◆JERAセ・リーグ 中日0―2阪神(6日・バンテリンドーム)

 阪神・高橋遥人投手が球団では1966年のジーン・バッキー以来、60年ぶりとなる3試合連続完封勝利を成し遂げた。ミスタータイガースの村山実と並ぶ2枚看板だったバッキーはどのような人物だったのか。

 バッキーは57年に米タイガース傘下マイナーでプロ生活をスタートさせたがメジャー昇格は出来ず、62年3Aハワイ・アイランダースでプレーした際に、阪神の入団テストを知り、受験して合格。3年目の64年に29勝で最多勝、防御率1位(1・89)、そして外国人史上初の沢村賞を受賞するなど急成長した。

 191センチと長いリーチを生かした厳しい内角攻めと外角へのナックルボールが武器で、時には右打者には横手、左打者には上手で投げるという器用さも持ち合わせていた。65年6月28日にはこの年から9連覇をスタートする巨人相手にノーヒットノーランを達成。これも戦後の外国人初の快挙だった。

 68年9月、優勝争いを演じていた巨人戦で王貞治への内角球から大乱闘となり、右手親指を骨折。翌69年には近鉄に移籍したが0勝に終わり、そのまま引退。巨人戦は通算17勝23敗と負け越したが、通算100勝は虎の助っ人史上最多だ。ユニホームを脱いだ後は故郷に戻り、高校の工業美術の教師を務めていた。

 現役時代は甲子園近くの文化住宅に住み、球場にはバイクで通うなど虎党にも親しまれていた右腕だった。82歳だった2019年9月に腹部大動脈瘤(りゅう)手術後の合併症のため、米ルイジアナ州で死去した。

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