京都サンガF.C.のホームとなる「サンガスタジアム by KYOCERA」が完成し、素晴らしい球技専用競技場であるとの高い評価を受けている。その一方で、寄付金の不足分を京都府がまかなうとの報道に多くの批判が寄せられた。
(文=上林功)
なぜここまでネガティブな批判を浴びたのか
京都の亀岡駅前に新スタジアム「サンガスタジアム by KYOCERA」が完成し、2月9日にこけら落としイベントが行われました。京都サンガF.C.のホームとなるこのスタジアムは、紫色で統一された観客席やピッチに近い臨場感のある観客席スタンド、プロサッカーのみならず日本で初めてスポーツクライミング(リード・ボルダリング・スピード)の国際基準を満たした屋内クライミングジムなどの併設施設も含めて最新の駅チカスタジアムとして話題になっています。一方3月に入り、スタジアム建設費に充てる予定であった寄付金が想定の20億円に届かず、不足分の17億4700万円を府債でまかなうことが報道されました。
報道を通じていくつかの論評が出ていますが、改めて経緯を見てみますと、2018年3月に集め始めた寄付金は2019年2月末段階で約1億5000万円集まっており、約1年間で集めた寄付金としては決して少なくない金額であることがわかります。よくよく確認すると、当初見込んでいたチームスポンサー企業が施設命名権を取得したことで、20億円分の寄付金をネーミングライツ費用として置き換えてしまっており、寄付名目の想定額に齟齬が生じたことと、見込んでいた金額が入るタイミングがずれてしまったことが実状のようです。
現在、Jリーグで使用されているサッカースタジアムの9割以上が自治体の所有です。建設計画の中で予算が計上されますが、建設資金はおおむね数十億から百数十億円となり、資金をどのように集めるかについては公共資金のみならず文科省や国交省など国からの補助や各種助成制度の活用など各自治体で工夫がこらされています。その中でも利用者や地域の人々、ファンやサポーターに向けた募金・寄付活動は古くからある方法であり、近年ではオンライン利用やふるさと納税との連携など、新たな方法が取り入れられています。今回のサンガスタジアムの問題は、報道のされ方にも問題があったように思いますが、決して少なくない寄付を集めることに成功しているにも関わらずなぜここまでネガティブな批判を浴びているのかが問題の核心かと考えています。今回はスタジアムに関わる募金・寄付を通じた地域とスポーツの関係について考えていきたいと思います。
さまざまな建築物を支えてきた「寄付」
私が専門としている建築業界においては、寄付を集めて大規模な建築をつくることはよく見られる事例です。ヨーロッパの教会や世界各国の寺院などをはじめとする多くの施設が寄付によってつくられ、国内であれば寺社・仏閣の寄進や勧進と言われる寄付が知られるところです。
スポーツに目を向けますと、記録に残るものとして明治神宮野球場では1926年の建設時に総工費53万円(当時)のうち東京六大学野球連盟が5万円の寄付を行っています。
ごく最近の事例であれば、広島で構想されている新サッカースタジアムについてサンフレッチェ広島が行っている「サッカースタジアム建設寄附(募金)」があります。2024年開業に向けて2023年3月末までに1億円を集める予定で昨年10月から始められた寄付募集は、開始から1週間で当初目標額の半分となる5000万円を超え、4週間で目標額に到達しました。また地元企業であるマツダは年度内に4億円、2023年までに市に対して20億円の寄付の意向を示しています。市によると、企業と個人からの寄付は、2019年度末の段階で総計12億5100万円となる見通しであると発表しています。
これまではスタジアムにおける民間寄付は、あくまで補助的な部分であり十分な建設費に上乗せするかたちで募集されるものがほとんどでした。ところが現代に至り、パナソニックスタジアム吹田の事例のように寄付金が建設資金の本体として扱われるようになってきたことで、寄付行動そのものの研究ニーズが高まってきています。現在の寄付研究のほとんどが海外で行われており、国内での研究はまだまだ少ないのが実状です。寄付行動は文化的・社会的背景に大きく影響することがわかっており、日本独自の研究が求められています。
あなたはなぜスタジアムに寄付するのか?
