※本稿は、古屋星斗『あの若手はどうして辞めないのか 変わる社会と変わらない若者の本音』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■日頃からよく聞かれる「問い」
若手が「辞めない理由」を意識するようになってきている一方で、転職を経験する者が必ず何度も聞かれる質問がある。それは、退職の理由――「なぜ辞めたのか」――である。
退職者が相次いでいることに危機感をもった会社が最重要情報としてヒアリングを徹底していることもあり、「なぜ辞めたのか」「なぜ辞めるのか」は、転職時の面接だけでなく、辞める会社の退職時面談でも必ず問われる。リクルートワークス研究所が「若手社会人の在職理由定量調査」で尋ねたところ、退職経験者の75.6%が辞めた会社の人事担当者や上司などに「退職した理由」を伝えている(「すべて伝えた」と「一部伝えた」の合計)と回答した。
退職理由は、わかりやすい。待遇、上司との相性、異動ガチャ、長時間労働……。語られやすい事柄は、退職されてしまった企業の対策メニューにも直結する。そして、私たちはしばしば退職理由への対応に多くの資源を投じる。だが、多くの若手が退職する組織に辞める理由を語るとき、そこには「なるべく円滑に辞めていきたい」という共通の心理から2種類のバイアスがかかる。
■退職理由は「分かりやすい」
ひとつは、退職が自身にとって妥当な選択であることを訴え、スムーズに辞めていくために、組織や職場における具体的な何かを挙げる傾向である。
もうひとつは、後を濁したくない心理から、なるべく残った人に迷惑をかけないような理由を挙げる傾向である。これには、「やりたいことが見つかった」「いまより良い環境が見つかった」といったものから、家族の意向やライフスタイル上の問題(介護や育児の必要性など)を優先したいというものまで、「会社に問題はないのですが……」という枕詞で語られる。
個人の事情は、この2種類のバイアスによって「一身上の都合」に包まれる。複数の小さな違和感が重なって臨界に達した場合でも、面談や退職時アンケートではシンプルな因果関係が描かれるのだ。
ここで重要なのは、退職を経験した若手社会人の多くが「退職の理由」「辞めた理由」を聞かれている一方で、「在職の理由」「なぜ辞めていないのか」はほとんど問われないことである。
■聞かれることは少ないが「重要な問い」
前出の「若手社会人の在職理由定量調査」によると、若手社会人(20~39歳、正規社員)で「辞めない理由を上司・人事に伝えている」のはわずか18.9%である。伝えない主な理由は「聞かれないため」が46.9%で最も多く、「話す機会・場がないため」が30.2%で続く。つまり、“組織側からの問い”がすっかり抜け落ちているのだ。
かつては、日本の職業社会の暗黙の了解があり、「なぜ辞めないのか?」を問う意味が薄かった。外部労働市場が不成立の社会――つまり、大手企業の中途採用求人がごく少数で外部労働市場の競争が乏しく、自らに合う条件の転職先がなく、あまつさえ転職で年収が下がっていた社会――では、辞めると損をする可能性が高かった。辞めると損をするのだから、辞めない理由など必要なかったのだ。
しかし、転職の合理性が高まってしまったいま、「なぜ辞めないのか」を問わない・話さないという「沈黙」は、合理性を失いつつある。
■なぜ「辞めた理由」ばかり聞くのか
職業社会・企業社会の構造が大きく変化してきたのに、なぜ日本企業は、残って頑張っている若手に「辞めない理由」を聞かず、退職していった若手に「辞めた理由」ばかり聞くのか。この「Why」の偏りの背景には何があるのだろうか。
筆者が企業でマネジャーを務める方々に「あなたは、なぜいまの会社を辞めないんですか?」と聞くと、「考えたこともなかったな」「そう言われると、なぜだろうね」といった率直な反応がある。また、「生活のためだ」「“仕事”だから当たり前だろう」といったお答えも見られる。
もちろん、生きるうえで食っていくために仕事をするのに理由なんて必要ないんだ、というプロフェッショナリズムには敬意を表したいと思う。しかし、ほかにもっと良い職場や求められる仕事がある可能性が高い若手にとっては、残念ながらそれはほとんど“理由”とは感じられない。
とはいえ確かに、10年ほど前、外部労働市場が不成立の社会では「辞めない理由」など、必要なかったのだ。「考えたこともなかった」。当時、優秀で社内で出世していける可能性が高い若手だった人ほど、そう答えるだろう。
