企業やブランドのブランディングを考える際、まず「ミッション・ビジョン・バリュー」や「パーパス」の策定から着手しようとする企業は少なくありません。しかし、真に市場へ根づくブランドを構築するためには、それ以前に問うべきことがあります。
自社のブランドは、現代社会において「どんなカルチャー」に属しているのか。その「立ち位置」を正しく理解することが、戦略設計の前提条件です。

ビジョンは羅針盤ではありますが、現在地を知らなければ羅針盤は機能しません。どれほど崇高なパーパスを掲げていても、それを受け取る市場の文脈と噛み合っていなければ、言葉は空を切ります。「何者であるか」を定義する前に、「どこに立っているか」を把握する。この順序が、ブランドの土台を決定します。

今回は、日本とグローバルの架け橋として多くのブランド設計を手がけるYL Projectsの視点から、カルチャーに基づいた戦略的ブランディングの重要性について、代表の玉田 曜一郎さん(Yoichiro Tamada)にお話しを聞いていきます。

執筆:Ichiro Yasui

ブランディングにおいて、なぜカルチャーが重要なのか?

──カルチャーを重要視している理由を教えてください。

理想のビジョンを掲げる前に、まず「自分たちがどの土俵で戦っているのか」を知らなければ、適切な戦略は描けません。ブランドが属する文化的文脈を無視して、一足飛びにメインストリーム(大衆)を狙おうとすれば、本来の強みを失い、リソースを浪費するリスクがあります。立ち位置を測る指標として参考になるのが、アートライター・カルチャーライターであるジュウ・ショさんの記事です。この記事では社会の文化を以下の4つに分類しています。

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出典:ジュウ・ショ氏のnote記事(https://note.com/jusho/n/ndc923c182053)

メインカルチャー(大衆文化):社会において多くの人から支持される文化。
ヒット曲や広く普及した商品・サービスなど。

ハイカルチャー(上位文化):特定の知識層や富裕層によって高い達成度を認められる、教養やセンスに裏づいた文化。

サブカルチャー(少数派文化):メインカルチャーと対比される、熱狂的な少数によって支持される比較的マイナーな文化。

カウンターカルチャー(反抗文化):社会の主流的な価値観に異を唱え、反旗を翻すパンクな精神を持つ文化。

この4分類は、感覚的なものではなく、ブランドが「どこで戦い、どこへ向かうべきか」を構造的に把握するための実用的なフレームワークです。重要なのは、どのカルチャーが「正解」かではなく、自分たちのブランドが現在どこに位置し、次にどこを目指すのかという「移行の文脈」を意識することです。

カルチャーは固定されたものではない──移行という視点

──具体的な例があればわかりやすいですね。

カルチャーは時代とともに移行します。米津玄師やAdoはサブカルチャーを起点にメインカルチャーへと移行した代表例です。ニコニコ動画という、当時まだサブカルチャーの文脈にあったプラットフォームで認知を獲得し、やがてその熱量が臨界点を超えてメインストリームへ流れ込んだ。一方、歌舞伎はかつてメインカルチャー(江戸の大衆娯楽)でしたが、現代においてはハイカルチャーへと位置を変えました。時代が変わるにつれ、担い手も観客層も変容し、「教養として嗜む文化」へと昇華していった。

こうした移行はブランドにも同様に起こります。
そして、その移行を「偶然」に任せるのではなく、「意図的に設計する」ことが、ブランド戦略の本質です。ブランドが「この4つのうちどこからスタートし、次にどこを目指すのか」という航路を明確に設定する。これがブランディング戦略の第一歩であり、言い換えれば、カルチャーの立ち位置とは、ブランドの現在地を示すGPSであり、同時に目的地までの羅針盤でもあります。

そして最近はソーシャルメディアの影響により、サブカルチャーがメインストリームに移行する速度や頻度が高くなっており、メインカルチャーで消費され、またサブカルチャーに戻ってくると言う流れも見て取れます。

実践事例①:インドネシア発の寿司レストラン「Sushi Maru」

──実際の案件では、この考え方をどのように活用しましたか?

