「心が追いつかない」芸能界一の売れっ子が、衝撃の告白をしました。

Netflixの新番組が制作中止

「心が追いつかない」マツコが衝撃の告白…テレビの主役がたどり...の画像はこちら >>
 Netflixで世界配信予定だった『ブラックオーディション』の制作が中止されることになったマツコ・デラックス。入院や前所属事務所の騒動など、度重なる不幸に見舞われた近況を、占い師の細木かおりとともに語り合う動画が話題です。


 その冒頭で発せられた「心が追いつかない」という言葉。体調は回復したけれども、以前のようにメディアで活動していくための気持ちが整っていないというのです。冗談混じりで撮影スタッフの笑い声も聞こえたものの、そこには真に迫ったトーンがありました。

 なぜマツコはこんなにも消耗してしまったのでしょうか?

テレビに出すぎた“代償”

 2010年以降、テレビはマツコのものでした。『マツコの知らない世界』(TBS系)でスイーツなどの食べ物を評論したり、『月曜から夜ふかし』(日テレ系)や『アウト×デラックス』(フジテレビ系)では、際どいキャラクターの人たちに絶妙なトーンでツッコミを入れる。さらに、『マツコ&有吉かりそめ天国』(テレビ朝日系)では、同じく芸能界の頂点に君臨する有吉弘行と、一歩引いたトーンで人生観を展開していく。

 このように、毎日どこかのチャンネルにあわせればマツコ・デラックスがいて、必ず何か引っかかりのある言葉を聞くことができる。視聴者にとってわかりやすい句読点のように収めてくれる存在が、マツコ・デラックスだったのです。

 ただし、その代償は大きかった。

 テレビに出始めたころのマツコは、巨体の女装家という異彩を放つキャラクターでした。その立場から、人々が気づかない視点でユーモアを交えた毒舌で物事を斬ってきたのです。

 けれども、それを繰り返していくうちに、独特の個性がみんなから期待される商品になってしまいました。かつては挑発的で人々の神経を逆撫でしてきた言葉が、いつの間にか“さすがマツコ!!”と消費されるようになったからです。


 たとえば、色々な料理や食材について感想を求められると、一瞬怪訝そうな表情をしつつ反語的な表現で褒め称える。お米のCMなどでもやっていたやつですね。

 すると、最初のうちは楽しんでいた視聴者も、マツコが「ふんっ」といった表情をした瞬間に、もう結論が見えるようになります。けれども、そのようにして感情を揺さぶられる快楽から逃れられない体質になっているのですね。

 それは、絵本の終わりが分かっていながら、何度も読んでとおねだりする子どもと、それに応える親のようなもの。視聴者とマツコは、15年以上もの時間をかけて共依存の関係を構築してきたのです。

何を言っても「深い」…たどり着いた“虚しさ”の正体とは?

 その中で、いつしかマツコは世間を代表するスポークスマンのような立場に置かれてしまいました。何か事件や問題があると、こぞっておうかがいを立てる。そこで何か言えば、“深いわ~”と賞賛される。分かりきったやり取りを重ねるうちに、マツコの存在意義が180度変わってしまったのです。

 もちろん、マツコ自身もそうした状況を面白がって、あえて道化を演じてきた部分もあるでしょう。しかし、そのからくりの構造が誰よりもクリアに見えている人間が、絶望的に虚しさを覚えるのも時間の問題だったのだと思います。


 そこで、冒頭の「心が追いつかない」という言葉に戻ります。いまや空ペダルだと知りながら全力で自転車を漕ぐような書き割りの話芸を続ける価値があると思うでしょうか?

 かつて、マツコはテレビで話すことを完全に仕事だと割り切っていると言っていました。しかしながら、そうした達観をもってしても克服できない状況が、まさにいまなのだとしたら──。

 視聴者は、マツコ・デラックスという“毒”を摂取しつくすことで、ついには無効化してしまったのです。

文/石黒隆之

【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。X: @TakayukiIshigu4
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