「私、ADHDだから」と明言する人が増えている。なぜなのか。
米国小児科専門医の松浦有佑氏は「日本は文化的にADHD等の発達障害が発見されやすく、その理解も進みつつある。しかしいまだに発達障害を受け入れにくい地域も存在する」という――。
※本稿は、松浦有佑『発達障害を正しく知る』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■全く根拠のない「冷蔵庫マザー理論」
自閉症という概念は1943年にレオ・カナーによって初めて提唱され、徐々にその理解が進んできましたが、1970年頃までは、精神病との明確な区別がされておりませんでした。
自閉症は当時、統合失調症(当時の呼び名は「精神分裂病」)の初期症状ではないかと考えられており、原因も「心の問題」、つまり家庭環境や子育てにあるとされていました。
ここで出てくるのが、「冷蔵庫マザー理論」という仮説です。この説を聞いたことがある方もいるかもしれません。これは、冷たく愛情を示さない「冷蔵庫のような」母親が、自閉症という精神的な病を引き起こすという、全く根拠のない恐ろしい理論です。
この理論は当時、驚くほど広まりました。教育者や医師といった専門家たちでさえ信じてしまい、多くの母親や自閉症の子どもがいる家庭が深刻な差別や偏見にさらされることになりました。
たとえば、学校では自閉症の子どもの入学が拒否されたり、「精神病であるため教育で変わるものではない」という理由で、現在でいう特別支援学級への受け入れが拒否されたりすることも実際に起こっていたのです。
そのため、自閉症の診断は「タブー」と捉えられ、アメリカやヨーロッパでは診断を周囲に隠す文化が広まっていました。

■進む「ASDやADHDへの理解」
この風潮を助長したのが、ブルー・ベッテルハイムという学者です。彼は「冷蔵庫マザー理論」を広め、自閉症の原因は母親にあると断定し、「母親を子どもから切り離して育てるべきだ」とまで主張しました。このような主張により、親子が引き離されるという悲劇的なケースも、実際に歴史上起こってしまったのです。
しかし1980年代に入ると、ようやく風向きが変わります。多くの研究者や当事者家族が立ち上がり、さまざまな論文の発表や啓発運動が行われた結果、自閉症は育児や家庭環境によって起こるものではなく、脳の発達に由来する神経発達症であるという、現在の考え方へと転換されていったのです。
日本では、この10~20年ほどでADHDに対する理解が大きく進みました。最近では、大人同士の会話の中でも「私、ADHDだから」などといった言葉を耳にすることも珍しくなくなっています。
ご存じの通り、日本には同調文化という特徴があります。今でも「場の空気を読むこと」や「周囲と歩調を合わせること」が重要視される社会です。このような文化は、ADHDと相性が悪いとされる側面があります。
それにもかかわらず、ADHDが社会に受け入れられるようになってきたのはなぜでしょうか? その背景には、SNSやテレビといったメディアの影響、そして政府の取り組みが大きく関係しています。
■日本はADHDの人が発見されやすい文化
ADHDという言葉が今のように知られるようになる30年以上前までは、子どもの怠けや親のしつけの問題と見なされることが多かったのが事実です。
1995年にDSM-4の日本語版が出版され、これにより、医療者や教育関係者の間での理解が広がり始めました。そして2003年に、国内でのADHDの診療ガイドラインが出版されました。
さらに、2004年には発達障害者支援法が制定され、その中にADHDが明記されました。これにより、ADHDはしつけや性格ではなく、発達障害の1つであるという認識が社会的に確立される大きな転機となりました。
また、日本の同調文化のために、ADHDのある人が浮きやすく、それによって発見されやすいという側面もあります。そのため、ADHD概念の確立に伴って、ADHDが疑われる人が社会に一定数存在することが可視化され、テレビなどのメディアでも取り上げられやすくなりました。これが、ADHDの認知度を高める追い風となったのです。
ADHDの「注意散漫」の一部の特性は、多くの人が日常生活で経験することも少なくないため、社会全体の関心を集めやすく、SNSでは「# ADHDあるある」といったような投稿が多く見られるようになっています。
怪しい情報も多く出回っており、賛否が分かれる状況も多いですが、それでも「自分はADHDかもしれない」と名乗る人に対して社会が理解を示せる環境が整ってきているという点は、大きな前進であり、喜ばしいことと言えるでしょう。
■発達障害の理解は進んでいるが地域差がある
たとえばつい数十年前まで、落ち着きのない子どもは、小学校のクラスで「厄介な存在」「しつけがなっていない」などと見なされ、家庭や本人の責任にされがちでした。ですが現在では、「それは生まれつきの脳の特性によるものだ」と認知されるようになり、周囲の見方や関わり方が変化してきたのです。
このような社会的認知の広がりは、実際にADHDによって生きづらさを感じている人々にとって大きなサポートになります。
「認知の改善と普及」は、発達障害領域において非常に重要な要素です。発達障害の領域では「理解される」だけでも当事者の生きやすさが変わるということは決して珍しくありません。
一方、私が医師として発達障害の疑いがある患者さんを診察する中で、今も偏見やレッテル貼りに苦しむご家族に出会うことがあります。
あるラテンアメリカ出身のお母さんは、診断名であるADHDのことを「Big 4 letters diagnosis(4つの大文字の診断)」と呼び、決してその言葉を口にしようとしませんでした。
また、実習していたときに出会ったハワイに住むアメリカ人のお父さんは、「Big A(大文字のA)」という表現を使い、Autism Spectrum Disorder(自閉スペクトラム症)という言葉を使用するのを避けていました。
■発達障害を受け入れにくい地域の特徴
このように、住んでいる地域や文化、家族の価値観によっては、子どもがADHDや自閉スペクトラム症であることを受け入れたくない、周囲に知られたくないというケースが今でも見られます。
ここからは、あくまで私個人の印象です。全く統計的根拠があるわけではありませんが、特に以下のような家庭でこの傾向が強いように感じます。
1 田舎や地域社会のつながりが強い集落文化の中で暮らしている

