※本稿は、和田秀樹『老人は「キレる」くらいでちょうどいい』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
■脳の萎縮は生き物としての宿命
私は老年精神医学の専門家という立場で、多くの高齢者に接するだけでなく、その脳をCT(X線を使ったコンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像診断装置)で撮影した画像をたくさん見てきました。
それを年に何百と見ていると、人間の脳が加齢によって縮んでしまうのはごく自然なことだと思わされます。どの高齢者の脳も、程度の差こそあれ、若い頃より縮んでいることに違いはありません。
これはいわば、生き物としての宿命のようなものでしょう。つまり、「脳の萎縮」という現象から完全に逃れられる人はいないのです。このことは、広く世の中の人々に認識してもらいたいと思います。
高齢者に対する厳しい意見を見聞きしていると、まるで自分がいつまでも若年層のまま生きていられるかのような態度で物を言っている人が少なくありません。そういう人は、かつて永六輔さんが『大往生』(岩波新書、1994年)というベストセラーで紹介して有名になった次の言葉を噛み締めてみたほうがいいでしょう。
■人間の衰えは20代から始まっている
「子ども叱るな来た道だもの 年寄り笑うな行く道だもの」
これは永六輔さんが、お寺の掲示板で見かけた言葉だそうです。
この言葉どおり、いまの年寄りの姿は、誰にとっても未来の自分の姿。
いや、じつは20代のうちから一日あたり10万個の神経細胞が減るともいわれていますから、これは高齢者になってから始まる問題ではありません。
人間の脳にはおよそ1000億個の神経細胞があるので、一日10万個の減少ぐらいでは、サイズが「縮んだ」といえるほどの変化ではないでしょう。とはいえ、「若者」と呼ばれる年代の人たちでも、すでに脳の状態は「キレやすい年寄り」に向かってほんの少しずつではありますが衰えているのです。自分の「行く道」をよく考えなければいけません。
■進化的に「新しい部位」ほど老化に弱い
ただし、脳全体が加齢によって同じように縮んでいくわけではありません。基本的には、進化的に「古い脳」、つまり脳の内側にある部位ほど縮みにくい傾向があります。つまり呼吸や心拍など生命の維持に不可欠な脳幹、運動のコントロールなどを担う小脳などは、ほかの部位よりも萎縮しにくいというわけです。
その理由はいうまでもないでしょう。これらの部分が老化し、萎縮してしまえば、生命の維持そのものに影響を与えるからです。だから、「古い脳」の部分は年齢が進んでもなかなか萎縮しません。
それらの「古い脳」と比べると、より外側にある大脳辺縁系や大脳皮質は早い時期から萎縮が始まります。
読者の中には、大脳辺縁系には記憶を司る「海馬」という部位があることをご存じの方も多いでしょう。大脳辺縁系が萎縮するということは海馬も萎縮する。「なるほど、だから年を取ると物忘れがひどくなるんだな」と思うでしょう。たしかに「物忘れ」は、いちばんわかりやすい老化現象です。
でも、だからといって大脳辺縁系の海馬がいちばん先に萎縮するわけではありません。それより外側にある大脳皮質のほうが人間進化の歴史ではいちばん新しいものです。だから、大脳皮質のほうが先に縮み始めます。
その大脳皮質の中でもとりわけ早い段階で萎縮を始めるのが、前頭葉にほかなりません。
■前頭葉は早ければ40代から縮み始める
脳の萎縮は加齢だけが原因ではなく、脳の外傷や脳血管障害、アルコールの飲み過ぎや喫煙、ストレスなどさまざまな要因で起こります。また、生まれつき、つまりDNA配列の変異により萎縮が通常よりも早く始まる病気もあります。いわゆる若年性アルツハイマーがそれで、この病気の場合、脳の中にアミロイドベータというタンパク質が産生され、その結果、脳が萎縮し、記憶力のみならず生活能力の低下につながるとされています。
したがって、縮み方に個人差があることはいうまでもありません。
私自身、実際にそういう脳画像を見てきました。40代前半でも、頭蓋骨と前頭葉のあいだに大きな隙間が生じているものが何例もあったのです。
それは比較的レアケースですが、50~60代になると、前頭葉が大きく萎縮している人はめずらしくありません。いわゆる「高齢者」となる前から、前頭葉は縮んでしまうことが多いのです。
