これからの時代に必要な頭の良さとは何か。東大生作家の西岡壱誠さんは「東大・京大がどんな人材を欲しいかは入試問題にはっきりと表れている。
その違いを知ることは、これからの時代に必要な『頭の良さ』を考える手がかりになる」という――。
※本稿は、西岡壱誠『東大・京大入試で培う 多面的に物事を深く捉える 複合的思考力』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■東大と京大が求めている「頭の良さ」の違い
東京大学と京都大学は、どちらも日本最高峰の大学です。
どちらも難しい。どちらも優秀な学生が集まる。どちらも「頭のいい人」が行く大学である――そんなイメージを持っている人は多いでしょう。
しかし、実際に入試問題を見比べてみると、東大と京大が求めている「頭の良さ」はかなり違います。
一言で言えば、東大は「速い人」を取り、京大は「深い人」を取る。
東大の入試には、大量の情報を短時間で処理し、限られた時間内で結論まで持っていく力が求められます。一方、京大の入試には、少ない手がかりから自分で考えを広げ、深く掘り下げ、論理として組み立てる力が求められます。
これは、単なる受験テクニックの違いではありません。
東大はどんな人材を欲しがっているのか。
京大はどんな人材を欲しがっているのか。その思想の違いが、入試問題にはかなりはっきり表れているのです。
■東大は「処理できる人」を選ぶ
東大の入試問題を見てまず感じるのは、問題量の多さです。
英語では、要約、リスニング、英文和訳、英作文、小説読解など、幅広い形式が出題されます。120分という限られた時間の中で、受験生は次々と異なるタイプの問題に対応しなければなりません。
ここで必要なのは、ひとつの問題にじっくり沈み込む力というより、全体を見渡しながら、どこに時間をかけ、どこを素早く処理するかを判断する力です。
東大英語は、英語力だけを測っているようでいて、実際には「情報処理の総合力」を見ています。文章を読む。要点をつかむ。必要な情報を抽出する。設問の意図を読む。短い時間で答案化する。
この一連の動作を、どれだけ安定して行えるかが問われます。
数学でも同じ傾向があります。
東大数学の問題は、設定が複雑に見えることがあります。問題文も長く、一見すると何をさせたいのかわかりにくい。しかし、よく読んでいくと、途中の条件や小問が、受験生を少しずつ答えの方向へ導いています。
つまり東大数学で重要なのは、「この問題は、どこへ向かわせようとしているのか」を読み取ることです。
誘導を読み取る。条件を整理する。解ける問題と解けない問題を見極める。完答を狙う問題と部分点を取りに行く問題を判断する。東大数学は、数学的な力に加えて、戦略的に得点を組み立てる力を要求してきます。
これは、社会に出てからの実務能力にかなり近いものがあります。

ビジネスの現場では、すべての情報を完璧に理解してから動けることはほとんどありません。会議資料は多く、関係者の意見は割れ、締め切りは迫っている。その中で、論点を整理し、優先順位を決め、結論を出し、次の行動につなげなければならない。
東大が選ぼうとしているのは、こうした状況で強い人材です。
大量の情報を前にしても混乱せず、必要なものを抜き出し、時間内に一定以上のアウトプットを出す人。いわば「処理できる人」です。
■京大は「掘れる人」を選ぶ
一方、京大の入試問題には、東大とは違う空気があります。
京大英語は、東大のように多種多様な問題を次々と処理する形式ではありません。問題数は少ない。しかし、一問一問が重い。語彙、文構造、文脈理解、背景知識まで含めて、じっくり考えることが前提になっています。
すぐには答えが出ない。
けれど、前後の文脈を読み、筆者の意図を考え、言葉の奥にある意味を探っていくと、少しずつ見えてくる。
京大英語は、速さよりも深さを問う問題です。
数学でも、京大は独特です。東大数学が誘導を読み取る力を求めるのに対し、京大数学は誘導が少ない。問題文は比較的シンプルで、「何を問われているか」はわかりやすいことが多い。しかし、「どう解くか」は受験生に委ねられています。
ベクトルで考えるのか。座標を置くのか。式で攻めるのか。図形的に見るのか。
どの道具を使うかを自分で選び、その選択の妥当性を論理として示す。京大数学では、答えそのものだけでなく、そこに至る発想の道筋が問われます。