私たちが手がけたインドネシアの寿司ブランド「Sushi Maru Jakarta」のリブランディング事例が、好例として挙げられます。

まず前提として、インドネシアには日本と大きく異なる食文化の認識があります。新鮮な魚の入手・輸送インフラが十分に整っていないため、生のまま提供される刺身は、高い信頼と技術が必要な「高級品」というイメージが根づいていました。一方で、一般的な寿司はマヨネーズ等のソースで低い鮮度を補う「フュージョン寿司」が主流であり、大衆的なメインカルチャーに位置していました。寿司は「手軽に食べられる大衆食」、刺身は「特別な高級品」という逆転した価値観が、現地では当たり前として定着していたのです。

──その文脈の中で、どんな戦略を立てたのでしょうか?

私たちが着目したのは、Sushi Maruの運営母体が持つ「日本から新鮮な魚を直送できる独自の物流網」という強力なUSP(独自の強み)でした。これは競合が容易に模倣できないポジションです。インドネシアの寿司市場では多くのプレイヤーが「いかにローカルの食材で寿司らしく見せるか」という文脈で戦っていた中で、Sushi Maruは「本当に新鮮な魚を、日本から届ける」という、構造的に異なる価値を持っていました。

そこで私たちは、Sushi Maruを「メインカルチャーの市場規模を持ちながら、ハイカルチャーの文脈で語られるブランド」へと昇華させる戦略を提案しました。
日本から新鮮な海鮮を運ぶ「船」のモチーフをブランドアイデンティティとしてロゴに落とし込み、内装やサービスにもラグジュアリーな質感を徹底。メニューの構成やスタッフのサービス設計にいたるまで、「本物の日本の寿司体験」を軸に据えることで、インドネシアにおける「良い寿司」の定義そのものを刷新することに成功しました。

カルチャーの立ち位置を正確に把握し、再定義したことで、価格設定・顧客体験・コミュニケーション戦略に一貫した文脈が生まれ、既存のプレミアム寿司店を凌駕するブランド体験の提供が可能になりました。カルチャーの文脈を変えることは、単なるデザインの刷新ではなく、市場における「戦い方そのもの」を変えることに等しいのです。

カルチャーの属性から考えるブランディング設計


写真:ジャカルタ Hang Tuah に3店舗目をオープンしたSushi Maru

限られたリソースで戦うブランドの「王道」

──スタートアップやベンチャーにとって、最もリスクの低い戦略はなんでしょうか?

限られた予算でいきなりメインカルチャー(大衆市場)を狙うのは、莫大な投資を要するため、大企業かVCの強力な支援を受けた企業でなければ極めて困難です。マスメディアへの広告出稿、広域への流通網の整備、価格競争への耐性──大衆市場で戦うことは、資本力の勝負でもあります。

スモールスタートにおける王道は、「まずハイカルチャーから入り、そこから徐々にメインカルチャーへと広げていく」戦略です。ハイカルチャーでは「本物である」「質が高い」という評価を確立してから大衆へ波及させる。このシーケンスは、ブランドの希少価値と信頼を同時に育てながら市場規模を拡張できる、再現性の高い戦略です。

ハイカルチャーからメインカルチャーへのシーケンスとして、最もわかりやすい例がテスラモータースです。彼らが最初に市場へ投入したのは、大衆向けの電気自動車ではなく、約98,000ドル(当時の日本円で1,000万円超)の高性能スポーツカー「Roadster」でした。「電気自動車=遅くて非実用的」という当時の通念を覆し、富裕層・セレブ層を中心に「憧れのブランド」としての地位を確立。その後、ブランドへの信頼と認知が成熟した段階で、より手の届きやすいモデル(Model S、続いてModel 3)を投入し、段階的にメインカルチャーへと市場を拡大させていきました。


注目すべきは、テスラが最初から「大衆のための電気自動車」を目指していたという事実です。しかし彼らはその目標を達成するために、あえてハイカルチャーから参入した。目的地はメインカルチャーだが、航路はハイカルチャー経由──この逆説的な戦略こそが、ブランドの強度を守りながらスケールを実現した本質です。

実践事例②:ペットフードブランド「Annie's Pantry」の日本展開

──サブカルチャーからスタートするブランドの場合はどうなりますか?

私たちが手がけた、ペットフードブランド「Annie's Pantry」の日本向けパッケージ制作が参考になります。

生食(ローフード)のペットフードは、ドライフードが主流のメインカルチャーである日本市場において、まだ認知度の低いサブカルチャー(少数派)の立ち位置にありました。加えて、ドライフードと比較して価格帯が高く、日常的に購入できるターゲット層は限られます。「ペットに生食を与える」という選択自体が、一般的な飼い主にとってはまだ馴染みの薄い、意識の高い行為として受け取られる市場環境です。つまり、最初に訴求すべき層は「ペットの食の質にこだわる、感度の高いハイクラスな飼い主」でした。

──デザインにはどう落とし込みましたか?

