寝たきりの期間が短く幸せな最期を迎えられる人は何が違うのか。「緩和ケア 萬田診療所」院長の萬田緑平さんは「死ぬまで胃ろうにしないのが理想だ。
それには家族の“我慢”が必要になる」という――。
※本稿は、萬田緑平『死ぬまで生きる』(河出新書)の一部を再編集したものです。
■寝たきりを続けることになっても…
ここ数年で胃ろうが問題視されるようになり、医師からの「胃ろうを造りましょう」という提案に、すんなり「イエス」と言えない人も多いかと思います。もし自分や家族がそんな事態になったらどうすればよいのか、悩む人が多いでしょう。
まず、本人に意識があるのなら、本人の意志を尊重するのが当然です。そして本人の意志がはっきりしていて回復への意欲があるのならば、胃ろうを造ることにそれほど抵抗する必要はありません。
胃ろう自体は決して悪い技術ではないのです。口から食べることができず弱っていた患者さんが、胃ろうによって全身状態が改善され、再び自分の力で食べられるようになるケースは少なくありません。また、僕が訪問診療している患者さんには体調に応じて胃ろうからの栄養摂取と口からの食事を器用に使い分けて、上手に生きている人もいます。
■家族が決めなければならないとき
問題なのは、意識がなかったり認知症が進んでいたりして、本人の意志が確認できないケースです。胃ろう造設を決めるのはご家族になります。患者さんのご家族の希望や意向は胃ろう・寝たきりコースを推し進めます。

「生きていてほしい」

「もうやめてくださいというわけにはいかない」
患者さんはものを食べる喜びを失ったまま、ベッドの上で何カ月も、何年も寝かされ続けて亡くなっていきます。長い間寝たきりを続けているお年寄りのほとんどが、胃ろうをつけているといってよいでしょう。
そもそも、胃ろうはすぐれた技術ではありますが、絶対に安全なわけではありません。
胃ろうの造り方について簡単に説明すると、まず内視鏡を患者さんに飲み込んでもらいます。内視鏡が胃に達したら、外側のおなかの上から針を刺し、その針穴からひもを入れます。胃の中でひもを捕まえて口まで引き抜き、胃ろうチューブを装着してから、おなか側のひもを引っ張ってチューブを胃の中まで引き入れ、さらにチューブの先をおなかの外まで引っ張り出します。チューブの先が抜け落ちないように固定して、内視鏡で胃のなかのチューブを確認して造設は終了です。チューブは1カ月~半年に一度交換します。
■胃に入れた栄養が逆流することも
後は栄養を点滴のようにしてチューブに入れて注入すればいいのですが、胃に入れた栄養が喉まで逆流してしまったときに、肺炎を起こすことがあります。咳をしても気管の痰(たん)や分泌物を出すことができない状態では、逆流した栄養が気管に入りやすいからです。だから胃ろう患者さんには吸引器がセットになることが多いのですが、吸引器があっても、すべての分泌物をスタッフが吸引することは不可能です。
実は誤嚥性(ごえんせい)肺炎にならないために胃ろうにした患者さんのほうが、誤嚥性肺炎になりやすいという考え方もあります。
少なくとも「誤嚥性肺炎を起こしやすいから胃ろうにしましょう」という言葉は、胃ろう患者さんを多く診ている医師からは出てこない説明です。
■胃ろうからの“自力で食事”は難しい
生きていてほしい。でも口から食べられなくなった状態で、胃ろうを入れてまで生きさせることはいいことなのだろうか――。
答えを出せないとき、家族の背中を押すのは「食べられるようになったら、チューブを抜けばいいんですよ」という医師のひと言かもしれません。このひと言で少し気持ちが楽になり、とりあえず胃ろうを造ることに同意したという話はよく聞きます。
医師の説明に間違いはありませんが、食べられるようになるためには、介護者による定期的できめ細かいリハビリが欠かせません。介護施設や療養型病院などに入っている場合、そこまで丁寧なケアをしてもらえるかどうか、確認しなくてはなりません。少なくとも受け入れ条件が「胃ろうを造ること」という施設では、再び口から食べられる可能性はゼロと言ってよいでしょう。
施設で寝たきりのまま生きながらえている姿を見ると、家族も苦悩します。
「これでよかったんだろうか。本人はこんなことを望んでいなかったのではないか……」
■人工栄養をやめると、どうなるか
しかし、もし胃ろうを含めた人工栄養をいっさいやめた場合、通常は数週間以内で亡くなります。
「胃ろうの中止=患者さんを死なせること」です。

家族から「やっぱり胃ろうは中止したい」と言われたからといって、医師はそう簡単に「わかりました」とは言えません。他の家族や親類からクレームが起きるという、医師にふりかかる危険だってあるのです。
■胃ろうを拒否するのは勇気がいる
では医師から「胃ろうを造りましょう」と言われて断った場合はどうなるのでしょうか。主治医に「このままでは死にますよ」「見殺しにする気ですか」と脅されるかもしれませんし、「わかりました、では退院してください」と突き放されるかもしれません。
胃ろうを断ったときに病院で待っているのは、「看取り態勢」です。でもこれは、萬田診療所のやっている看取りとは違います。僕たちはその人らしく生き抜いてもらうことを重視しますが、病院では「死ぬのを待つ」だけです。
それでも信念を貫き通すことは難しいことと思いますが、迷いがあるのなら、医師の言いなりにならないことです。看取り態勢を覚悟の上で、嚥下リハビリなどに力を入れている施設や、在宅医療チームの力を借りましょう。在宅医療を熱心に行っている病院や診療所は全国にたくさんあります。
■医療関係者が胃ろうをしないワケ
もしも僕が患者さんの立場だったら、僕は胃ろうをつけることなく「老衰モード」に入って死んでいきたいと思っています。僕の家族であれば、無理のない範囲で食べられるように食事介助をし、食べられたり食べられなかったりを繰り返しながら「老衰モード」に入っていくのを見守ります。

