その物語は架空のTV番組のイントロで幕を開け、銃撃戦と逃亡を経て、ハードコア・アジットポップ・ラップ版『テルマ&ルイーズ』というべき2人のアウトローが旅に出る。痛快なストーリーの主役である2人の大人は、銃を構える部隊に中指を突き立てつつ、それぞれの心境について吐露していく。SF的ディストピアで奮起するコンシャスなファック・ユー・アティテュード、濃密なリリック、巧みなワードプレイ、そして怒りに火を注ぐようなムーディなビート。ラン・ザ・ジュエルズの新作『RTJ4』で描かれる37分間の物語は、El-Pとキラー・マイクというダイナミックなデュオの魅力に満ちている。気心の知れた2人は互いの言葉を補完し、それぞれのスタイルに賛辞を送りながら、銃と拳という彼らのシンボルを高々と掲げてみせる。つまり、本作でもRTJは100パーセント健在だということだ。
それでいて、『RTJ4』と過去作の間には明確な違いがある。ふざけたジョーク、バトルラップ的な口撃はなりを潜め、黙示録的なユーモアのセンスがより前面に押し出されている。「Yankee and the Brave」や「Holy Calamafuck」等は緊迫感に満ちていながら、『パルプ・フィクション』のようなファンタジー感を演出している。El-Pが「Goonies vs. E.T.」で「憤怒に満ちた過去/狂ってしまった恋人」とライムすると、マイクは続くヴァースで「くだらない奴らに催眠術をかけられ、ツイッターの虜にされてしまった」仲間たちに目を覚ませと呼びかける。ハイライトと言える「Walking in the Snow」「A Few Words for the Firing Squad」「Pulling the Pin」(メイヴィス・ステイプルズによるキラーフックをフィーチャー)等では、社会的問題を身近な人間関係に置き換えたかと思えば、その逆の手法を取ることもある。El-Pの他、Little ShalimarやWilder Zobyを含むゲストプロデューサーが手がけたトラックでは、ギャング・スターやギャング・オブ・フォーをサンプリングするなど、プロダクションの面でも隙はまるで見られない。
「前作は炎と水、そして曇り空のイメージだった」2016年作の通称「ブルー」アルバムこと『RTJ3』について、El-Pはそう話す。「でも今作にあるのは、燃え盛る炎だけだ」
ラン・ザ・ジュエルズは10年に及ぶ活動を経て、ミックステープを基本とするサイドプロジェクトから大型フェスのヘッドライナーを務めるまでに成長した。怒りに満ち、図らずも今という激動の時代とシンクロした本作は、彼らの最高傑作と言っていいだろう。当初、彼らは4月に本作を発表し(過去作と同様に、ウェブサイトでの無料ダウンロードを予定していた)、その後レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの再結成ツアーに前座として同行することになっていた。しかしパンデミックによってコンサートの開催が当面不可能になると、2人は本作の発表を6月5日に延期することを決めた。そしてジョージ・フロイド、ブレオナ・テイラーの死に対する抗議デモが全米に拡大するなか、2人は『RTJ4』を数日前倒ししてリリースした(「世界はクソみたいな出来事で覆い尽くされてしまってる」彼らのステートメントにはそう記されていた。「このリアルなアルバムを、踏ん張り続けている人々が楽しんでくれるよう願っている」)。エリック・ガーナーの死に言及した「Walking in the Snow」や、「革命はテレビで流れることもなければ、ネット上に出回ることもない」といったラインは、本作がまるで現在の状況について歌っているかのように感じさせる。彼らは今作が、「前進のためのサウンドトラック」になったと語る。「ちょうど昨日、ある活動家からこう言われたよ。『お前らのアルバム、今の俺の気持ちを完全に代弁してくれてる』ってね」マイクはそう話す。
ラン・ザ・ジュエルズはZoomを使った1時間に及ぶインタビューで(El-Pはニューヨークのアップステート、マイクはアトランタにある自宅のポーチから参加。
俺たちのレコードは未来を予想している
ー『RTJ4』の制作に着手した当初、指針となるようなラインや曲、あるいはビートなどはありましたか?