これは、研究や企画の現場に近い力です。
新しいテーマに取り組むとき、最初から解き方が示されていることはありません。むしろ、「そもそも何が問題なのか」「どの角度から考えるべきなのか」「どの道具を使うべきなのか」を自分で決めるところから始まります。
京大が選ぼうとしているのは、そういう状況で粘れる人材です。
与えられた条件を処理するだけでなく、問いそのものに深く潜り、自分なりの道筋を立ち上げる人。いわば「掘れる人」です。
■理系受験生にも国語を課している理由
東大と京大の違いは、国語を見るとさらにわかりやすくなります。
まず興味深いのは、東大も京大も、理系受験生に国語を課している点です。数学や理科が得意な学生にも、あえて国語を解かせる。これは、単なる教養科目として国語を見ているからではないでしょう。
研究者にとって、言語化能力は不可欠です。
たとえば、物理の式を理解していても、その意味を他者に説明できなければ、研究成果を共有することはできません。
専門知識を持っているだけでは不十分で、その知を文章として整理し、論文として発信し、他者に誤解なく伝える必要があります。
国語の試験は、思考の構造を文章として可視化する力を測る装置でもあるのです。
では、東大と京大の国語は何が違うのか。
東大の国語は、設問が比較的具体的です。「何に対するどのような心情か」「なぜそのように感じたのか」といった形で、受験生が読むべきポイントをある程度示してくれます。本文の構造を正確に読み取り、限られた解答欄の中で簡潔に説明する力が求められます。
一方、京大の国語では、「どういうことか」とだけ問われる設問が多く見られます。「適宜ことばを補いつつ」と言われても、何を補うべきかは自分で考えなければなりません。
東大は、本文の論理構造や語句、文法を精緻に読み解く力を重視します。いわば、「知の秩序を読む力」です。
京大は、本文の文学性や物語性を受け止め、自分の言葉で再構成する力を重視します。いわば、「知を生成する力」です。
同じ古文の問題でも、東大は「正確に読み、簡潔に答える」方向へ受験生を導きます。京大は「自分で補い、解釈し、言葉にする」余地を大きく残します。
ここにも、東大は「速く正確に処理する人」を、京大は「深く考えを展開する人」を見ているという違いが表れています。
■何を入れ、削り、どの順番で書けば伝わるか
社会科目にも、両大学の思想の違いがよく出ます。
東大の社会では、文字数制限のある説明問題が多く出題されます。
「60字以内で説明しなさい」と言われたとき、受験生は知っていることをすべて書くことはできません。むしろ、たくさん知っている人ほど迷います。
何を入れるべきか。何を削るべきか。どの順番で書けば、最も伝わるのか。
東大が見ているのは、知識量だけではありません。持っている情報の中から、本質的なものを選び取り、短い言葉で構造化して伝える力です。
これは「編集力」と言ってよいでしょう。
知識を長く語ることは、ある程度勉強していればできます。しかし、短く語るのは難しい。短くするには、理解が必要です。どこが中心で、どこが周辺なのかを見抜けていなければ、削ることはできません。
東大の社会科目は、知識をたくさん持っている人ではなく、知識を圧縮して使える人を見ようとしているのです。
この力は、現代のビジネスでも非常に重要です。
経営陣への報告、提案書、プレスリリース、営業資料、会議の議事メモ。どれも、情報をそのまま並べればいいわけではありません。相手にとって重要な形に編集し直す必要があります。
東大が問う編集力は、まさに実務の中核にある力です。
■どれだけ厚みのある知識を持っているか
一方、京大の社会科目は、東大とは違った顔を見せます。
京大社会では、知識そのものを正面から問う問題が比較的多く出題されます。地理、日本史、世界史のいずれでも、一問一答に近い形式の問題が一定数見られます。
ただし、これは単なる丸暗記を求めているということではありません。
京大で問われる知識は、細かい事実関係や用語の正確な理解を前提にしています。「なんとなく聞いたことがある」程度では対応できません。その知識が、頭の中で体系的に整理されている必要があります。
東大が「知っている情報をどう削るか」を見るのに対し、京大は「その分野についてどれだけ厚みのある知識を持っているか」を見る。
ここにも、両大学の違いがあります。
東大は、情報を編集する力を重視する。京大は、知識を深く積み重ねる力を重視する。この違いは、組織の中の人材にも当てはめることができます。
東大型の人は、会議やプロジェクトの場で、複雑な情報を整理して前に進めるのが得意です。一方、京大型の人は、特定のテーマを深く掘り下げ、その分野の見え方そのものを変えるような洞察を出すことが得意です。
どちらが優れているという話ではありません。組織には、両方が必要です。
■「どんな学生を伸ばしたいのか」という思想
理科にも、東大と京大の違いは表れています。
東大理科は、速度と総合力が求められます。物理では長い問題文から必要な条件を素早く見つけ、化学では多くの小問を時間内に処理していく必要があります。見慣れない設定が出ても、臨機応変に対応し、効率よく得点を積み重ねる力が問われます。
