「すべてはヒット作りのため」。そう考え、実際に数々のヒットを生み出してきたユニバーサルミュージックの藤倉尚社長兼CEOが考えるスポーツの持つ可能性とは? 音楽業界とも共通する世界の舞台で戦う術、そしてアジア発の音楽が欧米でも人気が出ている音楽業界とスポーツ界の共通点や未来図について幅広い視点で話を聞いた。
(インタビュー・構成=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、インタビュー撮影=浦正弘、写真=Getty Images )
「世界で頑張る人であれば応援したい」との想い
今、吉田麻也選手、南野拓実選手、宮市亮選手という3人のサッカー選手のマネジメントをされていますが、今後サッカー選手や他の競技の選手のマネジメントであったり、スポーツの分野における次のビジョンはどういう形で考えているのですか?
藤倉:吉田麻也から始まったというのが本当に良かったと思っています。日本から世界を目指す人をサポートしたいというのが根底にあって、そういう人と、縁、運、タイミングがあえばサッカーに限らずやりたいな、という想いはあります。ただ、その世界、分野での“目利き”っていうんですかね。きちんと評価できる基準がないと、難しいことも理解しています。
逆にいうといくらでも可能性はあるってことですね。そのコンセプトのところからはブラさないってことですね?
藤倉:そうですね。
藤倉さんご自身が現在サーフィンにハマっているからプロサーファーを、ってことはないわけですね(笑)。
藤倉:ないですね(笑)。スポーツマネジメントをやっているというと、プロ野球選手からも話を頂くことはあります。けれどもそこがブレてしまうと違うかなと。たぶん、今スポーツマネジメントがうまくいっているのは、サッカーがわかる優秀な社員がいて、麻也がいて、いろんな要素がマッチしているからだと思います。
何度もケガに苦しめられている宮市亮の存在
その中で宮市選手は、持っている才能を考えるとケガに苦しめられていることもあり大成功をしているとは言えないと思います。
藤倉:音楽の話になりますが、日本の場合、アーティストの多くはまずヒットチャートの1位や東京ドームでのライブとか紅白歌合戦とか、日本である程度成功してから海外進出を本格的に考え始めることが多いと思います。どうしても時間がかかりすぎているんです。
先に海外で成功するということですよね。
藤倉:そうです。だから音楽でもどんどん世界標準で戦うアーティストが出てきてほしい。もちろんそのためには言語はある程度習得しておかないといけないんですけど。そういう意味では、宮市のように海外でプロとしてのキャリアをスタートし、日本代表になって活躍するという道が作れたら日本のアスリートにも、そしてアーティストにも、ああいう形もあるよっていう指針ができると思います。
宮市選手が何度もケガに苦しんで、でもその中でも負けずに頑張ってきたというのを日本中のサッカーファンはみんな知っているので、応援したくなりますよね。彼が成功する物語が見たいという想いは個人的にもあります。本当に、きっと彼はいつか必ず成功すると思うので、ユニバーサルミュージックの力でしっかりサポートしてあげてください。
藤倉:任せてください(笑)。というか、3人とも可愛いですけど、宮市はそういう意味でも特別な想いもあります。
スポーツのエンターテイメントとしての可能性
ちょっと話はマネジメントから離れて、エンターテイメントでいうと、音楽とスポーツってすごく通ずる部分があると思うんですけど、藤倉さんが考える、スポーツのエンターテイメントとしての可能性ってどんなものがあると思いますか?
藤倉:やっぱりスポーツとカルチャーは国境を超えると思っています。サッカーボール一つだけで、歌を歌うことだけで、仲良くなれちゃう。国と国との問題とか、政治を超えるのってなかなか難しいのだけど、サッカーや音楽っていうのは、そういうことすら超えられてしまうすごく尊いものなのだなと。
おっしゃるとおり、本当に世界平和に貢献できると思います。
藤倉:音楽もそうだし、ナオト(・インティライミ)なんかはまさにそうですけど、『上を向いて歩こう(SUKIYAKI)』を歌ったら(パレスチナ解放機構のヤーセル・)アラファート議長の食事会に入れちゃったりするような、普通に行ったらあり得ないけれど、音楽で仲間に入れてもらえるみたいなことが実際にあるわけです。
そうですね。そこを軽々と超えられるのが、音楽とスポーツだと思います。
藤倉:そう。だから、『We Are The World』のように世界は一つだよというメッセージを歌で世界中の人に伝えられますし。
あと、超えるってことは、平和的な意義も大きいですが、ビジネス的にもすぐ対象がグローバルになるっていう可能性がある。サッカー選手も、実力があればすぐ海外のトップクラブに行ったりしますし。音楽だって日本の音楽が世界で売れる可能性だってあるわけですよね?