El-P:制作を始めたのは2018年末だ。ツアーを終えて自宅に戻ったばかりで、俺たち2人とも疲れ果ててた。それから俺は『カポネ』のサウンドトラックを作り、結婚も経験した。マイクはマイクで忙しくしてたよ。マイクがブルックリンにある俺たちのスタジオに来た時、俺は5~6カ月分の作業成果をストックしてた。最初にレコーディングしたのは、アルバムの冒頭2曲「Yankee and the Brave」と「Ooh LA LA」だった。マイクが気に入ってくれるといいなと思いながら、「Yankee」を聴かせた瞬間に……。
キラー・マイク:「こりゃやべぇ!」って感じだったな(笑)
El-P:あの2曲はレコーディング初日に仕上げた。聴き返しながら、2人とも大いに興奮してたよ。思い描いてたエネルギーの土台になるものができたっていう手応えを感じて、俺たちの意見は一致した。前作が炎と水、そして曇り空のイメージだったのに対して、今作にあるのは燃え盛る炎だけだってね。
ー「Yankee and the Brave」で描かれる架空のショーは、アルバムのハイライトだと思います。ドラマ化して、ブルーレイのボックスセットとして出すべきでしょう。
El-P:(笑いながら)考えとくよ。マイクも俺も80年代育ちだから、ああいうショーにすごく馴染みがあるんだ。
キラー・マイク:『ナイトライダー』『特攻野郎Aチーム』『爆発!デューク』とかな。
El-P:あの曲は80年代の特撮モノへのオマージュなんだ。だからアルバムの最後にスキットが入ってるんだよ、次回へ続くって意味さ。曲を聴き終えると、「Yankee and the Brave」っていうドラマの1話を見たんだって気づく。でも実際には、あの曲はアルバム全体のトーンを定める調子笛みたいなものなんだ。俺たちが子供の頃に慣れ親しんだ、ああいう特撮モノのイントロ感を出したかったっていうのもあるね。
ー何者かに追われる2人、マイクが車のボンネットの上を滑る画が目に浮かぶようです。
キラー・マイク:そんでグランド・ナショナルの運転席に飛び込むんだよな。
El-P:でもって俺がやつよりいいカッコしようとして、ボンネットの上を滑るんだけどカーブミラーを壊しちまって、顔面から着地するんだよな。バッチリじゃんか。
ー2016年に『Run the Jewels 3』がリリースされて以来、様々なことが大きく変化しました。現在の状況を考えれば、吐き出すべき怒りに満ちているはずです。フリーフォームな憤怒に満ちた約4年を経て、あなた方は今作の制作中、どのようにして怒りの矛先を定めたのでしょうか?
