今季からシカゴ・ホワイトソックスでプレーする村上宗隆が、開幕直後から本塁打を量産し、アメリカでも注目を集めている。その熱を、日本人ファンの獲得とシカゴ観光の活性化につなげようと動いているのが、球団の取締役副社長、ブルックス・ボイヤー氏だ。
(文・文中写真=藤江直人、写真=Imagn/ロイター/アフロ)
村上人気が生んだシカゴ誘客戦略
村上宗隆がアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦で4試合連続となる第9号ホームランを放ち、アメリカだけでなく日本のファンも熱狂させた4月22日。人気急上昇中のスラッガーが所属するシカゴ・ホワイトソックスの取締役球団副社長、ブルックス・ボイヤー氏は日本にいた。
収益およびマーケティング部門の最高責任者を務める54歳のボイヤー氏は、今年だけで3度も日本へ足を運んでいる。1月は契約を結んだ直後の村上関連で、3月には野球日本代表 侍ジャパンが臨んだ2026ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)を観戦するために来日した。
ならば、今シーズンのMLBが開幕して間もない4月に来日した目的は何だったのか。
村上の豪打の余韻が残るなかで、都内で取材に応じたボイヤー氏は「特にムネ(村上)がものすごい活躍をし始めたなかで、ある意味で時期を得た活動になります」と笑顔を浮かべてこう続けた。
「今後において日本からホワイトソックスの試合を見に来ていただき、そのうえでどのような形にすれば、シカゴを含めたイリノイ州の旅も楽しんでいただけるのか。2度の来日を通して私が目の当たりにした日本の方々の野球に対する愛をシカゴでのホワイトソックスの試合観戦につなげて、さらにアメリカそのものにも大きな感動を味わってほしいと考え、イリノイ州政府観光局とも連携しながら、旅行代理店や航空会社に新しい体験プランなどを提案させていただきました」
イリノイ州政府観光局も絡んだ背景には、アメリカの観光業を巡る諸事情があった。
アメリカ本土を訪れる日本人観光客の数がなかなか伸びないなかで、東海岸のニューヨーク、西海岸のロサンゼルスやサンフランシスコと比べて、中部のシカゴは日本からの直行便が就航しているにもかかわらず、長く苦戦を強いられてきた。
日本人選手がつなぐシカゴの可能性
そのなかで、MLB公式戦を観戦に訪れる日本人ファンは例外だった。特に大谷翔平と山本由伸、佐々木朗希の日本人トリオを擁し、ワールドシリーズを連覇しているドジャースの人気は別格で、必然的にドジャースが本拠地を置くロサンゼルス観光の人気も好調をキープしていた。
そして、ロサンゼルス市長と会談する場をもったイリノイ州知事が、ドジャース人気に伴って日本人観光客も増えている状況に興味を示した。お膝元のシカゴを振り返ればMLB球団が2つあり、シカゴ・カブスに加えて今シーズンからはホワイトソックスにも期待の村上が加わっている。
ならばイリノイ州政府観光局としても、日本からの観光客呼び込みに注力できるのではないか。こうした流れに、村上をきっかけに日本人ファンの獲得増を目指すホワイトソックスも乗った。
日本人観光客を呼び込むプロジェクトには、鈴木誠也と今永昇太を擁するカブスも連携している。実はボイヤー氏は3度目の来日前に、カブスの球団幹部とも話し合いの場をもっていた。
「シカゴに2つのMLB球団がある最大の利点は、日本から観光客が訪れたときに、ほとんどの場合でどちらかのチームの試合が組まれている点になります。シカゴには野球を楽しんでいただけて、なおかつ感動を届けられる環境が整っていて、さらに両チームに日本人選手が所属している。シカゴおよびイリノイ州への観光客誘致という点で、この部分が最も決め手になると思います」
こう語ったボイヤー氏は、3月のWBC東京ラウンドを観戦した東京ドームで、鈴木に対するスタンドの大声援を目の当たりにして感銘を受けたと、ジョークまじりに明かしている。
「カブスとは情報交換をするような仲でもないし、ホワイトソックスの一員としてこれを言うのは少し心が痛むけれども、鈴木選手に対するあの応援は本当にすごいものがありました」
村上人気を形にする球団戦略
もっとも、イリノイ州政府観光局とジョイントする前から、ホワイトソックス側は村上を中心にすえたさまざまな「B to C」サービスを考案し、実際に実行に移そうとしていた。
たとえば5月12日のカンザスシティ・ロイヤルズ戦は「ジャパンデー」と銘打たれ、本拠地レート・フィールドを観戦に訪れるファンに特製Tシャツが配布される予定だ。ボイヤー氏が言う。
「ムネの大活躍もあって日本人を含めたファンの方々の反応もかなり大きくなっているので、日本に関連したイベントに関しては、その後も増やしていく方向になっています」
さらに人気のバロメーターとなる、大谷版でも有名なボブルヘッド人形の村上バージョンの製作も決定。
