転職先で、前職時代に自分が作った企画書や資料を使ってもいいのか。弁護士の横山佳枝さんは「業務上作成した資料は著作権法上の『職務著作』として、著作権が会社に帰属する。
自分で書いた資料であっても、無断で転職先に持ち込んで利用すれば著作権侵害となり、営業秘密の漏えいを問われるおそれもある」という――。
※本稿は、横山佳枝『ブラック就業規則』(東洋館出版社)の一部を再編集したものです。
■「退職後も機密を漏えいしない」就業規則に引っかかるのか
転職することとなり、転職先で、以前の勤務先で私が作成した企画書などの資料を使いたいと思っています。以前の勤務先の就業規則に、「在職中及び退職後においても、業務上知り得た会社、取引先等の機密を漏えいしない」、「この違反により会社が損害をこうむった場合には損害を賠償する」と定められていますが、これに違反するのでしょうか。その他法的に問題はありますか。
企画書など業務上作成した資料には、会社独自のノウハウや営業秘密にあたる情報が含まれている可能性があります。秘密として社内で管理され、事業上も重要な情報であれば、漏えい禁止の対象である「機密」に該当するとして、就業規則及び不正競争防止法に違反するおそれがあります。
また、就業規則で別途定めがない限り、当該資料の著作権は、以前の勤務先に帰属しますので、著作権侵害に該当するおそれもあります。
■厚労省モデル就業規則が定める「機密保持義務」の範囲
多くの就業規則では、従業員の禁止行為を定めています。禁止行為の中に、会社や取引先の機密を漏えいしないことも定められ、在職中だけでなく、退職後にも及ぶとされていることが一般的です。
厚生労働省のモデル就業規則では、遵守事項として、①許可なく職務以外の目的で会社の施設、物品等を使用しないこと、②職務に関連して自己の利益を図り、または他より不当に金品を借用し、若しくは贈与を受ける等不正な行為を行わないこと、③勤務中は職務に専念し、正当な理由なく勤務場所を離れないこと、④会社の名誉や信用を損なう行為をしないこと、⑤在職中及び退職後においても、業務上知り得た会社、取引先等の機密を漏えいしないこと、⑥酒気を帯びて就業しないこと、⑦その他労働者として相応しくない行為をしないこと、が挙げられています。
■「営業秘密」と認められる3つの要件
前職で作成した企画書等の資料については、製品の販売量や粗利、取引先などの営業秘密にあたる情報が含まれている可能性があり、就業規則が漏えいを禁止する「機密」に該当するかどうかが問題となります。
この点、裁判例では、退職後の行動を過度に制約することのないよう、不正競争防止法における「営業秘密」の要件をふまえ、機密漏えい禁止を定める就業規則や合意の適用範囲を限定しています。
営業秘密の3要件は以下の通りです。
① 秘密管理性:秘密として管理されていること(例:データへのアクセス制限、㊙表示など)

② 有用性:生産方法、販売方法その他事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること

③ 非公知性:公然と知られていないこと

そのため、前職で作成した企画書等の資料に含まれる情報が、①社内で秘密として管理されている、②事業活動上有用なものである、③公然と知られていないものであるという要件を満たさない場合には、「機密」に該当しないと解されます。
上記の3つの要件を満たした場合には、就業規則に違反するとともに、「不正の利益を得る目的」または「営業秘密保有者に損害を加える目的」があれば、不正競争防止法第2条7号に違反します。
■「社外持出し禁」表示がなかった資料は争える
エイシン・フーズ事件(東京地裁平成29年10月25日)は、食品の商品企画・開発及び販売等を業とする会社(Y)が、元従業員(X1)及びX1の転職先の食品の製造・輸入・販売等を業とする会社(X2)に対し、X1が転職後にYの取引先等の機密情報を開示、使用したとして、損害賠償請求をした事案です。なお、X1は、Yとの間で、退職後、業務上知り得た機密事項を漏えいしない旨の合意書を締結していました。
裁判所は、X1とYとの合意書で漏えいを禁止する「業務上知り得た機密事項」とは、公然と知られていないこと、Yの業務遂行上有用性を有すること、Yにおいて秘密と明確に認識しうる形で管理されていることを要すると限定的に解釈しました。
そして、Yでは、X1がX2に開示した資料を「社外持出し禁」などと表示しておらず、秘密として管理されていないとして、X1が開示した資料に記載された情報は、機密情報に該当しないと判断しました。
■見落とされがちな「職務著作」という地雷
従業員が会社の指揮監督を受けながら業務上作成した資料は、就業規則や雇用契約で別途定めがない限り、「職務著作」として、会社に著作権が帰属します。そのため、前の勤務先で自ら作成した資料であっても、転職先でそれを複製するなどして利用する場合には、前勤務先の著作権を侵害することとなります。
著作権法第15条では、「法人その他使用者(以下この条において「法人等」という。)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物(プログラムの著作物を除く。
)で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする」と定められています。

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横山 佳枝(よこやま・よしえ)

弁護士法人杉山真一&パートナーズ法律事務所 弁護士(日本・ニューヨーク州)

2018年から東京都労働局紛争調整委員。著書として、『ハラスメントの事件対応の手引き』、『明日、相談を受けても大丈夫!ハラスメント事件の基本と実務』(ともに共著、日本加除出版)、『法律はあなたの味方 お仕事六法 正社員ver.』(あさ出版)

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(弁護士法人杉山真一&パートナーズ法律事務所 弁護士(日本・ニューヨーク州) 横山 佳枝)
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