キラー・マイク:君の言う通りだ。でも黒人のコミュニティに関して言えば、俺たちは歴代の数多くの大統領たちに対して憤りを覚えてきた。俺の祖父母はニクソンに怒ってたし、俺の両親はレーガン政権の政策に失望してた。ビル・クリントンは黒人の味方だと公言しておきながら、彼は刑務所におけるプログラムを過去のどの大統領よりも多く認可し、ストーン・マウンテンの連合軍モニュメントの前でスピーチを行った時には、黒人と白人の囚人たちを自分の支持者として利用した。トランプを擁護する気はまったくないけど、黒人のコミュニティが政治家に失望させられるのは今に始まったことじゃない。
ーおっしゃる通りだと思います。怒りの起源はトランプではない。
キラー・マイク:そういうことだ。
El-P:俺たちがガンに冒されていることを証明した腫瘍、俺はずっとトランプをそんな風にみなしてた。長い間この社会を蝕み続けてきた病の象徴、それがあいつなんだ。でも実際には、このアルバムを作ってる間に俺とマイクが立ち向かおうとしてたのは、ある1人の男なんかよりもはるかに巨大なものだったんだよ。
新しいアルバムには、やつの政策に起因する具体的な問題に言及してる部分がいくつかある。「Walking in the Snow」のヴァースで俺が言わんとしてるのは、国境付近が強制収容所も同然になってるってことなんだ。そういう状況を作り出したのはやつじゃないけど、移民を檻に閉じ込めるっていう考えをあいつが再燃させたことは確かだ。それについては特に怒りを覚えてる。
キラー・マイク:2020年だけにフォーカスしても、限定的なものにはならないだろうけどな(笑)。
El-P:このアルバムは今の時代にリンクしてるけど、そうじゃなかったらいいのにって思うよ。これがノイローゼ気味のイカれた2人の妄想で、全ては俺たちの頭の中で起きたことに過ぎなかったとしたら、マジで最高さ。そうだとしたら、現実の世界はもっとまともな場所だってことになるからね。でも残念ながらそうじゃない。マイクと話してたんだよ、次のアルバムでは俺たちが心身ともに健康で、死ぬほど金を持ってて、何ひとつ問題のないユートピアに生きてる様子を描こうってさ。『宇宙家族ジェットソン』みたいな感じだよ。黒人も登場するってとこは違うけどね(笑)。
エゴイスティックだと思われたくないけど、俺たちのレコードは未来を予想してるんじゃないかって思い始めてるんだよ。今の状況じゃそれも無理はないだろ? だから次のアルバムでは、俺の身長が5センチ伸びてて、グラミーをいくつか獲ってるっていう設定にするつもりさ。
ヒーローのマントを脱ぎ捨て、「生身の自分」を曝け出した
ーラン・ザ・ジュエルズとしての活動期間が10年を超え、2人とも40代になった現在、よりパーソナルな作品にしようという思いはありますか? これまでの作品がそうではなかったという意味ではありません。(El-Pが率いた)カンパニー・フロウの『Funcrusher Plus』の「Last Good Sleep」はとてもパーソナルですが、あれはもう25年くらい前でしょうか?
El-P:1997年じゃないかな。だからまぁ、もうすぐだね。
ー『RTJ4』では家族への思いなども歌われています。マイクはあるヴァースで、亡くなった母親に思いを馳せています。
キラー・マイク:「Scared Straight」(2003年作『モンスター』に収録)はパーソナルな曲だと思ってる。「母さん、俺はもうクラックを売るのはやめるよ」なんてラインがあるくらいだからな。俺はドラッグの売人だったんだよ。でもどっかで野垂れ死んだり、刑務所に入ったりして、自分の可能性を無駄にするべきじゃないってことは理解してた。これまでに出したミックステープの中には、鬱に屈することなく、音楽を作り続けるよう自分を鼓舞するためのものもあった。パーソナルな表現はいろんなことから生まれ得るんだ。
El-P:同じことを前にも訊かれたことがあるよ。「この曲ではパーソナルなことを歌ってますね」なんて言われるたびに、ちょっとした発見がある。でも俺たちは、これまでもパーソナルなことを曲にしてきたつもりさ。RTJの最初のレコードにも、そういう部分はあると思ってる。少し水で薄めたようなところはあったとしてもね。
俺たちがこれまでに出した全てのレコードに、パーソナルな一面はあったと思う。2枚目のアルバム制作に着手した頃、ラン・ザ・ジュエルズが単なるミックステープ・プロジェクトじゃなく、俺たちの声を届けるためのメイン・プラットフォームになると感じ始めてたから、2人ともより真剣に取り組むようになった。アーティストとして、作品にパーソナルな部分を投影すべきだと思った。本音や個人的なことを別のプロジェクト用にとっておくようなことはしたくなかったんだ。
