下水処理で除去しきれない薬物成分が自然界にどのような影響を与えるのかを正確に調べるため、スウェーデンの湖でサケの幼魚を用いた実証実験が行われた。
スウェーデンやオーストラリアなどの国際研究チームは、汚染された水域と同じ状態のコカイン物質をタイセイヨウサケの幼魚の体内に入れ、湖に放ち、追跡を行った。
その結果、コカイン成分の影響を受けた幼魚は過活動となり、通常より最大1.9倍も長く泳ぎ続けることが判明した。
野生環境での行動変化を証明したのは世界初の成果となる。
薬物の影響を受けた魚は、本来の行動範囲を大きく超えて移動するため、成長に必要な体力を使い果たしたり、生態系全体のバランスを崩したりする可能性が懸念されている。
この研究成果は『Current Biology[https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(26)00315-5]』誌(2026年4月20日付)に掲載された。
下水に含まれる薬物成分が野生のサケに与える影響を調査
現代の下水処理施設では、人間が使用した抗うつ薬や刺激物といった薬物の微細な残留物を完全に取り除くことが困難である。
そのため、世界中の河川や湖には、処理場を通過した薬物成分が流れ込み続けている。
スウェーデン農業科学大学やオーストラリアのグリフィス大学などの国際研究チームは、こうした現実の汚染が野生生物にどのような影響を与えるのかを正確に調べるため、スウェーデンのヴェッテルン湖で、タイセイヨウサケの幼魚105匹に放流し、実証実験を行った。
ヴェッテルン湖の全表面積は1,912平方kmでスウェーデン中南部、ヴェーネルン湖の東にある細長く、指の形をした淡水湖だ。
幼魚を調査対象に選んだ理由は、この時期の行動が将来の生存や海への回遊の成功を左右する極めて重要な段階にあるためである。
薬物を吸収したサケの幼魚を湖に放流
研究チームは、湖全体を汚染させるのではなく、タイセイヨウサケの体内に薬剤を少しずつ放出する特殊な装置を埋め込む手法を採用した。
これにより、世界各地の汚染水域で実際に検出されている濃度と同等の薬物成分を幼魚の体内で再現し、実際の野生環境での行動を調べることができる。
研究チームは、水中マイクで音波を拾う「音響テレメトリー」という技術を用いて、8週間にわたりこれらの幼魚の様子を記録した。
薬物分解後の成分により、サケの幼魚が過活動に
今回の研究で重要な発見だったのは、薬物そのものよりも、コカインが体内で分解されてできる「ベンゾイルエクゴニン(Benzoylecgonine)」という代謝物がサケの行動に直接影響を与えていたことだ。
ベンゾイルエクゴニンとは、コカインが肝臓で代謝されることで作られる物質である。
通常、人間の薬物検査などでコカインの使用を証明するために検出される成分として知られている。
この物質はコカインそのものよりも体内から排出されるまでに時間がかかり、下水処理を経ても環境中に残りやすい性質を持つ。
この成分の影響を受けた幼魚は過活動となり、通常より最大で1.9倍長く泳ぎ続け、本来の行動範囲から最大12.3kmも遠くまで離れて移動を繰り返していた。
これまでの環境リスク評価は主に元の薬物自体の濃度に注目してきたが、実際には体内で変化した後の成分が、魚の生態を大きく変える要因となっていた。ことがわかったのだ。
過剰な移動による体力の消耗がサケの生存を妨げる恐れ
このように薬物の影響で活動が活発になりすぎることは、タイセイヨウサケの幼魚にとって深刻なリスクとなる。
タイセイヨウサケは、北大西洋とその周辺の河川に生息する回遊魚であり、成魚になると全長70cmから80cm、最大で150cm、体重40kgを超える大型のサケ目サケ科の魚である。
淡水で産まれた幼魚は数年を川や湖で過ごした後、海での生活に適応するために体が銀色に変わる「スモルト(銀毛)[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%A2%E3%83%AB%E3%83%88]」という過程を経て、数千km離れた海へと旅立つ。
この時期の幼魚は、限られた脂肪や栄養を「成長」と「海への大移動」のために極めて精密に管理しなければならない。
そのため、薬物による不自然な過活動は、本来維持すべきエネルギー配分を根本から狂わせ、海への旅立ちに必要な体力を不要な移動で使い果たしてしまう危険を招くのだ。
また、活動が活発になりすぎることで捕食者の多い区域に迷い込んだり、回遊に必要な自然の合図を見逃したりすれば、個体の生存だけでなく、食物連鎖全体のバランスを崩すことにつながる。
実験対象の安全性と今後の研究課題
なお、研究チームは、実験のために放流した幼魚は人間が食べるような食用サイズではないこと、また成分が時間とともに分解されることから、これらの個体を人間が仮に食べたとしても健康上のリスクはないとしている。
今回の結果は、人間が排出した微量な化学物質が、野生生物の行動を変えてしまうリスクを示したものだ。
研究チームは今後、どの種が特に汚染に弱いのかを特定し、生存や繁殖への長期的な影響を解明していく必要があるとしている。
References: Cocaine pollution alters salmon behaviour in the wild[https://www.eurekalert.org/news-releases/1124446] / Cocaine pollution alters the movement and space use of Atlantic salmon (Salmo salar) in a large natural lake[https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(26)00315-5]











