物価高に苦しむ人が多い一方で、お金が余るほど余裕な人がいる。金融アナリストの高橋克英さんは「原因は個人の努力ではなく、金融政策が生んだ構造的な格差にある」という――。
(第1回)
※本稿は、高橋克英『超富裕層に「おもてなし」はいらない 世界の一流が日本に惹かれる本当の理由』(講談社+α新書)の一部を再編集したものです。
■平日の六本木に集う若き富裕層の正体

ニセコの活況を支えているのは世界的な「カネ余り」によって行われる富裕層の投資や消費だ。平日の東京都心を歩いていると、百貨店など商業施設や飲食店も含め、小奇麗でブランド物で着飾ったミドル・シニアだけでなくむしろ20代から40代の若い男女で溢れている。
例えば、六本木ヒルズにある外資系ラグジュアリーブランドホテル「グランド ハイアット 東京」のダイニング「フレンチキッチン」やカフェ「フィオレンティーナ」では、海外からの観光客やビジネスパーソンに交じって、優雅にオープンテラスで朝食をとったり、ワインを傾けながら、2時間を超えるランチを楽しんだりする紳士淑女の姿も多く見かける。
けやき坂通りを挟んで反対側にあるベーカリーカフェ「bricolage bread and co.」でも、テラス席は毛並みのいい愛犬を連れた近隣住民で朝早くから常に賑わっている。
以前から一定数は存在しているものの、退職者や年金受給者のシニア層に加え、会社員然とした働き方ではない、起業や不動産収入、金融資産運用などで悠々自適に生活できる層が増えているのだ。
■働かない若者が増えているワケ
具体的に言えば、家族からの相続資金、不動産の賃貸収入、株式の運用益や配当など、また、FXや仮想通貨による売買益、動画配信やSNSからの広告収入、デジタル関連の起業やM&Aによる売却益、ストックオプションなどにより、巨額の富を得て、若くして働かなくても暮らしていけるストックリッチ、フローリッチな人々。
つまり、働かなくてもいい人が目に見えて増加している。コロナショックもあり、日本だけでなく欧米の政府と中央銀行により、史上最大規模の金融緩和策と財政出動策がとられてきた。金融緩和策とは、極めてシンプルにいってしまうと、中央銀行が、人工的に市中に出回るおカネの量を増やすことで、経済を下支えし、浮上させよう、というものだ。
各国の中央銀行からマネーが際限なく供給されているなか、水の流れと同じように、おカネは必ずどこかに流れ着く。本来、金融緩和は、大量に供給されたおカネが、預金から銀行貸出を通じて企業の設備投資や運転資金に回り、経済や雇用の活性化にげるために行っている。

しかし、金融緩和策が余りにも大規模であるため、そこから余りれたおカネは、余剰資金として、世界的にも規模が大きく流動性もある株式市場や不動産市場に流れることになる(図表1)。
■金利の低さが生んだ「富裕層の一人勝ち」
このため、極論をいえば、高い信用力を持つ日米欧が大規模な金融緩和策を採っている限り、市中のおカネはジャブジャブ状態にあり、国際金融市場は悪くなりようがない。こうした金融緩和策などの恩恵を最も受けるのは、既に資産・資金を十分に持ち、その資産・資金を元手に投資や開発を行うことができる大手事業者や富裕層だ。
実際のところ、低利で銀行から融資を調達することで不動産投資を行い、資産を積み上げた富裕層も多い。結局のところ、古今東西を問わず、富裕層の富の源泉は、株式(起業や経営含め)と不動産の力による場合がほとんどのはずだ。
こうして誕生した新たな富裕層は、その資産を元手にレバレッジをかけたり、ハイリスク・ハイリターンな投資をしたり、地域や通貨や商品の分散などを図ったりして、ますますその資産を増やすことに成功することになる。まさに、投資が投資を、富が富を生む世界だ。
日本においては、日本銀行による金融緩和政策は、2013年4月から2024年3月まで10年以上続いてきた。2024年3月には「金融政策の正常化」のため、日銀は17年振りの利上げを実施。
以来、2025年12月末までに合計4度の利上げが行われたことで「金利のある世界」が久々に到来し、更なる金利引上げも想定されている。
■なぜ給料が上がっても生活が苦しいのか
もっとも、景気が過熱している訳ではなく、以下にみるように「実質賃金」が依然として低下している現状を見る限り、相次ぐ利上げを伴う急激な金融政策の変更ができる経済環境にはない。
日本においては、依然として政策金利は0.75%(2026年1月末)にとどまっており、いまだに「緩和的な金融環境は維持」されており、低金利であるともいえる。