しかし、社会は変わったのだ。
現代の労働市場では、転職が一般的となり、若手社員が自らのキャリアについて主体的に選択できる環境が整いつつある。
それは、これからの組織づくりやマネジメント、人材育成において損失となる。なぜなら、社員が会社に残ることを選択する理由には、単なる生活のためだけでなく、職場環境や人間関係、成長の機会、企業理念への共感、同僚への期待など、まさにその会社の特徴や強さを構成する多様な要素が含まれているからだ。
■会社が社員に聞いたほうがよいこと
こうした「辞めない理由」を把握することはもちろん、社員の満足度やエンゲージメントを高めるための重要な手がかりになる。例えば、ある若手が「この会社では自分の意見が尊重される」と感じている場合、その価値観を組織全体に広めることで、ほかの社員の定着意欲も高まるかもしれない。
また、会社側が「辞めない理由」に耳を傾けることで、働く側も自分の存在が認められていると実感できる。これが双方向の信頼関係を生み出し、組織の安定や発展につながる。
現状はしかし、若手社会人の退職経験者の75.6%が「辞めた理由」は聞かれ・伝えているのに、「辞めない理由」は18.9%しか聞かれ・伝えていない。だからこそ、企業は「辞める理由」だけでなく「辞めない理由」にも目を向け、若手社員が組織やチームの何に価値を感じているのかを積極的にコミュニケーションすることが重要となる。
あなたの会社は辞めた人に「辞めた理由」ばかり聞いていないだろうか。かつてあった、「この会社を続ける理由、辞めない理由なんて考える意味がないんだ」という沈黙の合理性から脱することが求められているのだ。
このなかで浮かび上がってくるのは、若手に「不満」や「不平」などのネガティブな意見を聞いてばかりいないか、という点だ。
■若手の不満が噴出した「ある問い」
筆者にこんな経験がある。とある企業で、「組織や仕事や上司に対して、日々感じているもっとこうしたら良いと思うこと、ちょっとここは変えてほしいと思うこと」を若手に聞く会が開かれ、同席していた。
今後の組織改善につなげるために開催された会であったが、案の定、若手からの不平不満が渦巻く場となり、組織に対するネガティブな意見が山ほど出た。手元のメモにはこうある。
「自分の意見やアイデアを発信しても、上司や先輩に聞き流されてしまうことが多い」「業務の進め方が旧来のやり方に固執していて、新しい提案が受け入れられにくい」「成果を上げても正当に評価されている実感が持てない。公平ではない。えこひいきされている人がいる」「社内のコミュニケーションが形式的で、チームの一体感を感じにくい。上司同士の仲も悪いので気を遣う」「キャリアパスが不透明で、今の仕事が将来につながっているのか不安がある」「業務量が多く、プライベートの時間を確保しづらい。また、休みがとりやすい人とそうでない人がいるように感じる」
■若手が不満を挙げた「本当の理由」
そのなかでも盛んに気勢を上げていた、つまりたくさんの不平不満の声を発していた数名の若手に、終了後に「会社に対していろいろ思うところがあるんだね」と声をかけた。
すると、彼ら彼女らは、ほぼ共通する返答をした。
「いえ、実際はそんなに悪い気持ちはないんですけどね」
また、「聞かれたから探して答えた」という趣旨のこともあわせて言っていた。
筆者が重要だと感じたのは、人間、不平不満を聞かれればどんどん出てくるものだ、ということだ。
これは以下の2つの焦点を示唆している。
ひとつは、人間はネガティブな理由とポジティブな理由の比較衡量(こうりょう)で、組織への総合的な感情を決定しているということだ。
働いている会社に対して100%素晴らしいと思っている社会人は存在しない(会社の創業者など、一部存在するかもしれないが)。ネガティブな理由は多々あるが、それ以上のポジティブな理由がある。この均衡関係によってその会社で働くことに“満足している”人の心理が形づくられる。
もちろん満足していない人も同様で、ポジティブな気持ちはあるのだ。不平不満がある人が、その組織に全く魅力を感じていないわけではない。
■ポジティブな理由はオープンにされにくい
もうひとつは、不平不満があろうと逆にポジティブな気持ちがあろうと、それほどオープンには話さないということだ。多くの社会人は、組織への気持ちを殊更(ことさら)にアピールなどしない。
