海外での過労自死 二度と犠牲者を出さないために
2021年、赴任先のタイで過労を苦に自ら命を絶った上田優貴さん(当時27)。初めての海外勤務で経験のない仕事を強いられるなか、亡くなる前、月の時間外労働は最大で約150時間にのぼっていました。
海外に赴任して働く場合には、所属が日本の企業であっても、原則として日本の労働基準法が適応されません。
過労自死遺族と企業の「マニュアル共同作成」
そんな中、海外での過労死に一石を投じたのが、上田優貴さんの母親・直美さんです。直美さんは、息子の自死を招いた企業と共同で再発防止に向けて取り組んできました。
そして5月29日、海外での働き方についてのマニュアルを発表。「過労自死の遺族と原因企業が共に再発防止策を考える」という画期的な取り組みが結実した形です。
「同じような苦しみを、これ以上誰にも経験してほしくない」。再発防止を希求した遺族の闘いを取材しました。
◆取材:松本陸(MBS記者)
「元気だった息子を返してください」
2024年11月。東京都内で開かれた過労死防止を考えるシンポジウムに、1人の女性が登壇しました。
(上田直美さん)「ゴールデンウイーク後に富山に帰ってきた息子は大学生の時のままの寝顔でした。よほど疲れたのでしょう。何度呼びかけても目を開けてくれず、眠ったままでした。会社には、従業員一人一人、大事な家族がいることを決して忘れないでほしい。元気だった息子を返してください。
上田直美さんの最愛の息子・優貴さんは2021年、赴任先のタイで過労などを苦に自ら命を絶ちました。
大学院で電気工学を学んだ優貴さんは、“電気と環境をつなぐ仕事がしたい”という夢をふくらませ、2018年に旧・日立造船(現・カナデビア)に入社しました。
2021年1月には、タイに渡航。現地のごみ焼却発電プラントで、専門である電気設備関連の仕事を担いました。
しかし、着任してから約1か月半後、優貴さんは突然、プラントの試運転の担当に組み込まれます。焼却装置など優貴さんにとって専門外の分野の仕事が積み重なりました。上司からの指導や叱責が増えたほか、時間外労働も急増します。
日記に綴る苦しみ「昼までは死にたかったけど…」
これは、優貴さんが当時つけていた3行日記です。心身ともにギリギリの状態だったことがうかがえます。
(上田優貴さんの日記より)
「昼までは死にたかったけど、週報作ってたら死ぬ気なくなった」
「今日はpositiveになったかな?」
「日曜の休日出勤をクリアし生きのびることができた」
(上田直美さん)「最後のLINEのときに、急に『富山の皆さんは元気ですか』と。なんでこっちの心配をしているのか。『5月末に(日本に)帰ってくるんだよね?』とクエスチョンで返したんですけど、その後返信はなくて」
2021年の4月末、優貴さんは発電プラントから転落死。のちに、現場のカメラの映像に優貴さんが自ら手すりを乗り越えて飛び降りる様子が映っていることが判明しました。
「今になって父の子で良かったと思う」
日記の最後にも痛切な思いの丈が綴られています。
(上田優貴さんの日記より)
「父親に感謝を伝える」
「今、オレは仕事がぜんぜんできなくて、毎日おこられてばかりで、とてもつらい」
「働くことはめっちゃつらいし、つらいなかで続けて、家族を守ることはとても大変だと感じたわ」
「今になって父の子で良かったと思う」
「単なる転落事故として…」会社側の思いもよらぬ提案
赴任先のタイで、長時間労働などを苦にして自ら命を絶った上田優貴さん(当時27)。打ちひしがれる母・直美さんに対し、会社側は思いもよらぬ提案をします。
自死の原因が過重労働だという認定を受けるのはハードルが高いとして、“単なる転落事故として労災請求する選択肢もある”と持ちかけたのです。
息子の真実 証明できれば
直美さんは提案を拒み、精神障害を発症したことによる自死での労災だと認めるよう、労働基準監督署に求めました。
