日本経済はこれからどうなるのか。モルガン銀行(現・JPモルガン・チェース銀行)元日本代表の藤巻健史さんは「高市首相が財政健全化目標を変更したのは、インフレを加速させるための布石ではないか。
約1342兆円の借金を帳消しにするかわりに国民が地獄を見る『インフレ税』の本格始動に備えるべきだ」という――。
※本稿は、藤巻健史『物価高・円安はもう止められない!』(PHPビジネス新書)の一部を再編集したものです。
■所得税を払う人は人口の半分以下
私は25年3月12日、参議院本会議で所得税について質問をしました。そのときの石破茂首相(当時)ほかの答弁内容を紹介しましょう。
まず、日本の総人口は約1億2350万人ですが、所得税の総合課税適用者、つまり所得税を払っている人は約5300万人で人口の半分もいません。子供や高齢者もいますから当然かもしれませんが、思いのほか少ない印象です。
そのうち税率5%の所得税を払っている人が約2900万人、約55%。税率10%の所得税を払っている人が約1200万人、約23%です。したがって、税率10%以下の納税者が約4100万人で約78%となります。国民の半分しか所得税を払っていませんが、そのうち8割弱は税率10%以下の所得税しか払っていないということです。
他方、平均的なサラリーマンの税率である約33%の納税者は、約90万人。それ以上の税率を払っている人は40万人。
全人口約1億2300万人のうち平均的サラリーマンを含め130万人だけが高税率の所得税を払っているのです。
■富裕層増税はただの気休めである
26年度より課税最低額を178万円に引き上げましたので、所得税を払う人は、約5300万人よりもさらに少なくなることになります。
そして、税率を1%引き上げたときにどのくらい税収が増えるかも聞きました。
5%の税率を6%にすると、約7600億円税収が増えます。10%の税率を11%にすると約2300億円の税収増、ところが40%の税率を41%にすると約410億円の税収増、45%の税率を46%にすると、たった約350億円の税収増なのです。
よく富裕層の税率を上げればいいと言いますが、45%の税率を1%上げても約350億円しか税収は増えません。富裕層の税率を上げるとよくいいますが、それは非富裕層が溜飲を下げるだけで国の税収増にはつながらないのです。
もし所得税の増税で税収を増やしたいなら、5%の最低税率を上げるしかないのですが、増税どころか課税最低額を引き上げるという逆の動きをしています。
以上のことから、個人の所得税の増税で財政の赤字を解消することは、まずもって無理なことがわかると思います。算数の話です。
■消費税を何%にすれば借金返済できるか
借金を返済できる唯一の増税は、消費税を上げることです。
現在、消費税は10%で税収が約25兆円ですから、大雑把に言うと、消費税を1%上げると約2.5兆円税収が増えます。
所得税増税や法人税増税に比べていかに国にとってパワフルな増税手段かがわかります。
赤字が約25兆円、加えて毎年10兆円借金を返済すると、毎年約35兆円の税収増が必要になります。35÷2.5=14なので、消費税を現在の10%から24%に引き上げれば、約1342兆円の借金を134年で返せる計算になります。
しかし、現在の日本で、消費税を24%に上げることができるかと言えば、政治的に絶対にムリでしょう。消費税はもちろん、どの税金であっても、増税になりそうだというだけで選挙に勝てません。だから、ほとんどの政党が消費税ゼロ、飲食料の消費税ゼロを公約に衆議院選挙を戦ったわけです。
■社会保障に見合わない日本の低負担
日本人は税金を払いたくない人が多いのか、消費税に反対する人が大多数です。
それにもかかわらず、高いレベルの社会保障を望みます。税金を払いたくないのなら、社会保障は最低限でがまんするというのが世界の常識です。社会保障をしっかり受けたいのなら、北欧諸国のように高い税金を払う必要があります。それも富裕層(といっても世界基準から見れば決して富裕層ではない)だけでなく、全国民が払う必要があるのです。
こうした小さな政府か、大きな政府かといった議論にすらならないのが日本の政治の、選挙の現状ではないでしょうか。

所得税増税もダメ。法人税増税もダメ。消費税増税もダメ。増税による税収増で借金を解消することはできないというのが、ここまで見てきた結論です。
戦争で借金を帳消しにするのはもってのほかですし、大増税をすることは国民が認めないとしたら、ほかに何か、借金を返す方法があるでしょうか。
1つだけあります。それが「インフレ税」です。日本に残された道は、もうインフレ税しかない。現状は、そう考えざるを得ない状況です。
■唯一の解決策「インフレ税」とは
では、インフレ税とは何でしょうか。日本経済新聞は次のように解説しています。
「物価上昇(インフレーション)でお金の価値が下がることで政府の借金の返済負担が実質的に軽くなること」
そして、こうも書かれています。