藤倉:それでいうと、やっぱりサッカーや野球、テニス、ゴルフのようにスポーツのほうが音楽より先を行っていて、日本人アスリートで世界の舞台で成功している人がたくさんいます。
韓国のBTSは、韓国で1位なだけじゃなくて日本でも1位になり、テイラー・スウィフトやアリアナ・グランデと同じようにアメリカ、ヨーロッパでも1位を取りました。その意味でいうと、日本のアーティストがグローバルのチャートで1位を取れる可能性は当たり前のようにあるわけです。同じアジア人の仲間がやれているのに、やれないわけがないなと思っています。
日本のアーティストが海外で成功できる時代になってきている? これまでは、音楽は英語で歌わなきゃダメだというところがあったんですよ。昔はよく「誰々って英語で歌えるの?」ってロサンゼルスの本社の人間にも言われました。「いや歌えないです」と返すと「じゃあ、ダメだね」って。しかも英語で歌えても発音が下手だと「いやその変な英語だとダメだね」とか。でも、ここ数年で潮目が変わってきています。
BTSは英語ができますが、楽曲はハングルで歌うんです。
ガラパゴスとグローバルの融合
日本って日本向けのものがウケる傾向がある。なので、海外に行くためには、何かモデルチェンジをしないといけないっていうのがいろんな業界でよく言われていると思います。スポーツの世界でも、例えば映画であったり。それが音楽では、日本で作ったそのものでそのまま勝負できるものなのですか?
藤倉:両方大切だと思っています。なぜかというと、今アメリカで流行っているのって、ドレイクなどアーバンミュージック、R&B、ヒップホップ、ラップのような、いわゆるサビのない音楽が人気です。BTSの歌を聴いていると、言語はハングルなのだけど、欧米のトレンドをうまく踏まえていて、かっこいい音楽なわけですよ。日本だとそこ(トレンド)は理解してはいますがそれをそのまま取り入れるケースは少ない気がして。
やっぱり島国というかガラパゴスなところがあるんですかね。
藤倉:海外に視野がある日本のアーティストには、Instagram等SNSでグローバルなフォロワーを持つべきだと話しています。
でもやっぱり音楽ってすごいですね。数の桁が違いますもんね。
藤倉:もちろん今アメリカで流行っている音楽を研究して、SNSで積極的に英語で発信してフォロワーを数千万人規模で持って、だから成功できるという話でもありません。本質的な何か自分のアイデンティティがないと絶対人の心を揺さぶれませんから。真似だけしても絶対に売れない。やっぱり自分の独自のものを貫いてやっていくことは必要です。でもそれを外に伝達する能力を持たないと、世界標準では戦えない。
スポーツでも同じことが言えると思います。
藤倉:音楽でいうと、いろいろなジャンルがあるわけですよ。「日本だと何が流行ってるの?」っていうとやっぱり、アイドルやアニメを浮かべる人が多いと思います。アメリカでは、アーバンミュージックやダンスミュージックとか、地域や年齢層によってトレンドも全く違ったりするわけです。音楽って言葉にすると一つですけど、ジャンルは幅広い。
サッカーでも日本流のサッカーのスタイルがあって、もしかしたらトレンドもあるかもしれません。プレースタイルの違いがあるはずで。そこからグローバルなマーケットに出ていくってことは、ある程度のアジャストがないと、うまく特徴も出せないと思います。たぶん、それは音楽とも同じかなと。
音楽は特に日本風の何かがないとそれはそれで勝負できない。海外の音楽関係者に聞くと、ある人は沖縄の音楽を聴くとなんか日本ぽいねって言われたこともあります。例えば、沖縄の三線を使って日本で流行った『海の声』という楽曲がありますが、それをそのまま歌ってもすぐにはヒットにつながらないかもしれません。ただ、そこには何かヒントがあると思います。海外にはそういう独自性をもってチャレンジするべきだと思っています。
<了>
藤倉尚(ふじくら・なおし)
ユニバーサルミュージック合同会社、社長兼CEO。1967年生まれ、1991年メルシャン入社。翌年にポリドール(現ユニバーサルミュージック合同会社)に入社。ユニバーサルミュージック邦楽レーベル、ユニバーサルシグマ宣伝本部本部長、同プロダクトマネジメント本部本部長などを経て2008年執行役員就任。2012年に副社長兼執行役員となり、同社邦楽4レーベルなどを統括。2014年1月より現職。Billboard’s 2019 International Power Playersに選出された。