(上田直美さん)「“事故として労災申請をさせていただけるか”という提案は、本当にしんどかったです。“そんなことさせてはいけない”というか、私の行動の原動力になったというか。真実はひとつ、息子は知っている。それを何とか、証明できればと思って」
時間外労働が最大「約150時間」
直美さんと弁護団は、優貴さんのパソコンのログなどを解析。ホテルでの週報の作成やメールやLINEでの業務連絡の時間などを調べ、専門外の試運転業務に就いた頃からの1か月間で時間外労働が最大で約150時間にのぼっていたことを突き止めました。
そして労基署は、初めての海外勤務で経験のない仕事を強いられた点を重視。優貴さんの死を自死だと断定したうえで、現地で精神障害を発症したことによる労災と認めたのです。
それをゴールにしてはいけない、という思い
目標だった労災認定を勝ち取った直美さん。しかし、“それをゴールにしてはいけない”という思いも抱いていました。
「過労死を出した企業がいつもニュースで“再発防止に努めます”というテロップが流れて、“本当にするんだろうか”という疑いというか。“任せといていいのかな”という部分はありました」
「箇条書きで、“こういうことがあれば息子は救われた”というか、“ここで気づいていれば何か救済されたんじゃないか”」(上田直美さん)
遺族と企業の“海外派遣者の健康と安全を守る”マニュアルを共同作成
憤りの感情を封印し、直美さんは会社側に対し「海外派遣者の健康と安全を守るためのマニュアルを共同で作らないか」と提案したのです。
最初は慎重な姿勢を崩さなかった会社側ですが、話し合いを重ねるにつれ徐々に前向きな姿勢に転じていったといいます。
(上田直美さん)「気持ちが合ってきてからは、割とスピード感速いですよね?」
(岩城穣弁護士)「会社のマニュアルを(過労死遺族と)一緒に作ろうというのは、かなり異例だと思うんです。(再発防止だけではなく)“会社にもプラスになる話でしょ”という両面で、会社の対応が悪くない方向になってきたのかなと」
海外勤務は「まだまだ“マイノリティ”」
さらに直美さんは、海外での過労死や過労自死を防ぐための活動を組織的に展開しようと他の遺族との連携にも乗り出しました。
2018年に夫がラオスで過労によるくも膜下出血で亡くなった中江奈津子さん。海外過労死について、独自で調査・研究も行っています。
(中江奈津子さん)「やっぱり、まだまだ“マイノリティ”。何割ぐらいかな、日本の会社の中で海外に行く人は本当に少なくて。海外に住めていいよねとか、子どもが帰国子女になれていいよねとか、いいことには目がみんな向くけど、どんなに苦労して働いているかということに、やっぱり想像が及ばない」
直美さんと中江さんは遺族や弁護士、研究者など多様なメンバーからなる連絡会を結成。今後は、国や企業への提言なども視野に入れています。
「海外で働く方々を守る新たなスタンダードに」共同作成のマニュアルを発表
そして、5月29日。
(カナデビア(旧日立造船) 土肥太郎専務執行役員)「本マニュアルの社内での確実な周知徹底と、実効性のある運用を通しまして、再発防止に全力で取り組んでまいりたい」
直美さんと会社側が共に紡ぎあげたマニュアルが、ついに発表されました。
労働時間についても日本国内のルールを遵守
初めて海外で働く社員の業務の範囲や派遣期間について規定。労働時間についても、日本国内のルールを遵守することがうたわれ、移動中や宿舎で行う業務も算入することが明記されました。
(上田直美さん)「同じような苦しみを、これ以上誰にも経験してほしくはありません。このマニュアルが、単なるルールとしてではなく、働く一人一人の想いや尊厳を守るために、現場でいかされていくことを願っています。そしてこの取り組みが一企業の枠を超え、海外で働く方々を守る新たなスタンダードとして社会に広がっていくことを心から願っています」
(2026年5月29日放送 MBSテレビ「よんチャンTV」内『特集』より)

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