ー『Run the Jewels 2』の「Early」はそのいい例ですよね。
El-P:「Early」はすごくパーソナルな曲だ。その次の『RTJ3』も、様々な感情に満ちたレコードだった。胸の内にあることを吐き出したいと感じたら、迷いなくそれを形にするってことが、今回のアルバム制作における暗黙のルールになってた。「27分間パンチの応酬だったから、ここで何か違うものを挟もう」みたいな感覚を大事にしたんだ。「Firing Squad」では、ジェイミー(El-Pの本名)とマイクはスーパーヒーローのマントを脱ぎ捨て、生身の自分を曝してる。そうすべきだって感じたんだよ。
キラー・マイク:俺のファンとElのファン、そして1stアルバムからずっとRTJを支えてくれてるファンのおかげで、弱い部分を見せてもいいんだって思えるようになった。Elが言ったように、そういうパーソナルな瞬間が今作の核になってると思う。このレコードは、これまで以上に焦点がはっきりしてる。『RTJ3』では、俺は前に出る勇気がなかった。あのレコードを作ってた時、俺はいろんなことに振り回されっぱなしだった。あちこちで黒人が殺されていて、張り裂けそうな思いをElに打ち明けてた。でも今回のアルバムでは、そういう感情をより明確にできた。身を守るための鎧を脱ぎ捨てるってこともね。
「Firing Squad」はその最たる例だ。「でも俺たちの女王は王を求めてる/ジャンキーやおべっか使いの凶悪ラッパーじゃなく」っていうラインは、俺が妻と実際に交わした会話からきてるんだ。彼女がこう言ったんだよ。「この状況に打ちのめされてちゃいけない。酒やドラッグに逃げるんじゃなく、今の状況と正面から向き合わなくちゃいけない。痛みを抱えていたとしても、人が生きていくためには喜びが必要なの」。彼女はさらにこう言った。「あなたには私や子供たちを守る義務がある。でも、そのマントを着たままじゃ無理よ。週末だけってことなら我慢する。でも、自分が夫であり父親であるってことを忘れないで」ってさ(笑)そう言ってくれた彼女に、俺はすごく感謝してるんだ。
何かをパーソナルと感じるかどうかは、それがヘヴィかどうかってことよりも、そこに人間味が宿ってるかどうかだと思う。今作ではそういう部分がより明確になってる。多くの人が抱いてるタフなイメージに反して、俺たちは胸の内をさらけ出した。かと思えば、その数分後にはエキサイティングなシーンに切り替わる。クライマックスの「Yankee」のスキットの部分のことさ。あの曲のエンディングでは銃撃隊に語りかける人物が描かれてるけど、そこに銃声は出てこない。君らのヒーローは健在だってことさ。やつらはまた戻ってくるんだよ。
El-P:「A Few Words for the Firing Squad」はすごく重要な曲なんだ。あの曲の中で、俺は大切に思ってる人々に伝えたいことを表現できた。その一部は妻に宛てたもので、毎朝隣で目を覚ます男が何者なのかってことを伝えようとした。さっき「Last Good Sleep」に触れてたけど、この曲で俺が歌ってることはその延長線上にあるんだよ。メッセージの本当の意味は、ごく一部の人にしかわからないようになってる。あの曲に込められた思いは、俺たちのオーディエンスじゃなくて、自分の身近な人々に宛てたものなんだよ。あるラインは俺の母さんにしか意味がわからないだろうし、俺の妹だけが理解できるラインもある。マイクの奥さんにしか伝わらないラインもあるだろうね。特定の人だけが真の意味を理解できる、そういう意図があるんだ。
自分がシェルターにいると思うなら、そいつは大間違いだ
ー「Pulling the Pin」と「A Few Words for the Firing Squad」のワンツーパンチでアルバムの幕を閉じるというのは、最初から決まっていたのでしょうか?
El-P:あの2曲の収まりどころは、他には考えられなかった。アルバムの最初の6曲は、どう並べれば一番効果的か考えたけど、「Pulling the Pin」と「A Few Words for the Firing Squad」の並びはガチだった。あの2曲は続けて聴いてこそ、あるべきカタルシスが得られるんだ。
キラー・マイク:俺たちは曲順にものすごくこだわるんだ。アイス・キューブとチャック・Dのようにね。
ーそれはどういう意味ですか?
