※本稿は、坂出健『贅沢と欲望の経営史 あなたはなぜ今日もスタバに行ってしまうのか』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■日本のファッション流通の歴史
ユニクロが登場するまでの日本のファッションの時代を振り返ってみましょう。第一は、百貨店の時代です。1960年代、まだ「ハレ(特別な日)」と「ケ(日常)」がきっちり分かれていた時代に、「ハレの日」を演出する場所として百貨店が注目を集めました。
この頃の百貨店は、ブランド品を中心に「豊かで華やかな品揃え」を売りにし、特別な日を彩る買い物体験を提供していました。当時の一般市民にとって、デパートはちょっと背伸びして贅沢をする憧れの場所でした。
その次に訪れたのが「安くて良いモノ」の時代です。1970~80年代には、ダイエーやイトーヨーカドー、ジャスコ、西友などの「総合スーパー(GMS)」が登場し、「大量に仕入れて、大量に売る」ことで価格を下げました。この頃から、「高いから良い」じゃなくて、「安くても十分おしゃれ」という価値観が広がっていきます。いわば、誰もが気軽にファッションを楽しめるようになった時代です。
1990年代に入ると、「カテゴリー・キラー」の時代がやってきます。
■ユニクロという革命
そして、1990年代後半~2000年代には、SPAという「作る」と「売る」を一体化したビジネスモデルが登場します。もともと、ギャップが提唱したこのモデルは、ブランド側が消費者の動きを見ながら、自分たちで商品を企画・製造し、さらに自社の店頭で販売までするというものです。このやり方で、価格と品質の常識が大きく覆されました。日本ではユニクロ、ヨーロッパではザラが代表格です。
ユニクロの創業者・柳井正が、家業の紳士服店を継いだ頃、日本では接客ありきの販売スタイルが主流でした。欧米を旅したときに訪れた「誰でも自由に、気軽に入って買える店」に感銘を受けた柳井は「もっと自由に、まるで本屋やレコード屋みたいに、服を選べる店を作りたい」と考えました。
この思いを形にしたのが、1984年に広島にオープンしたユニクロ1号店です。その後は、郊外のロードサイドに次々と出店していきます。創業から1990年代にかけてのユニクロの具体的な戦略は以下の2つでした。
①ユニセックス&ノンエイジのベーシックデザイン
②圧倒的低価格
■ユニクロの二大戦略と「大きな転換点」
ユニクロの「広く」「安く」「自由に」という戦略は、当時の衣料品店の常識を覆しました。
第2に、圧倒的な低価格です。バブル期の「高く売る」戦略とは逆に、学生や主婦でも手に取りやすい「1000円・1900円」という価格帯に集中しました。これが結果として「客数の爆発的増加」につながり、商品の回転率とキャッシュフローを高めていきました。
1998年にフリースという大ヒット商品を生み出したユニクロは次の段階に進みます。「絞り込み戦略」と「郊外から都心への進出」です。
1990年代半ばまでのユニクロは多品種少量の品揃えを謳い、1シーズンに400品ほど扱っていました。しかし、商品数が多すぎて1点あたりの発注量が少なかったため、品数を絞り込んで大量生産・大量販売する「絞り込み戦略」に切り替えます。
400品から200品まで品数を絞り、その分一つひとつの商品の品質を高めました。品数を減らしたことでフリースの大量生産が可能になり、1900円という衝撃的低価格で高品質の商品を提供できるようになります。
■「細やかな調整」がユニクロの武器
同時に、従来の郊外店だけでなく都心進出にも乗り出します。1998年には若者ファッションの中心地である原宿に出店し、「ユニクロ=安いだけの服」というイメージを「安くておしゃれで高品質」へと塗り替えました。
この時期のユニクロの宣伝は新聞チラシが中心でした。毎週金曜日に新聞に折り込まれるチラシは、ユニクロとお客さんとの重要なコミュニケーションとなりました。「今週のお買い得はこれ!」というチラシを約52週、1年中欠かさず続けることで、お客さんとの信頼関係を築きました。
ユニクロの製販調整で最もユニークな点が、この「1年かけて計画して、週ごとに調整する」というサイクルです。毎週金曜日の新聞折り込みチラシの反応を見て、値下げや増産の判断を行うのです。売れすぎたら増産、売れなければ値下げ、欠品しそうなら生産を止め、廃番とする。この週ごとの細やかな調整が、ユニクロの強さを支えています。
