TBSの報道ドキュメンタリー番組「報道特集」が炎上している。元関西テレビ社員で、神戸学院大学の鈴木洋仁准教授は「ナフサ不足についての専門家の発言をめぐり、『報道特集』がSNSで発信した内容が問題だ。
背景には、同番組の『尊大さ』があるのではないか」という――。
■高市首相が槍玉に挙げた報道内容
TBS「報道特集」は、2026年4月4日に「エネルギー危機に政府の対応は」とした特集(動画のタイトルは「激化するイラン攻撃で続くエネルギー危機 石油不足が直撃で問われる日本政府の対応」)を放送した。そのなかで、コネクトエネルギー合同会社の境野春彦氏が、石油化学製品の原料となる「ナフサ」の供給について、「間違いなく、今の状況が続いたら、6月、詰むんですよ、日本。ホルムズ海峡通る、一択しかないんですよ」と発言した。
この発言が、毀誉褒貶に晒されている。反論の最たるものは、高市早苗首相によるXへの投稿だろう。放送翌日の4月5日、「昨日の一部報道番組で、ナフサの供給について、『日本は6月には供給が確保できなくなる』との指摘がありました」として、明らかに「報道特集」を指すとみられる前置きをした上で、政府が把握している現状を説明し、「事実誤認」と記した。
他方で、そのTBSをはじめ各社が報じているように、住宅設備大手のTOTOは、「『ナフサ』由来の有機溶剤や壁や床にフィルムを貼る接着剤の調達が不安定になっていることが要因」として、ユニットバスなどの新規受注を停止した。「詰む」ということばが、どんな事態なのかは、専門家ではない私には、よくわからないものの、TOTOのように「ナフサ」を使った製品が供給されなくなる状態を指すとすれば、実態を反映しつつある。
■なぜTBS「報道特集」は炎上したのか
ただ、ここでは、境野氏の発言が正しいのかどうかは決められない。まだ6月ではないからであり、何より私自身に、その判定の資格はない。それよりも、あくまで、「報道特集」の長年にわたる視聴者として、また、かつて報道記者として他局でありながら、いや、他社だったからこそ、憧れたひとりとして、同番組の炎上の理由を探りたい。

同番組がウェブサイトで誇る通り、たまたまではあるものの、私が生まれた1980年に放送を開始している。「番組の根幹は、今も変わることはありません」と掲げているのが「独自の取材でテーマを掘り下げる『調査報道』」である。
その輝かしい歴史を長年にわたって支えたのは、初代キャスターの料治直矢(りょうじなおや)氏である。私にとって「報道特集」とは料治氏であり、多くの視聴者にとってもまた、料治氏こそ番組そのものだったのではないか。
料治氏は、1935年に東京・新宿に生まれ、都立戸山高校から東京大学、それもラグビー部での活躍を経て、アナウンサーとしてTBSの前身・ラジオ東京に入社する。その後、記者に転じ、司法担当キャップとして東京地検特捜部の黄金時代を3年半、警視庁担当キャップとして連続企業爆破事件などを3年間、それぞれ取材の指揮をとった。
■「自社の過ち」も辛辣に追及してきた
そうした表の顔だけではない。キャスターになってからは、取材中に小指を切断したり、取材相手に殴られたり、銀座や赤坂のママたちが料治の顔を見てから出勤したり、といった数々の「伝説」を残していた。その激動の人生を、元・NHK記者でルポライターの瀧井宏臣氏が『武骨の人 料治直矢』(講談社、2004年)で生き生きと描いている。
人間味にあふれるキャスターが、たとえば、フィリピンのベニグノ・アキノ元上院議員暗殺事件の真相を明かした世界的スクープを生み出すのだから、見る者を惹きつけないはずがない。料治氏は、1996年に発覚した「TBSビデオ問題」(オウム真理教の幹部に、坂本堤弁護士のインタビューテープを放送前に見せ、そして、その事実を隠蔽していた問題)でも率直に同社を批判している。
私にとって「報道特集」とは、自分たちだけではなく、自社の過ちについても、辛辣すぎるほどに追及する、そんな報道番組の見本・手本と言える憧れの的だった。
それだけではない。料治氏は、吉田戦車の傑作漫画『伝染るんです。』のなかで、幼児が「りょーじしゃん」とテレビに向かって叫ぶぐらい名が通り、多くの人に親しまれていたのである。こうした栄光こそ、今回の炎上の原因であり、足枷ではないのか。
■報道番組のパイオニア的存在だったのに…
「土曜よる10時から、充実の55分」とのキャッチコピーで「ゴールデンタイムに初の本格報道番組登場!」と始まったものの、その1年半後には、放送日時を日曜日の18時から19時に移す。それから、「報道特集」は、2008年までの16年間にわたって日曜日の夕方、つまり、「笑点」(日本テレビ)の後であり、「ちびまる子ちゃん」や「サザエさん」(いずれもフジテレビ)という高視聴率番組の裏で放送され続けた。
低視聴率にあえぎ土曜日夜から移動を余儀なくされたとはいえ、それでも、日曜日の夕方の報道番組である。いまは、「真相報道バンキシャ!」(日本テレビ)が定着しているとはいえ、40年以上も前、ニュース、それも民放による「調査報道」は耳目を集めているとは言いがたかった。その未開の地を耕した功績は、テレビの歴史のみならず、日本の報道の歴史を画する。まさにこのプライドが、今回の炎上を招いているのではないか。
私は昨年、プレジデントオンラインで、参議院選挙の報道をめぐって「参政党が躍進したのはTBS『報道特集』のおかげである…マスコミが直視できない『メディア不信』の根深さ」と題して、同番組が、良かれと思った行為が逆効果をもたらす「行為の意図せざる結果」に当てはまると説いた。参政党の「日本人ファースト」に関して、「排外主義の高まりへの懸念が強まっていることを(中略)問題提起」した結果が、参政党の議席増を導いた、と論じた。