もちろん、僕は最終的に胃ろうをつける決断をしたご家族を責めるつもりはありません。食べられなくなったら、死。この死は餓死ではなく、老衰です。本人の意志がわからないとき、胃ろうを断り、この自然な死を受けとめて看取る選択のほうが厳しいと思うからです。
ただほとんどの医療者が「自分や自分の家族なら胃ろうはしない」と考えているのも事実です。
■時には「途中でやめることも必要」
日本老年医学会は、2012年1月28日に「胃瘻(ろう)造設を含む経管栄養や、気管切開、人工呼吸器装着などの適応は、慎重に検討されるべきである。すなわち、何らかの治療が、患者本人の尊厳を損なったり苦痛を増大させたりする可能性があるときには、治療の差し控えや治療からの撤退も選択肢として考慮する必要がある」という「立場表明」を発表しています。
つまり、胃ろうや気管切開、人工呼吸器装着は安易にしてはいけない、場合によっては途中でやめることも必要だ、と言っています。これは大きな進歩です。病院側にも、無駄な延命治療に対する問題意識が広まっています。進歩的な医師であれば、「胃ろうを造りたくない」「無駄な延命は避けたい」という本人やご家族の立場を尊重してくれるかもしれません。
ただし、日本老年医学会の「立場表明」は、今のところなんの拘束力もありません。
そのうち、施設や病院で幸せに死ねる時代が来るかもしれないし、来てほしいと思います。が、僕の感覚ではあと20年はかかりそうな気がします。
■なるべく胃ろうを避けるために…
胃ろうにしないためにも、僕は高齢になったら、安易に病院に行かないことをお勧めします。お年寄りが入院すると、体力、筋力、ものを飲み込む力があっという間に奪われてしまいます。お年寄りが入院させられる原因で、一番多いのは発熱です。介護施設でも熱が出るとすぐ入院になりますが、熱は入院させて抗生剤を使わなくても、時期が来れば自然に下がることが多いのです。
熱を下げる生命力があるから、ここまで生きているのです。その力を信じて「我慢」しましょう。一時的な発熱のために入院させて食べる機能を病院に差し出すなんて、バカバカしい話です。ここは家族の我慢のしどころです。
それから、本人が食べないときは「栄養のため」といって無理に食べさせないことも大切です。無理をさせずに食べさせていれば、誤嚥性肺炎になるリスクはかなり下がります。

■食べたり食べなかったりを繰り返す
(筆者の運営する群馬県の)萬田診療所の近くに「我が家」という介護施設があります。入居者は90歳前後の認知症のおばあちゃんが中心で、「入院させない」「無理して食べさせない」を実践して胃ろうや誤嚥性肺炎とは無縁の生活を送っています。
何度も食べられなくなって、無理に食べさせずに我慢しているとまた食べられるようになります。そのたびに食べる量は少なくなってやせていきますが、自分の口から食べて最後は老衰で亡くなります。病院でチューブだらけになって誤嚥性肺炎の熱で消耗して亡くなるよりも、ずっと穏やかで幸せそうです。しかも、明らかに長生きしています。
「ここのばあちゃんたちは不死身か⁉」と思ってしまうくらいです。いや、僕が人間の生きる本来の力を知らなかっただけで、このおばあちゃんたちの生き方が本来の人間の生き方なのでしょう。
■「死ぬまで胃ろうにしない」が理想
介護施設や患者さんの自宅で食事の様子を観察すると、本人が口を開けなくなるまでなんとか食べさせようとしているケースがよくあります。無理やり口に食べ物を押し込むことはしていないので、「無理に食べさせていない」と思っていても、それは食べさせる側の意識です。
食べることは生きる楽しみにつながります。患者さん本人が食べられる範囲で食べられる量を食べて生き抜いてほしいと思います。胃ろうで不自然に命だけをつなぎとめることより、死ぬまで胃ろうにさせないほうがよっぽど大切ではないでしょうか。

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萬田 緑平(まんだ・りょくへい)

医師

「緩和ケア 萬田診療所」院長。1964年生まれ。群馬大学医学部卒業後、群馬大学医学部附属病院第一外科に勤務。手術、抗がん剤治療、胃ろう造設などを行う中で、医療のあり方に疑問を持つ。2008年から緩和ケア診療所に勤務し、在宅緩和ケア医として2000人以上の看取りに関わる。著書に『穏やかな死に医療はいらない』(河出書房新社)、『家で死のう! 緩和ケア医による「死に方」の教科書』(三五館シンシャ)など。

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(医師 萬田 緑平)
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