮影/林紘輝

―[有名元議員たちの落選後]―
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