内閣府知的財産戦略本部「構想委員会」委員に3期連続で就任した株式会社エアロネクストの代表取締役CEO田路 圭輔氏。山梨県小菅村でドローン物流の実証実験を行い、産業用ドローンの社会実装を目指す田路氏。

ドローン事業を通じて社会の進歩を促すエアロネクストが描く未来についての話を聞いた。

【ビジョナリー・田路 圭輔】

  • 空飛ぶカメラではなく空飛ぶロボットを実現させたい
  • ドローンから過疎地の問題を知る
  • ロボットと人間の仕事の線引きは?

空飛ぶカメラではなく空飛ぶロボットを実現させたい

過疎地の物流 産業用ドローンの社会実装で解決へ!

「ドローンの研究を始めたのは、空を飛んでみたいという漠然とした『空への憧れ』があったからなんです。昔から人間の身体能力をテクノロジーでエンパワーする身体拡張というテーマに惹かれているんです。ガンダムに例えるならモビルスーツみたいなものですね。

僕が元々テレビ放送事業をはじめとしたメディアにいたこともここに理由があります。メディアは身体拡張そのものです。メディアを通して未知の世界に触れることができるので。

それを発展させていき、視覚の移動を叶える空飛ぶカメラのドローンの研究につながっていったわけです。

ただ、ゴールは空飛ぶカメラのドローンではありません。いくら画期的な空撮ができると言っても、それで人々の生活が劇的に変わるわけではありませんよね。僕は人々の生活を変えるものを作っていきたいんです。つまり、物や人の移動を可能にするドローンを開発したいと考えています。

そういった産業に活かせるドローンを『空飛ぶロボット』と僕は呼んでおり、僕らが研究しているのは空飛ぶロボットタイプのドローン。

いずれはドローンで人も運べるようになるとは思いますが、それにはまだ時間がかかります。その手前の段階である物を移動させるドローン、物を運ぶためのドローン技術を僕らは今、研究しています」

エアロネクストとは?

エアロネクストは、次世代ドローンの研究・開発を中心に、技術ライセンスビジネスを手がけているベンチャー企業だ。田路氏は大阪大学工学部を卒業後、電通に入社。1999年より同社と米国ジェムスター社の合弁会社インタラクティブ・プログラム・ガイド(IPG)の代表取締役社長として、電子番組表サービス「Gガイド」の普及・市場化を実現した。IPGにて18年にわたり知的戦略を軸に置いた経営をしていたことから、特許を中心にしたビジネスを立ち上げたいと思うようになり、田路氏は2017年にIPGを退職。同年エアロネクストの代表取締役CEOに就任した。

「もともと僕の専門領域は特許ビジネスだったので、ドローンについてはよく知らなかった。特許を『入口』にして、エアロネクストの創業者が開発した『4D_GRAVITY®』に出会ったんです。そしてその特許技術を見た時に、ビジネスマンの直感で『これはいける!』と思ったんです」と田路氏は当時を振り返る。

「4D_GRAVITY®」はドローンの飛行姿勢や動作に応じて重心位置を最適化させる、エアロネクスト独自の重心制御技術だ。人間で例えれば強化された体幹のようなもので、「4D_GRAVITY®」を組み込んだドローンは、安定性が格段にアップし、どんぶりに入ったラーメンの汁をもこぼさずに運ぶことができるという。

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小菅村で牛丼を運ぶドローン (エアロネクスト提供)

また、「4D_GRAVITY®」はドローンそのものではなく、ドローンに組み込む技術ライセンスになるため、さまざまなパートナー企業と用途に応じたカスタマイズ開発ができるのも強みだ。

エアロネクストはドローンを製造販売するメーカーではない。PCそのものでなくPCを動かす半導体デバイスを製造するIntelのように、あらゆるドローンのハードウェアの標準的なプラットフォームを担う存在を目指している。現在ANAホールディングス株式会社やセイノーホールディングス株式会社(以下、セイノーHD)などと業務提携を結び、主に物流用途に特化したドローン開発を進めている。

ドローン事業から過疎地の問題を知る

過疎地の物流 産業用ドローンの社会実装で解決へ!