2 社会的ステータスを重視し、他者からの評価を常に強く気にする
このような文化の中にいる家庭の中には、「発達障害」というラベルを貼られることに対する強い不安やマイナスの感情が残っていることもゼロではありません。
ここからはややセンシティブな内容になるのですが、みなさんは「ダウン症候群」をご存じでしょうか。これは遺伝子の染色体異常によって生じるものです。最近では胎児の段階でわかる機会も増えてきており、生後その診断が変わることはありません。

ダウン症の方は、身体のさまざまな臓器に多かれ少なかれ変化が見られることに加えて、多くの場合、知的発達症、発達の遅れといった神経発達の特性も併せ持ちます。
■未だにある「ダウン症を受け入れ難い地域」
ここで紹介するのは、ユダヤ教の超正統派(Ultra-Orthodox)と呼ばれる人々の中でのコミュニティについてです。イスラエルやニューヨークの一部の地域に今も住んでおり、生活のあらゆる面をユダヤ教の教えに基づいて行っており、結婚や職業なども厳格に決められていることがあります。
このコミュニティの中には、ダウン症を受け入れることが難しい家庭が存在します。新生児室で自分の子どもの顔を見た瞬間に(ダウン症候群の子は顔貌が特徴的で、診断がなくとも顔を見ればわかることが多い)、家族が関わることをやめてしまう、すぐに孤児施設へ預ける、家族以外には一切知らせず、家庭内に閉じ込めて育てる、といった事例が、今でも実際に起きています。
このように、社会全体では発達障害や神経発達症に対する理解が進んできてはいるものの、文化や価値観の違いによって、偏見やレッテル貼りは依然として根強く残っているのも現状です。だからこそ、正しい知識と理解をさらに広めていくことは、今もこれからも非常に重要な課題なのです。

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松浦 有佑(まつうら・ゆうすけ)

米国小児科専門医

アメリカ小児科専門医。岐阜県生まれ。岐阜大学医学部卒業後に初期研修を修了し、横須賀米海軍病院に勤務。その後渡米し、ニューヨークのマウントサイナイ大学病院で小児科レジデントを修了。あわせて、ジョンズ・ホプキンス大学大学院にて公衆衛生学修士課程を修了した。
現在は、ワシントン大学およびシアトル小児病院にて、小児発達行動医学を専門とするフェローとして、診療および研究に従事している。

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(米国小児科専門医 松浦 有佑)
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