37歳で想定外の妊娠をし、2025年8月末に出産した。

 妊娠に気づいたのは16週に入ってからだった。
長年の生理不順や「妊娠は難しい」と言われていた過去に加え、ADHD(注意欠如・多動性障害)の特性でセルフネグレクト癖があり体調管理がおざなりになること、算数障害(発達障害の一種で数字、計算に困難を抱える学習障害)で生理周期を正しく把握していなかったことなど、いくつもの要因が重なっていたのである。

7か月赤ちゃんを連れて飛行機で帰省

10年間毎日サイゼで体重28kgに…「強迫性障害の義母」の介...の画像はこちら >>
 息子は8か月になった。ハイハイで家中を這い回って、あまり掃除をしていない洗濯機の隅に顔を突っ込んで顔にホコリをつけていたり、椅子でつかまり立ちをして手を離してバランスを崩し、後ろにひっくり返ってベビーマットで頭を打って泣いたりすることもある。

 好奇心が芽生えてあちこち動き回り、いろんな物に手を伸ばしては口に入れるので、その場から動かない「ねんね期」より、見守る時間がぐっと増えた。

 7か月になってすぐ、家族で宮崎に帰省した。宮崎は新幹線が通っていないので帰省するには飛行機を使うしかない。リサーチをすると、空港内ではベビーカーを借りられたり、小さい子ども連れは飛行機に優先搭乗できたり、搭乗後もCAさんに気をかけてもらえたりすると知った。

 羽田空港までの経路も、最寄り駅から羽田空港直通のリムジンバスが出ているので、乗り換えなしで行けるのはラクだと思い、それに乗ることにした。

荷造りはポーチを活用

 ADHDで整理整頓が苦手な特性のある私にとって面倒なことは荷造りだ。赤ちゃんがいると荷物が多くなる。加えて、ベビーカーを押しながらキャリーケースを引くのは難しいので、60Lのキャリーケース1台に私と夫と息子の荷物を詰めて夫に引いてもらい、私は息子を抱っこ紐で抱え、オムツや哺乳瓶、ミルクやおもちゃを入れたマザーズリュックを背負うことにした。

 そして、3泊分のミルク、離乳食、オムツ、ベビーソープなどの消耗品は配送先を実家にして事前にAmazonから送った。

 友達から譲ってもらったオムツや哺乳瓶を入れるのにちょうどいい大きさのポーチを使うことで、マザーズバッグの中の整理整頓はできるようになった。いつものお出かけ時と同じように、旅の荷物もトラベルポーチに入れて詰めていく作業を行っていた。


 荷物のメインは衣類だ。息子の肌着、カバーオール、スタイに自分の下着類、Tシャツ、部屋着、などと分けてポーチに詰めていけたのは我ながら成長したと思う。しかし、新たにモノが増えた場合の整理整頓がまだできない。マザーズバッグやサコッシュの中には、数か月前のレシート類や、いつもらったのか分からないチラシなどが大量に入りっぱなしになっている。ほとんどはゴミなのに、気合を入れないと捨てられない。

 しっかりとシミュレーションしていたので、帰省の移動はトラブルもなく、想像以上にスムーズだった。赤ちゃんは耳抜きができないので離陸直前にミルクを飲ませるといいとのことだったが、離陸するより前に飲み終えてしまい不安に思っていた。しかし、息子はすんとした顔で空に飛んだ。

 バスでも飛行機の中でも、ほとんど息子は寝ていてグズらなかったし、CAさんからは搭乗時に「頑張れ~!」と声援をおくられたり、飛行機のオモチャをもらえたりして、本当にチヤホヤされていた。

 今回の帰省の一番の目的はもうすぐ101歳になる祖母(息子からするとひいおばあちゃん)に会わせることだった。いつどうなるかわからない年齢なので、無事息子に会わせることができて本当に良かった。

赤ちゃんと義母、両方のお世話に疲労困憊

10年間毎日サイゼで体重28kgに…「強迫性障害の義母」の介護が0歳育児の真っ只中に始まった話
初節句の家族写真
 実は今回の帰省は、延期になる可能性もあった。なんとか延期はまぬがれることができたが、介護が突然始まったのだ。


 一人暮らしをしていた夫の母親が腰の圧迫骨折をして動けなくなってしまった。動けなくて食べ物を買いに行けないのと、極度の潔癖症でゴミが出るのが嫌がって自宅で食事をしないため、帰省予定日の2週間前、なんと義母が10日間も何も食べていないことが判明したのだ。

 義母は夫と折り合いが悪いため、私に電話をかけてきた。息子の世話になりたくなかったようで、病院で医師に「身寄りがない」と言ったらしい。医師が慌てて行政へ電話をかけてくれたため、翌日には行政の人が様子を見に来て必要な支援を受けられるとのことだった。

 私が義母からの電話の内容を夫に伝えると、いくら親と仲が悪いと言っても見捨てるわけにはいかないと、義母をしばらくうちで介護することに決まった。

 当時息子は7か月を迎える直前で、まだ手のかかる赤ちゃんを抱えたまま義母の面倒まで見ることになってしまった。

 現在、我が家で義母を介護して2か月が経った。これは数週間で良くなる状態ではないとすぐにわかったのと、今後も介護が必要になったときのことを考えると毎回義母が住んでいる神奈川県まで行くのは大変なので、うちから徒歩6分ほどの場所へ引っ越しをさせた。

 赤ちゃんを抱えた状態で不動産屋に行き、引っ越し準備をしたのは本当に大変だった。

 今、私の担当は義母の食事作り、洗濯、車椅子で通院の付き添い、寝る前の晩酌、そして週に2回、骨を強くする自己注射を打つ際のサポートを行っている。赤ちゃんのお世話をしながらなのでこれだけでも大変だが、もっと大変なのは義母の精神的な面だ。