村上がMLBデビューを果たした3月26日のミルウォーキー・ブルワーズとの開幕戦。9回の第4打席で敵地の右翼ポール際の看板を直撃する初アーチを放った直後に、打席で打球の行方を見届ける“確信ポーズ”がボブルヘッド人形のモデルとなった。村上はその後も3試合連続アーチを放ち一気に注目される存在となった。
アストロズ戦に先駆ける形で、7月12日のアスレチックス戦ではWBCバージョンの村上ボブルヘッド人形も配布する。デビューして間もない村上のボブルヘッド人形をさっそく、それも2つのバージョンで製作および配布する理由を、ボイヤー氏は次のように説明する。
「基本的にはファンが求めているからです。ムネはもとから人気があり、いまでは一気に上昇している状況ですが、たとえそうじゃなくてもボブルヘッド人形に関するサービスは実施していたと思う。既存のファンが喜び、新しいファンも開拓できるからね。7月に設定した点に関しては特に深い理由はないが、夏休みに入る日本から観光客を呼び込む点ではいいんじゃないかな」
熊本県の九州学院高校から2017年のドラフト1位で東京ヤクルトに入団した村上は、5年目の2022年に史上最年少の22歳、なおかつ令和で初めてとなる三冠王を獲得。特に56本塁打は王貞治さんの55本を抜く日本人選手最多だけでなく、左打者としても史上最多だった。
2024年にも本塁打と打点の二冠を獲得した村上は、そのオフに2026年からのMLB挑戦を表明。
球団幹部が見る村上の価値
「これはあまり言ってはいけないかもしれないけど、ムネが開幕から短い間にここまでホームランを放つ、というのはおそらく誰も考えていなかった。それだけの大活躍を演じている」
球団幹部の一人として、ボイヤー氏はいい意味で悲鳴をあげている。しかし、現状の契約のままでは村上は来シーズンのオフにフリーエージェントとなって、間違いなく他球団へ移籍する。
村上の契約期間、年俸はともに現在の活躍に見合うものでもない。年俸を大幅アップさせ、さらに契約を大幅に延長する考えはあるのだろうか。ボイヤー氏は願望に近い見解を示している。
「私は収益およびマーケティング部門の最高責任者であり、ベースボールサイドに関しては基本的にGMマターとなる。それでも最終的にはムネがホワイトソックスというチーム、シカゴという都市をどれだけ好きになってくれるか、という点も関わってくる。私自身はムネのキャラクターに惚れ込んでいるし、できるだけ長くホワイトソックスでプレーしてほしいと思っている」
ボイヤー氏によれば、村上はすでにシカゴ市内でお気に入りの韓国料理店を見つけたという。日本料理店に関しては「まだみたいだね」と言及しながら、村上の現状に思わず目を細めた。
「ムネの最も素晴らしいところは、野球を心の底から楽しんでいる姿。そのうえで学習する意欲と、さらに上のステップに到達しようとするモチベーションも非常に高く、常にチームの勝利を優先させている。
さらに日本人ならではの謙虚な立ち居振る舞いが、チームのなかで際立っているとこう続けた。
「来日した日本で感じた、周囲を常にリスペクトする姿勢はムネにもしっかりと備わっている。チームメイトに対してだけでなく、監督やコーチングスタッフ、さらに試合に出られる状況への敬意はアメリカ人にはないものであり、本当に素晴らしいと思っている。そういう存在感を放つムネがチームの中心を担うなかで、若いチームのまとまりといったものもどんどん強くなっている」
再建期のチームを変える存在感
井口資仁を擁した2005年に、ホワイトソックスは実に88年ぶり3度目のワールドシリーズ制覇を果たした。しかし2006年以降の20年間は再び低迷期に入り、プレーオフへ進出したのもわずか3度。昨年は60勝102敗と大きく負け越し、2年連続でア・リーグ中地区の最下位に沈んだ。
負け続けてきた歴史を認めながらも、ボイヤー氏はこんな言葉も紡いでいる。
「今年のチームには若い選手が多い。そのなかで26歳のムネが中心になって、積極性やガッツをより前面に押し出すようなチームになっていってほしい。実際にムネにホームランが出ると、他の若い選手も競うようにホームランを放つ、といった相乗効果もすでに表れはじめているので」
ボイヤー氏が言及した試合は、取材に応じた日本時間22日のダイヤモンドバックス戦を指す。
一夜明けた同23日も村上は5試合連続の第10号を放ち、さらに同28日のロサンゼルス・エンゼルス戦では7回に逆転の第12号3ランを一閃。チームの月間(3・4月度)最多本塁打記録を16年ぶりに更新し、この時点でMLB全体の単独トップに立った一撃にバルガスも6号ソロで続いている。
MLBでは優勝の可能性がなくなったチームが夏場に主軸をトレードで放出して、将来有望な若手を獲得するケースも少なくない。そうした対象になりかねないほどの豪打と、名門再建へ向けた救世主になってほしいという期待、さらにはシカゴを中心としたイリノイ州全体の観光産業を促進させる象徴的な存在をも担いながら、村上は憧れ続けたMLBの舞台で一心不乱にバットを振り続けていく。
<了>
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