一方、京大理科は、深度と専門性がより強く表れます。物理では、目新しい題材について本質的な理解が求められ、化学では長いリード文を読み解きながら高度な思考を展開する問題が多く見られます。
東大は、バランスよく総合的に処理できる人を求めている。
京大は、専門分野を深く追究できる人を求めている。
こう見ると、東大と京大の違いは、単に問題形式の違いではなく、「どんな学生を伸ばしたいのか」という大学の思想の違いでもあることがわかります。
■入試問題で組織に必要な両輪を示唆
この違いをビジネスに置き換えると、非常に実感しやすくなります。
東大型の人材は、実務推進に強い。
大量の情報を整理し、期限内に結論を出し、関係者にわかりやすく伝える。プロジェクトを前に進める。複雑な状況を交通整理する。こうした場面では、東大型の能力が大きく役立ちます。
京大型の人材は、問いの設定に強い。
前例のないテーマに向き合う。既存の前提を疑う。別の視点から問題を見直す。深い知識をもとに、新しい構想を立ち上げる。こうした場面では、京大型の能力が力を発揮します。
会社の中でよく起こるのは、どちらかに偏ることです。
東大型の人ばかりが集まると、仕事は速く進みます。しかし、そもそもの問いを見直す機会が少なくなり、既存の枠組みの中で効率化することに偏りがちです。
京大型の人ばかりが集まると、深い議論や独創的な発想は生まれます。しかし、結論が出るまでに時間がかかり、実行に移るまでのスピードが落ちることもあります。
だから、組織に必要なのは両方です。
速く処理する人と、深く掘る人。
結論を出す人と、問いを立てる人。
編集する人と、掘り下げる人。
この組み合わせがある組織は強い。
東大と京大の入試問題は、そうした人材の違いを考えるうえでも、非常に示唆的です。
■最後に問われているのは「考え続ける力」
東大は「速い人」を取る。京大は「深い人」を取る。
ただし、ここで誤解してはいけないのは、東大が浅い思考を求めているわけでも、京大が遅い思考を求めているわけでもないということです。
東大が求める速さとは、雑に処理する速さではありません。膨大な情報の中から本質を見抜き、限られた時間で最適な答えを作る速さです。
京大が求める深さとは、ただ長く考えることではありません。少ない手がかりから複数の視点を組み合わせ、自分なりの論理を立ち上げる深さです。
両者に共通しているのは、考えることから逃げない姿勢です。
東大は、時間の制約の中で考え続けられるかを問う。京大は、手がかりの少ない問いに対して考え続けられるかを問う。
形は違っても、どちらも「考え抜く力」を見ています。
そしてこれは、受験だけでなく、仕事や人生のあらゆる場面で必要な力です。
限られた時間で判断しなければならない場面もある。すぐに答えの出ない問いに向き合わなければならない場面もある。情報を短くまとめる必要もあれば、ひとつのテーマを深く掘り下げる必要もある。
だからこそ、自分は東大型なのか、京大型なのかを知ることには意味があります。
自分は情報を整理して前に進めるのが得意なのか。あるいは、問いを深く掘り下げるのが得意なのか。自分の強みを知れば、伸ばすべき力も見えてきます。
東大と京大の入試問題は、単なる難問の集まりではありません。
そこには、日本最高峰の大学が、どんな人材を求め、どんな知性を伸ばそうとしているのかが表れています。
東大は「速い人」を取り、京大は「深い人」を取る。
その違いを知ることは、これからの時代に必要な「頭の良さ」を考える手がかりになるはずです。

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西岡 壱誠(にしおか・いっせい)

カルペ・ディエム代表

1996年生まれ。偏差値35から東大を目指すものの、2年連続で不合格に。二浪中に開発した独自の勉強術を駆使して東大合格を果たす。2020年に株式会社カルペ・ディエムを設立。全国の高校で高校生に思考法・勉強法を教え、教師に指導法のコンサルティングを行っている。日曜劇場「ドラゴン桜」の監修や漫画「ドラゴン桜2」の編集も担当。著書はシリーズ45万部となる『東大読書』『東大作文』『東大思考』『東大算数』(いずれも東洋経済新報社)ほか多数。

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東大カルペ・ディエム(とうだいかるぺ・でぃえむ)

現役東大生を中心に活動する学術・教育プロジェクトチーム

2020年、西岡壱誠を代表として発足。東大合格までの道のりや独自の勉強法を持つメンバーが集まり、毎年200名以上の東大生を対象に学習調査を実施。思考力を鍛えるためのメソッドや教材を開発し、全国の講演やワークショップで若者の学びを支援している。

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(カルペ・ディエム代表 西岡 壱誠、現役東大生を中心に活動する学術・教育プロジェクトチーム 東大カルペ・ディエム)
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