私たちが提案したのは、「サブカルチャー → ハイカルチャー → メインカルチャー」という3段階の移行シナリオを前提とした、段階的なブランディング設計でした。最初からすべての層に届けようとするのではなく、まず「熱狂的な少数派」に深く刺さり、そこで得た評価と信頼を梃子にして、より広い層へと波及させていく設計です。

デザインの核心は、「品格を持ちながら、メインカルチャーへの拡張も視野に入れた親しみやすさ」を両立させることでした。具体的には、キャラクター文化が根づく日本で広く受け入れられるよう、オリジナルイラストを軸にしたパッケージを採用。高貴さを保ちながらも視覚的な親しみやすさを持たせることで、「良さそうだけど、難しそう」というローフードに対する心理的ハードルを下げました。


また、イラストやキャラクターはトートバッグや雑貨などのグッズ展開(マーチャンダイジング)と親和性が高く、ブランドとの接点を購買以外のシーンにも広げることができます。熱狂的なマイナー層から質の高いハイカルチャーな評価を獲得し、そこから大衆へと波及していく、持続的なスケールの下地を、ブランドの初期段階から設計に組み込んだのです。将来的なメインカルチャーへの参入を見据えながら、今のデザインを作る。この「時間軸を持ったブランド設計」が、Annie's Pantryの事例における最大のポイントでした。

カルチャーの属性から考えるブランディング設計


写真:アニーズパントリーの日本マーケットイン戦略

カルチャー設計は、一度きりの作業ではない

ここで、もうひとつ強調しておきたいことがあります。カルチャーの立ち位置は、設計して終わりではありません。

市場は常に動き、競合は追随し、消費者の感度も変化します。Sushi Maruが「メインカルチャーの大衆市場に、ハイカルチャーの体験を持ち込む」というポジションを確立したとき、それは同時に「その定義を維持し続けるための、日常的な意志決定」を要求するものでもありました。ロゴひとつ、内装のライティングひとつ、メニューの言葉遣いひとつ。すべてがカルチャーの文脈と一致しているかどうかを、問い直し続けることが求められます。

Annie's Pantryも同様です。ローフード市場が成熟し、やがてメインカルチャーへの参入を検討する段階になれば、コミュニケーションの設計も変わります。熱狂的な少数派に向けた「玄人感」から、より広い層に届く「信頼感」へのトーンのシフト。
それを適切なタイミングで、適切な手順で行うこともブランド設計の一部です。

ブランドとは、一度作るものではなく、育て続けるものです。そのためにカルチャーの定義は、ブランドの思想として組織の中に根づかせ、あらゆる意思決定の基準として機能させていく必要があります。

ブランド設計のスタート地点を、見誤らないために

優れたブランドは、偶然ではなく、正確な自己認識から生まれます。「どこを目指すか」という問いの前に、まず「今どこにいるのか」を問う。それがすべての出発点です。

ブランドを開発する際、ぜひ次の問いと向き合ってみてください。

  • 自分たちは今、どのカルチャーにいるのか?
  • 次に、どのカルチャーへと移行したいのか?
  • そのための、現実的な航路は何か?


カルチャーの立ち位置を正確に定義し、そこから戦略を積み上げること。それがブランディング設計の原点です。スタート地点を見誤れば、どれほど優れたクリエイティブも、正しい文脈の外で消費されます。逆に、立ち位置が明確であれば、ブランドは迷うことなくターゲットに深く刺さり、やがて市場を大きくスケールさせていく力を持つはずです。

YL Projectsにご相談ください

YL Projectsでは、ブランドのカルチャー定義から、ロゴ・VI設計、コミュニケーション戦略、Webやコンテンツ制作に至るまで、一貫した文脈で支援しています。日本とグローバルの双方に精通した視点から、「どの土俵で戦うか」を起点に、ブランドの航路を共に設計します。

「自分たちのブランドは今、どのカルチャーにいるのだろう?」という問いが頭に浮かんだ方、あるいは今回ご紹介した事例に関心を持っていただいた方は、ぜひ一度お声がけください。大がかりなご相談でなくても構いません。まず現状を整理するところから、一緒に考えます。

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