「インフレ税は政府にメリットがあるが、政府債務はもともと国債発行などを通じて民間から調達したもの。貸し手である家計など民間部門からみればマイナスになる」
つまり、インフレ税というのは、債権者である国民から、債務者である政府への実質的な富の移行なのです。
と言っても、なかなかわかりづらいので、個人タクシーの運転手を例に考えてみましょう。
個人タクシーの運転手が1000万円の借金をしました。タクシーの初乗りが1000円だとしたら、1000万円を返すのはかなり大変で、何年、何十年もかかるでしょう。しかし、インフレによって初乗りが1万円になり、10万円になり、100万円になったらどうでしょうか。初乗り100万円なら、1000万円の借金など、すぐに返せてしまうでしょう。初乗りが100万円になるほどのハイパーインフレになれば、借金はすぐに帳消しにできるということです。
■汗水たらして貯めた銀行預金が消える
このように、インフレというのは、借金をしている債務者にとっては万々歳。
他方、お金を貸している債権者や銀行預金をしている人たちは、汗水たらして貯めたお金の価値がどんどん下がっていき、泣くに泣けない状況を招きます。10年かけて1000万円を貯めても、ハイパーインフレでタクシーが初乗り100万円になれば、タクシーに10回乗るだけで1000万円がなくなってしまうのですから。
インフレによって、国民や企業などの民間から政府に富が実質的に移行することになり、これは税金と同じだということでインフレ税と呼ばれます。

日本で最大の借金をしているのは誰でしょうか。言うまでもなく日本政府です。約1342兆円の借金王が、インフレ税で借金を返そうとしたら……。銀行預金をしている国民や国債を保持している金融機関などは目も当てられないことになるでしょう。
前述したように、インフレ、そしてハイパーインフレになれば、債権者である国民から、債務者である政府へ実質的に富が移行します。国民から政府にお金が動くということは、まさに税金と同じ。だからインフレ税というわけです。
このインフレ税は、政府にとって究極の、そしておそらく唯一の財政再建策です。
政府にとっては財政再建できる万々歳の良策ですが、国民にとっては地獄です。
■財政健全化目標の変更が意味すること
25年11月、高市早苗首相は、財政健全化目標として掲げてきた「単年度のプライマリーバランス(基礎的財政収支)黒字化」を目標から取り下げました。
新たな目標は「検討事項」と発言しましたが、以前から目標の候補にあがっているのが「政府債務残高の対GDP比の低減」です。
債務残高の対GDP比は、日本政府が世界の借金王であることを確認した図表1の指標です。

この財政健全化目標の変更は何を意味するのでしょうか。
単年度のプライマリーバランスが黒字になるとは、歳出全体から国債費を除いたものが『税収+税外収入』よりも少なくなるということです。こうなるとその残高を借金の返済に充てられますので、財政健全化への第一歩となります。
しかし、それが難しいことは、先ほど見ました。税収の自然増程度では足らず、増税も難しい現状では、プライマリーバランスは赤字が続きます。実際、これまで30年以上、プライマリーバランスは赤字続きでした。
では、新しい目標である政府債務残高の対GDP比を低減することはできるのでしょうか。
政府債務残高約1342兆円に対して、GDPが約600兆円であれば、1342÷600=2.23…、債務残高対GDP比は約223%です。GDPが約650兆円になれば、1342÷650=2.06…、206%に下がります。
現在はインフレが進んでいますのでGDPは増加していきます。したがって、プライマリーバランス黒字化ができなくても、分母となるGDPが増えることで債務残高の対GDP比は下がっていくでしょう。分子の借金額はインフレになっても増えないのですから(その年の新規赤字額分だけは増えます)。
■最悪のシナリオに備える資産防衛を
目先の目標を変えることで、財政健全化への目標を達成しやすくしたと言えますが、その先に、インフレ税、ハイパーインフレ税への深謀遠慮があるかもしれません。
高インフレが続けば、経済成長が微々たるものであってもGDPは増えます。GDPが高インフレによって600兆円から6000兆円になれば、約1342兆円の借金の返済への道筋が見えてきます。
ハイパーインフレになってGDPが6京円になれば、約1342兆円の借金などすぐに返せます。対GDP比の借金も限りなく0に近くなっていきます。先ほどのタクシー運転手の例と同じです。
7%のインフレが10年間続けば、借金の金額が同じなら、複利効果で実質価値は半分以下になります。高インフレを続けるインフレ税で借金返済の道が見えてきます。
高市首相の財政健全化目標の変更は、これからインフレを加速させる「高インフレ宣言」なのかもしれません。
約1342兆円の借金をインフレ税によって解消する政策の下準備が異次元金融緩和によってできました。
インフレ税がこれから本格的に始まろうとしているのだと私は考えています。
これらのことを理解して、インフレ、ハイパーインフレに備えておく必要があるというのが、近年、私が一貫して主張していることです。
こうした最悪のシナリオも考慮に入れておかないと、資産運用はもちろん、自分の財産を守ることはできないと思うのです。

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藤巻 健史(ふじまき・たけし)

フジマキ・ジャパン代表取締役

1950年東京生まれ。一橋大学商学部を卒業後、三井信託銀行に入行。80年に行費留学にてMBAを取得(米ノースウエスタン大学大学院・ケロッグスクール)。85年米モルガン銀行入行。当時、東京市場唯一の外銀日本人支店長に就任。2000年に同行退行後。1999年より2012年まで一橋大学経済学部で、02年より09年まで早稲田大学大学院商学研究科で非常勤講師。日本金融学会所属。現在(株)フジマキ・ジャパン代表取締役。東洋学園大学理事。2013年から19年、24年から25年までは参議院議員を務めた。2020年11月、旭日中綬章受章。

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(フジマキ・ジャパン代表取締役 藤巻 健史)
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