「僕らが目指しているのは産業用ドローンの社会実装です。そのためには技術を実体化していかなきゃならない。車だって運転技術の向上には車を運転していかなきゃならないでしょう。それと同じで実際にドローンを飛ばすことが技術向上には必要なんです。

…ところが飛ばせないんですよ!ドローンを飛ばすにあたり法律によるさまざまな規制があって、自由に飛ばせないんです。それが日本のドローン産業が遅れている大きな理由のひとつです。中国がなぜ早くドローンを社会実装できたかっていうと「飛ばしまくれた」ことが大きかったんです。改善のサイクルが非常に早いわけです。

国内で飛ばせるところを探していたところ、山梨県小菅村とご縁がありまして。実際に小菅村を訪ねてみたら、山間の過疎が想像以上に進んでいる地域でした。

それが僕と過疎地域の出会いです。

小菅村を訪れるほど、過疎地域が抱える問題の深刻さに目が向くようになり、「ドローンで過疎地域が抱える問題を解決できないか?」と思うようになっていきました。

小菅村みたいな過疎地が日本にはたくさんあります。だから小菅村で喜ばれるサービスを完成させられれば、全国に展開できると考えました。

事業の観点から言語化してみると「地域物流の課題をドローンで解決する」ということになりました。そうやって僕らがやっていることを言語化して発信してみたら、日本全国の過疎に悩む多くの自治体が、「自分たちの課題もそれだ!」って気付き始めてくださり。そういった流れで全国の過疎地の物流の問題を解決する「SkyHub®」をセイノーHDさんと進めています」

地上の物流とドローン物流を一体化させる物流システム「SkyHub®」

SkyHub®とは、地上配送とドローン配送を連携させいつでもどこでもほしい時にほしいモノを届けるしくみで、過疎地域の課題解決と地域全体の活性化を目的に、「SkyHub®」を活用した2つのサービスの実証実験が小菅村で現在行われている。

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SkyHub®のしくみ

一つめの「SkyHub®_Store」は、ドローンデポ®︎(荷物を集約し保管する一時的な倉庫とドローン配送拠点としての機能を有する)に、購買実績に基づく購買予測から約300アイテムの食料品や日用品などを取りそろえ、注文者のニーズに合わせてドローンまたは陸送で配送するサービスだ。

新しい技術だけで社会の仕組みを変えることはできないと田路氏は言う。 「陸送は必須です。陸送の方が効率がいいものも多い。スタートアップ企業はとかく『新しい技術で世界を変える』と言いたがるんですけど、そんなわけはないんです。社会の仕組みは、それまでの既存技術と新しい技術との組み合わせでしか変わりません。だからドローン配送事業に取り組みはじめたときに僕が最も重視したのは既存技術、つまり既存事業との組み合わせです」。

続けて仕組みの重要性をこう説く。「ですから、セイノーHDさんと一緒にやっているSkyHub®ってドローンの話ではないんです。物流のラストワンマイルを一番最適なツールで運ぶってことで、どう最適化するかって話なんです。何で運ぶかは自由なんですよ」。

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ドローンで配達された荷物を受け取る小管村住民(エアロネクスト提供)

2つめのサービス「SkyHub®_Delivery」は、地域の商店と連携した買物代行・配送代行サービスだ。地元スーパーの専用カタログから正午までに注文された食料品や日用品、約1,000アイテムを当日15時以降の2時間間隔の希望時間枠で個人宅に届けている。また、小菅村では、「SkyHub®」の社会実装の一環として、バス会社や物流会社の協力を得て、貨客混載や共同配送の検証も行われている。

「SkyHub®」を活用したサービスモデルの実証実験は、小菅村の他に山口県美祢市千葉県勝浦市など6つの自治体で行われている。それをふまえ、今後も全国約900の過疎地域に展開していく予定だ。

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各地で行われている「SkyHub®」の実証実験。 左:北海道士幌町 右上:福井県敦賀市 右下:新潟県阿賀町(エアロネクスト提供) 老若男女問わず誰でも同じ仕事ができる

「SkyHub®」が定着すれば、どんな僻地にもある郵便局のような形でドローンの集約拠点ができ、ドローンオペレーターという新たな仕事が生まれる。

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小管村のSkyHubスタッフ(エアロネクスト提供)

ドローンオペレーターは、性別や年齢はもちろん、体格差なども関係ないと田路氏は言う。「将来的にはドローンは自ら飛行できるようになると思いますが、今の段階では人間がプログラムしなければドローンは飛びません。足が不自由だって、重いものを運べなくたって、高齢者だって、プログラムさえできればドローンを飛ばせます。ドローン=空飛ぶロボットを介せば、老若男女問わず、一律に同じ仕事ができるようになるんですから、ロボットの持つ可能性ってすごいんですよ」

ロボットと人間の仕事の線引きは?