キラー・マイク:最近知ったんだけど、アイス・キューブは『AmeriKKKas Most Wanted』の制作中に、チャック・Dから曲順の大切さについて教わったらしいんだ。彼のレコードは映画のようにドラマチックだけど、曲順はその重要な要素だ。Elはその点で天才的だと思う。
El-P:ちょっと持ち上げすぎだけどね。レコードに自然なフローを生み出すっていうのは、プロデューサーとしてそれなりに経験を積んできた俺が身につけたスキルのひとつなんだ。でもこのレコードでは、曲自体が収まるべき位置を指定してる感じだった。
ー「Pulling the Pin」の構成について聞かせてください。冒頭では社会全体を支配する歪んだシステムについて言及していますが、視点はその影響を受ける1人の人物へと移行していきます。歴史上の出来事を個人の物語に置き換えるかのような、マクロとマイクロを使い分けたストーリーテリングが印象的です。
El-P:それって、俺たちがクリエイティブにコラボレートするための鍵なんだよ。まさに君の言った通りさ。「Early」でも同じ手法が使われてる。視点を変えても本質は同じだっていう認識の共有は、俺とマイクのタッグを成立させてる要素のひとつなんだ。それぞれの傾向みたいなものを、俺たちはお互いに理解してるからね。俺は物事をマクロな視点で捉えるのが得意で、「Pulling the Pin」では悪という存在を簡潔に表現しようとしてる。今俺たちが向き合ってるそれは、鉄が発明された頃に人々が直面したものと同じなんだ。映画によくあるけど、宇宙空間から見た地球の俯瞰からズームしていくみたいな感じで、マイクのヴァースに行き着いた頃には、視点がストリートや家庭に移ってるんだ。俺が描いた大きなコンセプトに、マイクはリアリティを持たせることができる。俺の考えを彼が補完してくれるんだよ。その逆もまた然りであってくれるといいんだけどね。
キラー・マイク:その通りさ。間違いなくね。アメリカという国に奉仕している人の多くは、問題から頑なに目をそらし続けている。Elはそういうメカニズムを指摘するだけじゃなく、それが俺のような一般市民が属するコミュニティにどういう影響を与えているのかを伝えようとしてる。自分には無関係だとたかをくくるのは簡単さ。だけど俺たちが言わんとしてることは、俺たち全員に関係のあることなんだよ。
俺にとってラン・ザ・ジュエルズの魅力のひとつは、自分が限りなくブラックになれるってことなんだ(笑)。Elはより大きなコミュニティに語りかけつつ、俺が自分自身の物語にフォーカスできる場を用意してくれる。こないだベッドの端に座ってスカーフェイスを聴いてたんだけど、多くのラインが大衆の考えを代弁していて驚かされた。俺は常に、できるだけパーソナルであろうと努めてる。システムがどう機能して、それがどんな問題を引き起こすのかを理解できる人ばかりじゃないからね。アメリカじゃ一生懸命働く人は報われる、俺たちはそう教えられてきた。でもそれがまるっきり真実ってわけじゃないことが、次第に明らかになってくる。この世の中には、誰かを意図的に押さえつけようとしているやつらがいる。俺は30年間、そういうことを俺たちのコミュニティに知ってもらおうと努めてきたけど、身近なケースを挙げるのが一番効果的だって学んだんだ。社会体制の話にピンとこない人でも、「ある男の話だ」みたいな切り口だと、それが自分のことなんだって理解できるんだよ。
El-P:俺はこのレコードの一部で、ある問題の影響をモロに受けてる人々の苦悩を、それが自分とは無関係だって考えてる人々に伝えようとしてる。シンパシーを感じない人々に、誰かの苦しみについて心を痛めることは当然なんだって刷り込もうとしてるのさ。それが自分と無関係じゃなく、怒って当然なんだってことをね。これは対岸の火事じゃなく、お前んとこにも飛び火してくるんだって伝えようとしてるんだ。自分がシェルターの中にいると思ってるなら、そいつは大間違いだからな。
「Walking in the Snow」では、まさにそういうことを言わんとしてる。どんなにシンパシーに乏しいやつでも、ここまでハードルを下げりゃわかるだろって感じで、俺はこんなふうに切り出す。「お前が他人のことなんてどうでもいいって思うなら、お前にとってどうでもいい人々が刑務所から出所したあと、その牢屋はどんな風に使われるべきだと思うんだ? 囚人がいなくなったことを祝うパーティーを開いた後、その牢屋は用済みだとして解体すべきだと思うのか? 『ミッション完了!』とか言ってさ」
ラン・ザ・ジュエルズ、無敵の化学反応
ーマイク、あなたはEl-Pの作曲における構成力を讃えた上で、自分自身は思いつくままに言葉を紡ぐことが多いと話していました。10年間一緒にやってきて、スタイルの違いが自分の作風にどういった影響を及ぼしたと思いますか?