実質賃金とは、実際に受け取る賃金から物価の影響を取り除いたものであり、例えば、給与が2%上昇しても、物価が4%上昇した場合、名目賃金は上がっても実質的な購買力は低下したことになり、実質賃金はマイナスとなる。
厚生労働省によると、実質賃金は、2022年から4年連続マイナスであり、2025年は通年でマイナス1.3%。足元の2025年12月はマイナス0.1%であり、12カ月連続マイナスを記録している。
高市早苗首相は、経済安全保障担当相時代にも「実質賃金が安定的に上昇し、消費マインドが回復し需要が供給を上回る適切なインフレが実現するまで、緩和のスタンスをとらなければならない」(2024年9月19日)と発言しており、大枠でこうした状況が劇的に改善しない限り「カネ余り」は続くといえよう。
■中央値250万円が示す格差社会のリアル
カネ余り時代の資産効果により富裕層が増えており、高級外車や不動産など活発な消費や投資によって経済が潤ってきている。マクロ経済全体でみれば、消費主体であろうと投資主体であろうと、富を生み出すのであればどちらであっても問題ないのかもしれない。
とはいえ、カネ余りで消費や投資が牽引する社会では、更なる格差社会を呼ぶことになる。元手となる不動産や株式など金融資産を持つものは、資産価値の高騰により更なる消費や投資が可能になり、ますます富むことになる。
金融経済教育推進機構「家計の金融行動に関する世論調査(2024年)」によると、我が国の金融資産保有額(総世帯)は、1000万円以上が28.4%に対して、100万円未満も37.7%存在しており、二極化している(図表2)。平均値は1245万円に対して、中央値は250万円となっており、一部の富裕層が平均値を引き上げているのが分かる。
富裕層の増加と働かなくてもいい時代の到来は、そうでない者との更なる格差を生むことになっている。
世界的なカネ余りによる消費や投資への影響に加え、マグニフィセント・セブン(アルファベット、アップル、メタ、アマゾン、マイクロソフト、テスラ、エヌビディア)などが米国で株価を猛烈に押し上げている。

■AIが稼いで人間は遊ぶ時代の到来
その資産効果により富裕層の総数が増える一方、AIの加速度的な普及・導入により人間の職が奪われ、失業および就職できない者も増加してきている。格差社会が加速度的に拡大し、働かなくてもいい人と働けない人がともに増えることになる。
もっとも従来と違うのは、AI革命によって、事務職を中心に失業は増えるものの、富裕層は増え、人件費の削減効果により企業業績や株式市場は好調を維持し、経済全体では成長を続けることになる。
つまり、従来の成長と雇用がともに増えていく経済社会から、AI革命により、成長はしていくが雇用は減っていく経済社会が、米国を先頭にわが国日本など他の先進国などでも到来しようとしている。
失業は増え格差は拡大するものの、経済自体は成長しているので、好調な企業からの法人税や富裕層からの所得税などを中心に国に納める税収は増え続けることになる。このため、豊富な財源を生かし、財政出動によって、失業対策や雇用対策が行われることになるケースが想定されるが、現状がそうであるように、仕事や雇用そのものを増やすのは容易ではない。
結果的に、富裕層などもともと働かなくてもいい人に加え、そうでない人々も公的支援の充実により一義的には「働かなくてもいい時代」「退屈でひまな社会」が到来することになるのだ。
■働かなくていい時代のマネーの行方
米国株の時価総額ランキングは、その時代の経済社会を反映した巨大企業が並ぶ。マグニフィセント・セブンを含む、現在の米国株の時価総額ランキングをみれば、ゲームや映像にSNSにロボットなど、AIやエンタメに関連する企業ばかりだ。言ってしまえば、ひまつぶしに関わる企業がトップ10の大半を占めているのだ。
今まで社会を牽引してきた製造業でもインフラ企業や金融業でもなく、IT関連の企業ばかりとなっていることが、「退屈でひまな社会」を象徴しているといえないだろうか。ちなみに10位のイーライリリーは、代表的な現代病である肥満症治療薬の開発と売上で高い成長が見込まれている企業だ(図表3)。

日米欧で長らく続く世界的なカネ余りと足元のAI革命により、株式市場や不動産市場にカネが流れ込み、資産価値の上昇により、満たされた「退屈でひまな社会」「働かなくてもいい時代」をもたらした。
膨れ上がったマネーの行き先は、高級外車、アート作品、高級ワイン、高級腕時計など装飾品など富裕層向けの余暇市場へと投入されていったわけだ。これはもちろん、ニセコのようなリゾートの発展にも影響している。

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高橋 克英(たかはし・かつひで)

株式会社マリブジャパン 代表取締役

金融アナリスト、事業構想大学院大学 特任教授。三菱銀行、シティグループ証券、シティバンク等にて銀行クレジットアナリスト、富裕層向け資産運用アドバイザー等で活躍。2013年に金融コンサルティング会社マリブジャパンを設立。世界60カ国以上を訪問。バハマ、モルディブ、パラオ、マリブ、ロスカボス、ドバイ、ハワイ、ニセコ、京都、沖縄など国内外リゾート地にも詳しい。映画「スター・ウォーズ」の著名コレクターでもある。1993年慶應義塾大学経済学部卒。2000年青山学院大学大学院 国際政治経済学研究科経済学修士。日本金融学会員。
著書に『銀行ゼロ時代』(朝日新聞出版)、『いまさら始める?個人不動産投資』(きんざい)、『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか』(講談社)、『地銀消滅』(平凡社)、『超富裕層に「おもてなし」はいらない』(講談社)など多数。

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(株式会社マリブジャパン 代表取締役 高橋 克英)
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