しかも前頭葉は、脳のほかの部位と比べて発達するのが遅いのも特徴のひとつ。人間の脳は、生まれた時点で完成しているわけではありません。誕生から20年以上もの時間をかけて発達し続けますが、その度合いは部位によって異なります。
■完成が最も遅く、衰えが最も早い部位
たとえば視覚処理などを担う後頭葉は3~6歳でほぼ完成しますが、記憶や言語を担う側頭葉は10代を過ぎるまで成熟しません。前頭葉が完成するのは、さらにその後のこと。個人差はありますが、おおむね20代半ばまでかかると考えられています。
つまり前頭葉は、もっとも発達が遅く、それなのに老化はいちばん早いのです。
前頭葉は人間が人間らしく生きていく上で、とても重要な機能を持っています。その萎縮を防ぐことができれば、単にキレやすくなるのを食い止められるだけではありません。
旺盛な意欲を持って前向きに暮らし、環境の変化に適応しながらクリエイティブな活動を続けるのは、誰にとっても望ましい生き方、人間らしい生き方でしょう。脳の萎縮は避けられない宿命とはいえ、前頭葉の活躍期間が長くなればなるほど、人間としての生きがいも豊かになるはずです。
■前頭葉の老化を防ぐ「唯一の方法」
では、どうすれば前頭葉の老化を防ぎ、萎縮を遅らせることができるのでしょうか。まず肝に銘じてほしいのは、前頭葉にかぎったことではなく、「脳は使わないと衰える」ということです。
定年退職した夫が、変わらず専業主婦を続けている妻ほど旅行に積極的になれないのは、仕事で使っていた前頭葉を使わなくなって老化が進み、新しい物事への意欲を失ってしまうからです。そしてそれは運動不足とも直結するのですから、心身ともに老化が進んでいくことにほかなりません。
ですから心身ともに老化を遅らせるためには、前頭葉をしっかりと使い続けるべきでしょう。
ただし前頭葉は「楽をしたがる脳」でもあります。私たちの脳内ではさまざまな部位が連携して情報を処理しており、何でもかんでも前頭葉を使って考えるわけではありません。たとえば記憶や言語情報は側頭葉、計算問題の処理には頭頂葉が使われますから、前頭葉を使わなくても、かなりの情報処理ができるのです。
■毎日毎日、同じ道を歩いていないか
実際、前頭葉が萎縮して意欲をなくしたり、それこそキレやすくなっている人でも、難しい文章が読めなくなったり、計算問題ができなくなったりするわけではありません。前頭葉が老化していない年代の人でも、そういった情報処理には必ずしも前頭葉を使っているわけではなく、側頭葉や頭頂葉で情報を処理しています。そのほうが効率よくスピーディに問題を解決でき、いわば「コスパ(コストパフォーマンス)」が良いのです。
ですから、これまでの経験にしたがって簡単にこなせるルーティンワークばかりしていると、前頭葉はあまり使われません。脳の老化を遅らせようと思ったら、前頭葉に楽をさせないような頭の使い方をすべきでしょう。
そのためには、パターン化した日常を見直すのも有効です。
年を取ると、毎日ほとんど同じようなパターンで過ごしがちになる人が少なくありません。いつも同じようなテレビ番組を見て、同じ新聞を読み、同じコースで散歩をして、慣れ親しんだ行きつけの店ばかりに足を運ぶのです。
そういうワンパターンの暮らし方をしていると、情報処理が側頭葉や頭頂葉だけで間に合ってしまい、前頭葉がサボって仕事をしようとしません。
前頭葉を稼働させるには、そういうワンパターンの日常から脱却して、別の刺激を与えることが必要です。たとえば、これまで通ったことのないコースを散歩して「近所にこんなところがあったのか」と気づき、「このビルにはどんな店が入ってるんだ?」と好奇心を抱き、行ったことのない喫茶店に入ってみるだけでも、少しは前頭葉が働き始めるでしょう。
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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、40年にわたり高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。
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(精神科医 和田 秀樹)

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