キラー・マイク:俺は南部のペンテコステ派教会で育ったんだけど、そこでは教会という場を通じて何かについて閃くことを「聖なる魂の捕獲」って呼んでた。俺のアプローチについて説明する場合、感覚的にはそれが一番ピンと来るんだ。2時間くらい何をするでもなく、ただクサを吸いながらダベってる時に、急に何かが閃いたりするんだよ。文字通り何かが俺に呼びかけるような感じで、声が頭の中ではっきりと聞こえるんだ。それはレコーディングブースに入れっていう啓示なんだよ。いつでもレコーディングできるよう、俺たちのスタジオでは常にマイクがセットされてる。その場で形にする機会を逃してしまうと、その閃きはもう戻ってこないからだ。
前作の制作中、リリックを紙に書いてるところをElに見られたんだけど、今作では俺があまりに延々と書いてたから「おい、その辺でやめとけ」って言われたよ(笑)。紙に書くっていうのは、俺にとって大事なことなんだ。曲で使うどうかはさておき、自分の考えてることを文字にするっていう行為そのものに意味がある。俺が何かを書いてるのを見かけるたびに、Elは「何やってんだ?」って訝しがってるよ。
El-P:マイクと10年間一緒にやってきたけど、(冗談っぽく厳格な声で)俺はプロデューサーとして……。
キラー・マイク:(笑いながら)初めのうちはそんな感じだったよな。
El-P:マイクにこう言われたんだ。「俺はプロデュースされる側でありたい。俺たちのやり方を理解してくれる誰かと仕事がしたい」ってね。彼と一緒にやってきて発見したマジックのひとつは、何かに対する価値観が違っていても、いつも自然とまとまってくってことだった。だから彼がリリックを紙に書いてるのを見ても、それは良くないなんて口出ししたりしない。それが彼のやり方だってわかってるからね。
もし違ってたら正してもらいたいんだけど、インスピレーションの訪れを待ってるマイクは、時々苛立ってるように見えるんだ。早く録りたくてウズウズしてるっていうかさ。いいパフォーマンスをするにはそのインスピレーションが必要だってことを、マイクはよく知ってるんだ。「まだやって来ない、もう少し粘らせてくれ」みたいな時があるんだよ。
キラー・マイク:その通りさ。100パーセント合ってるよ。
El-P:異なるテクニックを認め合うことが、お互いの引き出しを増やすことに繋がってるんだ。ルーズにやるってことの意義を、俺は彼から学んだ。作曲の面では、俺はすごくかっちりしたタイプなんだ。何時間も机に向かい、タイプした内容を何度も見直し、それがどう鳴るのかを頭の中でイメージし、納得するまで手を加え続ける。でももっとルーズにやることで生まれる魅力があるってことを、俺はマイクから教わった。その逆も然りで、マイクは10年前と比べると積極的にエディットするようになった。インスピレーションが訪れた時に一気に録るっていうやり方は変わってないけど、最近は録ったやつを聴き返しながら少し手直ししたりしてる。お互いのテクニックがそれぞれのスタイルを補完してるんだよ。