また、ポジティブな理由は気恥ずかしい部分もあるのか、オープンにしにくい。このことは、「日頃は黙っているが、実は辞めたいと思っている」、あるいは逆に「日頃は黙っているが、実は静かに納得している」という状態の若手がたくさんいるということを示唆する。
さて、ここで若手が「辞めない理由」「その会社で働き続ける理由」について確認しておこう。
ここまで見てきたように労働市場が変化し、加えて選択の回数が増え、「転職がしやすくなった、転職する人が身の回りに増えた」ということは、「なぜ自分はこの会社を退職しないのだろうか」と考える機会が否応(いやおう)なく増えてしまうことでもある。
実際に、前出の「若手社会人の在職理由定量調査」で「自社を辞めない理由、続ける理由」について若手社会人に聞いたところ、84.9%はその理由を回答していた。回答内容には次のような広がりがある。
■若手が勤務先を「辞めない理由」
「上司が信頼でき、部下からの信頼も厚いから」「人間関係が良く、定時で帰れて自分のスキルを活かせるから」「給料が高く、自身の貢献を正当に評価してくれているから。フレックスやリモートなど、柔軟な勤務ができるから。業績が上がると社員に積極的に還元してくれるから。会社の理念が好きだから」「会社の方針や考え方に共感しているから。仕事を通じて社会貢献していることを実感できるし、今後成長する会社だと考えているため」「もう少しこの会社で働いてみたいと思えているから」「同期が相談に乗ってくれたり、人間関係がすごくいいから」「子どもがまだ小さいので大きくなるまでは在宅勤務や中抜けがしやすい現在の会社で働きたい」
しかし、「考える機会がある」ことと、それを「伝える機会がある」ことはイコールではない。これらの辞めない理由を勤務先の上司や人事に伝えた若手は18.9%にとどまっていた。退職経験者のほとんど(75.6%)が退職理由を伝えていることと対照的である。
辞めない理由を語り合えていない背景には、「話す場がない」「上司や人事から聞かれない」という、そもそも「辞めない理由を聞く」ということが、組織の発想の外にある状況がある。
■今の職場で働き続ける理由は多様
会社を辞めない理由の回答結果は次のとおりである。「安定しているから」41.1%をトップに、「仕事で高いパフォーマンスを発揮できるから」8%まで様々な回答がある。経済的な安定を嫌がる者はいないと考えれば、「経済的安定性+何か」という理由の構成であるとも言える。
この「理由」については興味深い傾向があり、回答者が稀少(きしょう)な理由ほど「eNPS」(Employee Net Promoter Score:自分が在職している会社で働くことを身近な他者におすすめできる度合いを10点満点で質問したスコア)が高いという特徴がある。
近似曲線は右下がり――すなわち、選択率が高い「辞めない理由」(例えば「特に辞める理由がないから」「辞めると失うものが多いから」など)でeNPSが低い傾向がある。
ここから読み取れるのは、まわりの人がみな言っているような「共感されやすいこと」だけでは、若手と会社との良い関係にはつながっていないということだろう。自社に対して自分ならではの“推しポイント”が言語化できているかどうか、この点が重要ということだ。
「辞めない理由」にはこの“稀少性“、つまり多くの人が感じている理由ではなく、まわりの多くの人からすれば一見ピンとこないような“珍しい”理由が胸の中にあるか、という大切な点が存在する。
----------
古屋 星斗(ふるや・しょうと)
リクルートワークス研究所 主任研究員
一橋大学大学院社会学研究科修了。経済産業省に入省。産業人材政策、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。2017年より現職。労働市場、人材育成、次世代社会のキャリア形成を研究する。内閣官房地域働き方・職場改革等推進会議構成員、早稲田大学教育・総合科学学術院講師(兼務)なども務める。著書に『ゆるい職場 若者の不安の知られざる理由』(中央公論新社)、『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版)など。
----------
(リクルートワークス研究所 主任研究員 古屋 星斗)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