寄付に関する研究では寄付や募金を促す代表的な要因として「互恵性」という特徴があるとしています。互恵性は相手からのお返しや返礼を期待する特性で、寄付行動の場合、単純な金銭的見返りではなく、多様なかたちでの還元が含まれることが特徴です。この特徴に照らし合わしてパナソニックスタジアム吹田や広島の新サッカースタジアムを見てみると、寄付募集の方法と寄付を促すための特徴がうまく合致していることがわかります。
パナソニックスタジアム吹田では、WEBサイトを利用して集めている寄付金額に併せて段階的に整備できる内容を細かく発表していました。「現在の金額でスタンドができます」、「もう少しで屋根がかかります」、「次の目標金額で電光掲示板がつきます」といった目標を出し、達成に併せて感謝を寄付者に細かく伝えていました。将来自分たちが利用できるスタジアムの完成度が目に見えて良くなっていく寄付の「見える化」が当時話題となりました。寄付行動では利益に比べ損失を2.5倍に感じると言われています。「寄付がなければ○○できません」と言う方が効果的との研究があり、「もうちょっとで電光掲示板がつくのであれば、寄付しようかな」といった「損失回避」と呼ばれる行動心理を突いた方法が行われていました。
広島の新サッカースタジアムでは広島市のふるさと納税の仕組みの中で「お礼の品」を返上する代わりに寄付金の使い道として「サッカースタジアムの建設」を選択できるようになっています。ふるさと納税の利用はパナソニックスタジアム吹田でも行われていますが、ふるさと納税はその寄付額の高さに特徴があり、国内の一般的な寄付行動の平均額が2万7000円(寄付白書2017)であったのに対し、ふるさと納税のみを取り出すと平均値で7万円、中央値で4万円という高額になっています。広島の新スタジアムでも自分の名前を入れることのできる芳名版をオプションにつけることで1人5万円以上の寄付が大半を占めています。
ここで寄付活動の主要な要因とされている「互恵性」について別の切り口から見てみたいと思います。近年のマーケティング研究の一つとして「サービス・ドミナント・ロジック」との考え方があります。
ここで改めてサンガスタジアムを見た時に、スタジアムはJR亀岡駅の駅前すぐの好立地である一方、亀岡市街地とは線路を挟んで反対側、スタジアム以外周囲は空き地が広がっており、ポツンとスタジアムが佇んでいる状態です。今後行われる駅前再開発の核としてスタジアムが先行してつくられたことは、今後スタジアムを地域コミュニティの核としたエリアマネジメントにつなげる的確なプロセスだと考える一方、スタジアムを中心とした地域の賑わいを具体的にイメージしにくい状態になっていると思います。スタジアム内部の完成度がとても高いだけに、そのギャップは際立っているようにも見え、ごく一部のコアなサッカーファンにしか恩恵が得られないのではとの懸念が浮かんでも仕方がないのかもしれません。今回の件でサンガスタジアムに多くの批判が寄せられた一因として、寄付を行ったファンやサポーターも含め、スタジアムができたことによるさまざまなスポーツ体験を、多くの人がイメージしにくいことが挙げられそうです。
共につくるスタジアムと「見返り」
先述のパナソニックスタジアム吹田の例でも挙げましたが、互恵性に影響する「見返り」は見返りそのものの魅力以上に見せ方が重要となります。サンガスタジアムでは寄付の返礼としての芳名板に個人や法人名のみならず、グループでの名前の記載を可能とするなど他のスタジアムにはない取り組みが素晴らしい点なのですが、実際のところ名前が刻まれることは先述の「サービス・ドミナント・ロジック」に当てはめれば、芳名板そのものが欲しいわけでなく、「現地に行って名前を確認できること」、「自分の貢献が記録として刻まれていること」などがその見返りになります。
例えば、Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島では正面広場に県下の企業から集められた寄付樹木が植えられています。こうした植樹は公共施設ではよくある話ですが、その規模が違います。正面広場のほぼすべての樹木が寄付樹木となっています。人々に木陰などの憩いの場を提供し、スタジアムと共に年を経て一緒に育つという、スタジアム環境を共につくり出し、使い続けられている場所として親しまれています。寄付とは異なりますが、2023年開業に向け進められている北海道ボールパーク構想ではスタジアムの建設に留まらず、スポーツが暮らしに根づいた次世代の街をつくることを掲げています。「ゴールとしてのスタジアム開発」ではなく、多くの人々や企業、自治体を巻き込み、みんなで街をつくり出す「スタートとしての共同創造空間」としてのスタジアムは、これまでにない街づくりのアプローチとして注目されています。
このように人々が共に参加し、共に賑わいを生むような仕組みは「共創」と呼ばれています。この共創の価値のコアとなる概念として「共同生産(Co-production)」と「使用価値(Value in use)」の2つがあると言われます。
寄付は募金としてのかたちをとるとモノでもサービスでも価値を変化できる「お金」になってしまうことで、自分の寄付がどのような貢献につながったか見えにくくなります。寄付金だけでなくさまざまなかたちでの参加を募るとともに、その貢献が成果や体験として「見える化」することが重要です。寄付という仕組み上、スタジアムで得られるさまざまな体験に対する寄付行動は、寄付する対価として「スタジアム」という建物を得ることに集約されてしまっている点に難しさがあります。実際にはスタジアムのみならず内外に広がるさまざまな体験や地域・社会の賑わいを生みだすきっかけづくりにつながっているのですが、なかなかそのつながりが見え難い点に課題を残しています。
これは現在のスタジアム・アリーナの企画構想が持つ課題と同じであり、スポーツが地域社会にいかに貢献できるかを具体化できなければスタジアム・アリーナそのものが「大きなコンクリートと鉄の固まり」で終わってしまう事を意味しています。かつて寺社・仏閣や教会ができることで世の中は良くなり、平和でいられることを願ったからこそ人々は進んで寄進・勧進を行ったのだと思います。スポーツはスタジアム・アリーナの建設を通じて地域に、国に、世界に、何を提供できるでしょうか。
あれだけ素晴らしいスタジアムができたのです。サンガスタジアムが京都亀岡の地にどのような賑わいを生み出すかを今後も注目したいと思います。
<了>
PROFILE
上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。追手門学院大学社会学部スポーツ文化コース 准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所 代表。