1998年のフリースブームの時点ではまだ「売れるものを大量に作る」というプッシュ型の側面が強く、需要予測が外れた際の在庫リスクも大きい状態でした。2000年代初めには、フリースブーム後の在庫過多をきっかけに、経営の仕組み、特に製造・販売調整を根本から見直しました。
■ユニクロを支える2つのポリシー
この時期のABC改革(All Better Change)の中心は製販調整で、本部が「週単位」で全店の売上速報を確認し、生産計画を柔軟に変更する仕組みを構築しました。
ユニクロはトレンドを追うのではなく、「いつでも、どこでも、誰でも」着られる服を、ベーシックアイテムに絞って展開しています。「高品質で安い」「着るパーツ」としての服を提供することがユニクロのミッションです。このポリシーでアンダーウェアを展開したことで、日本人の日常に欠かせないブランドへと進化しました。
ほかにもユニクロにはいくつかのポリシーがあります。まず、欠品を許さない。ユニクロの哲学の1つが、「必要なときにちゃんと在庫がある」ことです。そのため、糸→生地→製品という3段階で発注を管理し、標準的な販売期間である1シーズン(12週間)の間に欠品しないよう徹底した在庫管理をしています。
もう一つユニークなのは、「持たざる経営」です。ユニクロはサプライチェーンや物流も自社で抱えるのではなく、基本的にアウトソーシング(外部委託)しています。生産はコストの低い海外(中国や東南アジア)に任せつつ、品質はしっかり管理します。
■ユニクロとザラが売っている「贅沢」
日本のポスト消費システムの進化形であるユニクロを、ヨーロッパ・ファッションの最先端であるザラと対比して考えてみましょう。
ザラが提供するのは、かつて富裕層だけが独占していた「時間の先行性」という贅沢です。ザラの服は、それ自体が目的ではなく、パリコレなどのハイエンドな世界観(記号)へ参加するための「チケット」です。最新の流行をわずか3週間で手に入れられることは、かつての上流階級が持っていた「情報の鮮度」を民主化したことを意味します。
ザラの顧客は店内で自分に合うスタイルを「発見」し、自らのセンスで編集します。これは、社会学者・現代思想家のボードリヤールの言う「記号の操作」を楽しむ、能動的で知的な贅沢の形です。「売り切れ御免」の戦略は、手軽な価格でありながら、その瞬間を逃すと手に入らないという「希少性」を演出し、消費体験をドラマチックなものに変えています。
それに対して、ユニクロが提供するのは、かつては高価だった「高品質なベーシック」を誰もが日常的に享受できるという「インフラとしての贅沢」です。ユニクロは服を自己主張の道具(記号)ではなく、生活を支える高品質な「パーツ(部品)」と定義しました。
カシミヤや高品質なアンダーウェアなど、かつては贅沢品だった素材を「圧倒的低価格」で販売し、「生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)の底上げ」という贅沢を提供したのです。
■「情報の贅沢」と「生存の贅沢」
ザラが「飢餓(きが)感」を煽るのに対し、ユニクロは「いつでもそこにある」という安心感を提供します。
つまりザラは「情報の贅沢(トレンド)」を、ユニクロは「生存の贅沢(インフラ)」を、それぞれ大衆に解放しました。ザラのファッションでは、トレンドを店側が提示するのに対し、ユニクロのファッションでは、店側が提供する素材をユーザー自身が使いこなすことが可能であり、また必要なのです。
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坂出 健(さかで・たけし)
京都大学 経済学部 教授
1969年、千葉県生まれ。1992年、京都大学経済学部卒業。1995年、京都大学大学院経済学研究科博士後期課程中退。博士(経済学)。専門は国際経済安全保障、アメリカ経済、経営史等。富山大学経済学部助手、京都大学公共政策大学院准教授等を経て、2023年より京都大学経済学部教授。アメリカを中心とする国際政治経済や資産運用会社の研究を行っている。著書に『入門 歴史総合Q&A100』、共編著に『入門 アメリカ経済Q&A100〈第2版〉』『入門 国際経済Q&A100』(すべて中央経済社)などがある。
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(京都大学 経済学部 教授 坂出 健)

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