iPS細胞を用いた眼の治療の第一人者として知られている高橋政代氏は特許技術の使用を、古巣である理化学研究所やバイオベンチャー企業に対し求めている。その手段として、特許発明の実施が「公益の利益」のため特に必要があるとして、2021年9月に経済産業相に「裁定請求」を行った。

高橋氏はどのような考えを持って行動を起こしたのだろうか。裁定請求を通して見えてきたこと、医療業界への問題意識を語っていただいた。

産学連携の問題点を示すため「裁定請求」という手段をとった

みんなの介護 高橋さんは、iPS細胞の実用化に向けて経済産業相に「裁定請求」という手段をとられました。もともと所属されていた理化学研究所と、バイオベンチャー企業などに対して、特許の技術の使用を求めているとのことでしたが。

高橋 私が理化学研究所にいた頃、つくった特許が30ぐらいあります。その多くは理研の契約では企業が特許技術について権利を持っていて、私たちが使えなくなってしまうという状況にありました。

特許を持つ会社が使わない、あるいはうまく使えないにも関わらず権利だけを持っている。ライセンス料が高すぎて実際使える技術のあるチームが使えないという事態が世界中で起こっています。特に再生医療の治験に際しては、効果が期待できる患者を選択するとともに、移植術の手技・技術などの開発が重要となります。ですので、病院チームと共同で行うことが「製品」ではなく「治療」をスムーズにつくるために重要です。

理研の契約は一度決められたもので覆すのは難しいとされていました。しかし、公共の利益という観点から契約を見直す裁定という行政の手続きがあることを教えてもらったのです。

みんなの介護 裁定で良い結果が得られると、加速する研究が沢山あるのでしょうか?

高橋 我々の研究開発自体は、すごい勢いで進んでいますがライセンスがないことで出口がなくなってしまう恐れがあります。

背景には、産学連携のいろいろな問題が絡んでいます。同じような状況で泣き寝入りしている人も多くいます。だから、きちんと裁定の手続きをとった方が良いと判断しました。

みんなの介護 利害や組織を超えて、本当に人々が暮らしやすい社会をつくるという目的のためなのですね。

高橋 その通りです。特定の会社がライセンスを独占することで、個々の症例に適切な治療ができなかったり、あるいは一つのライセンスで何十億というお金を要求され、それがいくつも必要なのでその影響を受けて治療費も高くなってしまうということもあります。

治療開発を進めていく中で、医療費が高騰する背景には、特許に関するマネーゲームもあるということを知りました。現場で医師をしていたときは見えなかった仕組みが全部見えてきたのです。マネーゲームが人の命に影響を及ぼすことに対して、問題なのではないかという思いが湧いてきます。

均一料金で資本主義的運営を強いる医療の課題

みんなの介護 複雑な仕組みがあるのですね。高橋さんの過去のインタビューなどを拝見すると、患者さんのことを第一に考える姿勢が伝わってきます。なぜその姿勢を持てるのでしょうか?

高橋 常日頃から、外来で患者さんと接しているからだと思います。私は、目に見える課題は全部解決したい人間です。

会社の中のことも、課題があればすべて解決するぞと思って、行動します。

私だけではなくドクターの多くは患者さんのためにという感情を持っていると思うんです。それができないようにしている医療の仕組みに、ものすごく腹が立ちます。

みんなの介護  どこに問題があると思われますか?

高橋 均一の社会主義的料金にしながら病院に資本主義の運営を強いることですね。

物にしか価格がつかない、経営努力をしても保険点数を突然下げられるなど重い病気を診ている病院が貧乏になっていってしまう現状がある。コロナで重症患者さんが診られない状況が生まれることにも関係しています。

現状の医療体制だったら、ドクターはみんな責任が軽くて楽な方に行きます。 例えば、楽なクリニックに行ったら平日だけ働いて、当直もない。でも、大きな病院では月に10回以上当直があって、夜中も寝ずに仕事をして1/3のお給料。それだったらクリニックの方にいきますよね。

そのような状況の中で、完全に医療崩壊が起こっています。それに、同じ保険点数の中で薬や製品が高騰すると、病院に入るお金も少なくなっていく。

命を支える病院ではドクターは疲弊して、患者さんが過ごす病院の内装もボロボロ。良い医療になりようがないですね。

みんなの介護  根が深い問題ですよね。その医療の仕組みってどうしたら変えられるのでしょうか?

高橋 料金制度の変化ですね。保険点数でやるのだったら、高度な治療をする病院には3倍ぐらいの料金をつけたらいいと個人的には思います。少しの加算では、死ぬほどの仕事をしている人と、楽にもうけている人の差が縮まりません。

高橋政代「より良いiPS細胞治療を作るため既存のルールにチャレンジする」
医療崩壊を止めるために、病院にも新たなビジネスモデルが必要

福祉サービスがあることを知らない患者さんがいる

みんなの介護  では、福祉の側の課題だと感じることを教えてください。

高橋 症状は軽いけど一番悩んでいる人たちへのケアが行き届いていないと感じます。福祉制度は重度の人を対象に設計されています。その影響もあり障がい者かそうじゃないかの2種類にわけて判断する見方が社会にあります。

早くから視覚障がい者に介入してケアしてあげると、できることが増えます。仕事も続けやすくなるでしょう。

それがロービジョンケア(視覚障がいから生活に支障を来たす人を支えるためのケアです。日本には150万人ほど対象者がいます)の考え方です。

しかし、今までの福祉はそうなっていなかった。窓口に相談に来られたら「まだ見えるなら、見えなくなってから来てください」と追い返されていたりもしました。

みんなの介護  胸が痛い話ですね。そのような状況を変えるために必要なことは何でしょうか?

高橋 福祉も医師も患者さんも、もう少し視野を広げることですね。お互いの領域が重なる部分までカバーし合うことです。

私が医師になって10年目ぐらいのときに驚いたことがありました。治療が及ばなくなった患者さんは自分で福祉施設やケアセンターに行っていると思ったのですが、情報がなくてそのまま家で引きこもってしまうケースが多いことを知りました。病院には何度も来るのに、行政の窓口にはなかなか足が向かず相談されないままの患者さんが多いのです。

医師が福祉への最初の橋渡しをするか、反対に福祉の人が病院まで出っ張ってこないと埋まらない溝があります。

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