 結婚前、義母の話を夫から聞いただけで精神疾患があるのではないかと疑い、実際に会ったところ、不眠を訴えていたので、1年半前に私がメンタルクリニックに連れて行くと、強迫性障害の診断がおりた。

 当時はまだ一緒に暮らしているわけではなかったので、そこまで私たちの生活に影響はなかったが、介護のため我が家に居候させることになってからは戸惑うことばかりの毎日だった。

 強迫性障害はたくさんの「マイルール」があるため、「こうしよう」とこちらが何かを提案してもことごとく拒否されるので楽しく会話ができない。以前、強迫性障害について調べたことがあったが、毎日同じルーティーンとマイルールをこなさないと不安でいっぱいになることがわかった。

「食事はサイゼのハンバーグ1食のみ」のワケ

10年間毎日サイゼで体重28kgに…「強迫性障害の義母」の介護が0歳育児の真っ只中に始まった話
宮崎帰省時の羽田空港にて。空港でベビーカーを借りた
 義母は20年前の離婚をきっかけに経済的な不安感が強くなり、節約生活を始めたようだ。仰天したのは10年ほど365日ずっと、食事は1日1回、サイゼリヤの410円のハンバーグのみだったのだ。理由を聞くと「一番安いのと外で食べるとゴミが出ないから」とのことだった。

 そのせいで栄養バランスは崩れてやせ細り、うちに来た当初は体重が28kgしかなかった。

 私が医者に義母の状態を聞いたところ「圧迫骨折よりも、このままでは栄養失調で衰弱死する危険性のほうが問題です」と言われたため、まずは栄養をつけて体重を増やすことを優先した。

 義母はお金の不安に始まり、「この場所は汚いかもしれない」という潔癖の不安まで生まれてしまっていたようだ。

 整形外科の通院時のレントゲン撮影も、「どんな汚い人の頭の汚れが付着している撮影台かどうかわからない」と、とても嫌がる。

 また、うちは猫を2匹飼っているのだが、猫が粗相をしてしまったとき、とても嫌な顔をしながら「猫を手放そうと思わないの?」と言われたのもしんどかった。

 引っ越しをして以前通院していたクリニックが遠くなってしまったため、近所で私がまた新しいメンタルクリニックを探して転院させ、2週間に1度私が車椅子を押して連れて行っている。


義母にとっては「とても汚い部屋」であろう我が家

 先日は夫の誕生日だったため、「みんなで焼肉屋に行こう、息子がいるので座敷で」と誘ったところ、「誰がどんな汚い足で上がったか分からない座敷に上がれない」と言い始め、仕方なくおうち焼肉になった。

 これはほんの一例で、ほかにも普通の人なら何も抵抗がないことを不安に思い、日常生活がおくれないレベルなのである。我が家は私がADHD特性で片付けが苦手だし、夫もあまり細かいほうではない。

 義母は私が渡した洗濯物の角をきちんとそろえて丁寧に畳むし、紙類が増えるのを嫌がって説明書や領収書などをすぐに捨てる。

 ハイハイしている息子が危なくない程度には部屋を整えてはいるものの、おそらく義母にとってこの乱雑な部屋は「とても汚い部屋」なのだと思う。

 義母の引っ越しのために、義母が一人暮らしをしていた部屋に行ったところ、モノは多いが整理整頓されすぎていて生活感がなかった。また、水回りも使ったらすぐに水滴を拭き取るらしく、使っている形跡がないように見えた。

介護が大変すぎてADHD特性でのやらかし増

10年間毎日サイゼで体重28kgに…「強迫性障害の義母」の介護が0歳育児の真っ只中に始まった話
宮崎帰省時の100歳の祖母と息子(7か月)
 正直、育児よりも介護に疲れている。引っ越しは終わったが、まだ身の回りのことが何もできないため、あと数か月はうちで介護しないといけない状態だ。役所関連の手続きも、本人が動けないため委任状を持って私たちが行く必要があり、うっかり委任状を忘れたものや、以前住んでいた自治体での手続きと言われたものは、まだ終わっていない。

 育児と介護の同時進行が本当にしんどいが、宮崎への帰省が最大のリフレッシュになった。「行かないでほしい」とすがる義母を説得させ、留守にする4日分の食事は冷凍弁当を用意した。

 育児と介護で日々疲れきっているためか、私のADHD特性が出ることが多く、料理中に鍋を何度もひっくり返している。
マルチタスクのミスも増え、人生で初のトイレの流し忘れをして、その後にトイレに入った夫にブツ(大きいほう)を見られてしまった。

 トイレのどこがマルチタスクなのかというと、ちょうど生理中で排泄後にナプキンを交換する必要があったのだ。ナプキンを替え終えたらすべてのことを終えた気になり、流し忘れてしまったのだ。

 最近は介護の息抜きが育児という、よくわからない生活になっている。介護疲れで産後なかなか戻らなかった体重が一気に11kg減ったのは思わぬ産物だったが。しばらく気になっていなかったADHD特性だが、大変な事故が起こらないよう、何か物事に取り組む際は順序に気をつけ、ひとつひとつ確認したり、混乱しそうなときはやるべきことを紙に書き出したりと、整理と可視化を心がけていきたい。

<文/姫野桂>

【姫野桂】
フリーライター。1987年生まれ。著書に『発達障害グレーゾーン』、『私たちは生きづらさを抱えている』、『「生きづらさ」解消ライフハック』がある。Twitter:@himeno_kei
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