過疎地の物流 産業用ドローンの社会実装で解決へ!

「ドライバーとかパイロットという職業は何十年後にはなくなるでしょう。意味を取り違えないで欲しいのですが、人の仕事をロボットが奪うということではないんです。大前提として少子高齢化が進み生産人口の減少によって仕方なくロボットが必要になるってことなんです。

人間は人間にしかできない仕事をやり、人間を必要としない仕事についてはロボットが行う。つまり、何かを生み出す仕事は人間が行い、生み出したものをパターン化できたらロボットに置き換えるっていう流れですね。

ですが、パターン化された仕事を全部ロボットに任せてしまうか、というとそれは違います。同じ単純作業でも血の通わないロボットが行うのと人間が行うのとでは、まったく違う結果をもたらす場合があります。相手の心を読むとか、相手の表情から思いを汲み取ったりすることがロボットは苦手です。つまり、人とふれあう仕事はロボットには向いていないので、いくら単純な作業でも人とふれあう場合は人間が行った方がいい。

だからロボット化が進んでも、看護や介護の仕事だとかは、確実に人間の仕事になるのではないのでしょうか。例えば高齢者の方が求めていることは、物理的な自分の不自由を解決するだけじゃなくて、会話したり、人から気にかけられているという感情を覚えたり、そういうところにあるのではないでしょうか。

人間の知性と社会の進歩は比例する

空飛ぶロボット=ドローンを社会実装するためには、法整備よりも国民の意識を変えていくことが先決だと田路氏は考えている。

「法律だけ変えても意味がないんです。日本人で常に法律を気にして生きている人はほとんどいませんので法律だけ変えても人の生活は何も変わらない。それよりも人々の受容性を変化させていかなければならない。

知性が社会の進歩を促すとも言う。知性とはいかなるものか。

「『知性とは何か』といえば、アイデアや考えそのものというよりも、『外』に向けて考える、思いを他に及ぼすことだと思います。要するに自分中心に考えるんじゃなく、相手のことを思いやることが真の知性なのではないでしょうか。人間の知性と社会の進歩は比例するように思えます」

田路氏は力をこめる。「例えば、昨日まで自分ができていたことが突然できなくなったとしても、受け入れられますか?自分の不便が多数の公共の利益につながることだったら、その不便を甘んじて受け入れられる覚悟はありますか?ということなのではないでしょうか。乱暴に言ってしまえば、テクノロジーとか新しい産業が動くタイミングは、人間の知性にものすごく影響されます。だから、知性が進化しないと社会は進化しない。つまり社会が進化しない限り、新しいテクロノジーは実装されないということです」。

最後にドローン事業の展望についてはこのような言葉でまとめてくれた。「多くの人々が、『自分にとって』という独善的な考え方から、『社会にとって』とか『他人にとって』と、自分ではない誰かの視点からものごとを考えられるようになったら、ドローンの社会実装はすぐに実現するでしょう。なにもこれはドローンに限らないことだと思いますがね」。

過疎地の物流 産業用ドローンの社会実装で解決へ!
小管村を飛ぶドローン(エアロネクスト提供)

そして今、社会は過渡期に入っていると田路氏はとらえている。人間の知性を上げるための教育が施され、環境問題がクローズアップされるようになった。人間はそれぞれ個人の利益にフォーカスするのではなく、グローバルに地球全体としての利益を優先して考える時代の流れになっている。今、私たちは時代の変わり目を生きている。これからの社会がどう変化していくのかは、私たち一人ひとりの意識にかかっているのだ。

(株)エアロネクスト代表取締役CEO田路 圭輔(とうじ・けいすけ)氏
過疎地の物流 産業用ドローンの社会実装で解決へ!
 

1968年兵庫県生まれ。趣味は考えること。座右の銘は「どっちが正しいではなく、選んだ道を正しくする」。味覚が子どもなのか、カツ丼が大好物であり名店のカツ丼でもファミレスのカツ丼でも等しく好き。「カツ丼は生活を豊かにしてくれるもの。おいしさに差はない」が持論。

編集後記

産業用ドローンにかける思いを語る田路氏からは、穏やかながらもその口調に秘められた熱いものを感じた。

メディアがメッセージだった時代を経て、ドローンは新たな時代のメッセージになり得るのかもしれない。飛行という行為を超え、多くの意味を有するドローン。翼をもつ知性に私たちはどんな思いを託していけるのだろうか。

※2022年6月17日取材時点の情報です

撮影:林 文乃