4月末、第12回「日本翻訳大賞」受賞作が発表された。これは、一般読者によるウェブ選考を経た後、審査員によって受賞翻訳作品が決定される仕組みの賞だ。
今回選ばれた2作のうちの1冊が、ケイト・ブラウン『チョルノービリ・マニュアル 原発事故を生きる』(阿部純子・後藤倫代・繁沢敦子・藤田怜史・本行忠志訳、日野川静枝・ノーマ・フィールド監訳、緑風出版、2025年)である。これまでの受賞作はほとんどが小説だったので、公文書史料とフィールドワークにもとづく本書のような研究書が受賞するのは珍しい。随所に文学性やレトリック、優れた洞察が光る、読み応えのあるドキュメンタリーが選ばれたことに大きな意義を感じる。
1986年4月26日、旧ソ連(現ウクライナ)のチョルノービリ(チェルノブイリ)原発4号機が爆発するという重大事故が起きた。この惨劇から今年でちょうど40年。科学史家の著者ブラウンは、約10年の歳月をかけて各地の公文書館に通い、膨大な史料を読み、疫学データを調べて事故とその後の対応を検証し、科学者や医師へのインタビューや汚染地域に住む住民への聞きとり調査をおこなった。
その結果、さまざまな驚くべき事実が明らかになった。事故後の公式説明がいかに虚偽にまみれたものだったか、いかに健康被害が過小評価されたかということ。事故直後、放射性廃棄物が都市部に届かないようソ連当局が人為的に雨を降らせたこと。放射能汚染地域に住民を帰還させようとするモスクワの指令に対して、ウクライナは逆らい、ベラルーシは従ったこと…。
ペレストロイカが進行するなか、ようやく1989年頃から被害の実態に目が向けられるようになるが、汚染された食品を摂取することで慢性的に低線量の被ばくにさらされる「内部被ばく」の深刻さは意図的に無視されている。1991年のソ連崩壊以降は、国際機関が乗り出してくるが、原子力産業に関わる機関や科学者らは、またしても被ばくの影響を過小評価し真実を隠蔽した。
本書のタイトルは、1986年に配布された住民向けパンフレットのことを指している。表向きは「これまでどおり暮らして問題ない」と言いつつ、「地元の肉、牛乳、ベリー、キノコなどを摂取してはいけない」と注意を呼びかけ、混乱とまやかしを露呈している。当局によるこうした欺瞞的な態度は、チョルノービリ原発事故のケースにのみ特有のものではあるまい。現に著者は、「2011年に日本で福島第1原子力発電所に津波が押し寄せた時、日本の企業人と政治指導者が見せた対応は、奇怪なほどソビエトの指導者のものと同じだった」と述べている。
福島の原発事故から15年たったにもかかわらず、いまだに廃炉作業も思うように進まず、内部被ばくの実情も解明されていない日本でこそ、『チョルノービリ・マニュアル』を他山の石として参照するべきなのではないか。
ぬまの・きょうこ 1957年東京都生まれ。東京外国語大学名誉教授、ロシア文学研究者、翻訳家。著書に「ロシア万華鏡」「ロシア文学の食卓」など。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.20からの転載】
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