キラー・マイク:俺のアプローチの利点の一つは、様々なスタイルをスムーズに行き来できるってことなんだ。俺は4小節にこだわらないし、6も8も12も使う。「JU$T」なんかはいい例で、あれだけのリリックを本物のサザンスタイルでラップできる奴はそうはいない。あの曲は本質的に、たった2つのラインしかないんだ。「マリファナを売ってる企業を信用するか?/お前の国を仕切ってるのはカジノのオーナー」カデンツもサウンドも、この2ラインは紛れもなく南部のクラブミュージックだ。ミーゴスやロード・インファマスが売りにしてる吃るパターンを、俺は何年も前からやってた。すごく美しいパターンだけど、曲とマッチしなかったら、あれってレイジーに聞こえてしまうんだよ。ビートに寄りかかってるような感じさ。
でもこのライン自体はマッチしてるって感じてた。富豪ぶりを見せつけるようなやり方じゃなく、ラン・ザ・ジュエルズに相応しいリリックに仕上げるってことにやりがいを見出したんだ。さっき言ったことと矛盾するんだけど、曲のリズムを正確に理解したら、例のパターンが実はマッチするかもって思った。実際に録ってみると、それは確信に変わった。あれはサザンスタイルのフロウへのトリビュートでありながら、重要なメッセージを宿してもいる。リズムを掴むまでには時間がかかったし、そこから組み立てていくのも大変だった。辛抱してくれたElに感謝してるよ。
ー本作は4月に発表される予定でしたが、結果的に世界がマイクのいう「我慢の限界」に達した時にリリースされることになりました。このタイミングで作品を出すことについて、どのように感じていますか?
El-P:何もかもが停止して、レコードのリリースを延期するしかないってわかった時、レーベルからはこう訊かれたよ。「事態が収まって、ツアーに出られるようになるまで待つか?」ってね。宣伝もロクに出来ない状況でレコードを出さなくちゃいけない状況なんて、まさに前代未聞だもんな。
キラー・マイク:「セールスを考慮するなら待ったほうがいい」って言われたよ。
El-P:実のところ、俺たちに迷いは微塵もなかった。「むしろ、可能ならリリースを数日前倒ししたい」って申し出たんだ。今の俺たちにはそういう決定権がほとんど与えられてないからこそ、これはチャンスだって思った。それが吉と出るか凶と出るかはわからないけど、とどのつまり、そんなことはどうだっていいんだよ。俺たちにとってもリスナーにとっても、あの作品はあのタイミングでリリースされるべきだったんだ。
言うまでもないだろうけど、ラン・ザ・ジュエルズは計算に基づいて動くグループじゃない。これまでに出したアルバムだって、元々何かしらのプランがあったわけじゃない。いつも俺たち2人の気分次第だったんだよ、「もう一回やってみるか?」って感じでね。何か意味のあるものを発信できるって感じたら作品を出し、あとはそれが届くよう願うだけさ。
キラー・マイク:このレコードが発表されてから、街中で何度も声をかけられたよ。俺たちはいつでも、彼らの声に耳を傾けてる。ジョージ・フロイドとブレオナ・テイラーという、2人の黒人が立て続けに殺されてしまったことを受けて、アトランタの活動家たちは団結して、大々的な抗議活動を始めた。つい昨日話した活動家の1人はこう言ってくれたんだ、「お前らの新しいレコードは、今の俺の気持ちをそのまんま代弁してくれてる」ってね。今は世界全体がA&Rになってるような状況で、あのアルバムが前進のためのサウンドトラックになってるんだ。彼らはあのレコードのエネルギーを必要としてたし、そういうものを備えた音楽を届けられたことをすごく嬉しく思ってる。そして何より、こんなにドープなラップグループにいられることに、俺は心の底から感謝してるんだ。
ラン・ザ・ジュエルズ
『RTJ4』
発売中