今回は、どうか。
■放送から3日後、番組がSNSで発信したこと
炎上の発端となった「間違いなく、今の状況が続いたら、6月、詰むんですよ、日本」との発言について、「報道特集」は、放送から3日後のXで次のように「補足」している
これは「需要に供給が追いつかなくなり、日本にとって深刻な影響が出る恐れがある」という趣旨の発言でした。番組として、その趣旨を適切にお伝えすることができなかったと考え、補足させていただきます。
さらに、放送から1週間後の今月11日にも、同番組は「心配されるナフサ不足 身近な現場に広がる切実な声」(動画タイトルは「ナフサ由来の一部石油製品が供給不足、身近な現場に広がる切実な声」)と題した20分ほどのVTRを放送している。シンナーをはじめとするナフサ由来の製品が足りないとする、さまざまな取材をもとにしたものだった。
境野春彦氏とは別の専門家へのインタビューでしめくくり、スタジオでも、山本恵里伽キャスターが「なかなか声を上げづらい現場の方々が、これほど取材に応じてくださったこと自体、非常に大きな意味を持つと感じていますし、それだけ厳しい状況にあると言えるのではないでしょうか」とコメントしている。
■「補足」に見え隠れする“驕り”
そして、日下部正樹キャスターが前の週の境野氏のコメントに言及した。「適切にお伝えできていない部分がありました」とした上で、「これは、6月にナフサの供給がなくなる、という意味ではありません」とし、上記の「補足」を繰り返している。
自分たちは、45年以上の歴史を誇る報道番組のパイオニアであり、「キャスター自ら現場に向かい、自分の言葉で伝える」(同番組ウェブサイトより)気概に満ちている。そんな自分たちが、わざわざ「補足」をしなければいけないほど、視聴者のリテラシーが落ちているのではないか。そんな傲慢さというか驕りが、一連の「補足」という呼び方に隠れてはいまいか。

「報道特集」初代キャスターの料治直矢を描いたルポライターの瀧井宏臣氏は、「トツトツとしたしゃべりながらも、一言で相手を納得させる表現力を持った独特のキャスターだった」(『武骨の人 料治直矢』講談社、2004年、108ページ)と評している。「りょーじしゃん」と愛された料治氏なら、「補足」をしなかったし、「その趣旨を適切にお伝えすることができなかった」などと生成AIのような紋切り型の定型文ではなく、少なくとも「自分の言葉」で語ったに違いない。
■「自分の言葉」はどこにあるのか
翻って、「自分の言葉で伝える」とウェブサイトで謳う、いまのキャスターたちは、相手を、つまり、私を含めた見る側を、どれだけ「納得させる表現力」を持っているだろうか。
放送した後に、Xだけではなく、1週間後のOAでも、2度にわたって「補足」をしなければいけないのは、相手=視聴者たちの理解力が劣っているからなのか。もし、料治のような表現力があるのなら、いちいち「補足」などしなくても済むのではないか。「自分の言葉」を持っているのなら、なぜ「補足」が必要なのか。
今回の炎上は、「自分の言葉」を打ち出し、これまで半世紀近くにわたって民放のみならず、日本のテレビ報道を牽引してきた同番組が、「補足」という、謝罪でも強弁でもない、木で鼻をくくるような、どっちつかずの表現を繰り返しているせいではないか。
いや、こんな問いかけ全てが、むなしい。「“政府発表”のウラ側を追い、“当たり前の常識”を疑う」とウェブサイトで打ち出す「報道特集」の人たちには、響かないだろうからである。高市首相がXで説明すればするほど、それを「政府発表」として追い、それを信じる人たちの「当たり前」を疑うのが、彼ら彼女たちの方針だからである。
しかし、まさしく、その姿勢こそ、自分たちが築き上げてきた長く尊い歴史を蝕むのではないか。
■「結論ありき」のテレビ報道の限界
今回の「間違いなく、今の状況が続いたら、6月、詰むんですよ、日本」との発言は、ディレクター側にとっても、また、発言した側にとっても、「おいしい」ものだったと思われる。
私自身、取材する立場だったときから、今は取材される側としても、こうしたパンチラインが出ると、心の中で「これは使える」と安堵したり、喜んだりしてきた。
実際、発言の主である境野氏は、Xに「『報道特集』裏話シリーズ。」と題して、ある比喩表現をめぐり、「ディレクターから『もう一回、それ言ってください』と言われた」と明かしている。そのポストの末尾に「笑。」をつける程度の、つまりは、そこまで深刻ではない話題なのかと疑うのは、誤りなのだろう。「詰む」とか「一択しかない」と表現する境野氏と、それをOAに使う「報道特集」にとっては、こうした「笑。」を「自分の言葉」として使う点で、姿勢を共有しているのだろう。
その姿勢が、あくまでも「補足」と称して「結論ありき」にこだわり、「指摘されても謝らない」、そんな傲岸不遜さだと、少なくない人たちにとらえられているから、今回の炎上が起きたのではないか。その高慢さは、「調査報道」の看板を揺るがす限界を過ぎている。

----------

鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)

神戸学院大学現代社会学部 准教授

1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。
共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。

----------

(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)
編集部おすすめ