〈International Anthem〉は2012年にシカゴで設立されて以来、マカヤ・マクレイヴン、ジェフ・パーカー、ジェイミー・ブランチなど、ここ10数年のジャズを語るうえで避けては通れない傑作をいくつもリリースしてきた。いまやLAの〈Brainfeeder〉と並ぶ重要レーベルと言っても過言ではないだろう。


多くの人がこのレーベルを認識するようになったのは、マカヤ・マクレイヴン『In The Moment』(2015年)、ジェフ・パーカー『The New Breed』(2016年)の二作が大きかったと記憶している。そこからマカヤの躍進と共にレーベルも成長していき、日本でもかつての「シカゴ音響派」以降、久々にシカゴ・シーンへの注目が高まっていった(そして今では音響派の象徴、トータスも在籍)。ただ、このレーベルがどのようにして生まれたのか、その物語はあまり知られていない。

僕(柳樂光隆)は2022年、〈International Anthem〉創設者のスコッティ・マクニース(Scottie McNiece)がプライベートで来日していた時に取材を行っていた。シカゴのソウル/ジャズ史を語るうえで欠かせないプロデューサー、チャールズ・ステップニーの貴重音源『Step On Step』がちょうどリリースされる頃だ。渋谷のバーTangleで、レーベル設立に至るまでの道筋、そして彼自身がどんな人物なのか、スコッティは丁寧に話してくれた。その記事をここに公開する。

〈International Anthem〉は先ごろ、日本のビートインクとパートナーシップを締結。ジェフ・パーカー率いるETAカルテットの新たな傑作『Happy Today』が発表されたばかりで、6月にはマカヤ・マクレイヴンの再来日公演がブルーノート東京で開催される。このレーベルがなぜ特別な存在であり続けているのか、その理由に迫る。

〈International Anthem〉設立秘話 マカヤ・マクレイヴンやジェフ・パーカーらの傑作を送り出す、現代ジャズ最重要レーベルのDIYな美学

スコッティ・マクニース(Photo by Alejandro Ayala)

〈International Anthem〉のカタログを網羅したプレイリスト

レーベル設立に繋がったバーテンダーとしての日々

―スコッティさんは、もともとどんな音楽が好きだったんですか?

スコッティ:トーキング・ヘッズが好きだった。父と母が大好きで『Stop Making Sense』をよく一緒に観て、リビングで踊ったりしてたよ。
自分で初めて買ったのはマイケル・ジャクソンのカセットかな。それに小学校の時、大学生のいとこがミックステープを作ってくれた。90年代初頭だったから(シカゴ発のムーブメントである)グランジ系が多くて、ニルヴァーナとかスマッシング・パンプキンズに夢中になった。CDで最初に買ったのは、タッグ・チームの「Whoomp! There It Is」。当時の大ヒット曲だったから。ノーティー・バイ・ネイチャーの「Hip Hop Hooray」とかもね。

ヴァイナルでは13歳くらいの頃に、ターンテーブルを手に入れて。父がレコード・コレクションをいっぱい持ってたから、サンタナの1stとか、ハービー・ハンコック『Man-Child』とかよく聴いてたのを覚えてる。(収録曲の)「Hang Up Your Hang Ups」を聴いた時は驚いたな。アース・ウィンド・アンド・ファイアーの『Spirit』も、父のコレクションのなかで最初にピンときたひとつ。あとはやっぱりトーキング・ヘッズとか、その辺が僕のレコードコレクションのはじまりだったね。あとは〈Def Jam〉のジャ・ルールとかジェイ・Zの12インチを自分で買ったりしてたかな。


―バンドとかDJはやってましたか?

スコッティ:子供の頃からターンテーブルは触っていたけど、DJは真剣にはやっていなかった。5歳からピアノを弾いてはいたけど、10歳の頃にギターとドラムを始めてからはドラムの方にハマっちゃってね。高校時代はドラマーとして、バンドだけじゃなくてコンサートバンドとか、オーケストラとかでやったこともあったし。友達とロックンロールバンドを組んだり。15歳ぐらいまではそんな感じ。

それしかやりたくないくらいの感じだったけど、高校を卒業する段階で、歴史と工学に興味があったから大学に進んで。でも、最初の一年はバンド活動ばかりやってた。それで学業が疎かになって、そのままバンドにフォーカスする形でドロップアウト。20代の前半はドラマーとして、できるだけ色々なところで叩いて、アメリカやカナダでツアーもやったし、プロでやっていく勢いだったけど、お金は全然なかった。つまりミュージシャンとしてはあまり成功できなかったんだ。でも、その頃にエンジェル・バット・ダヴィドと知り合った。当時の活動があったから、彼女のアルバムをリリースする関係になることができたんだ。


今でも趣味レベルだけど楽器は続けている。ピアノもドラムもギターも手元に残っているし。音楽に携わる仕事をしている以上、自分でもプレイして、そのプロセスに触れることも大事だなと思うから。

エンジェル・バット・ダヴィド(Angel Bat Dawid)
シカゴ拠点のクラリネット奏者、作曲家、ボーカリスト。2019年に〈International Anthem〉からリリースしたデビューアルバム『The Oracle』が国内外で絶賛される

―ミュージシャンだった頃はどういう音楽をやってたんですか?

スコッティ:パンクからメタル、ノイズやエクスペリメンタルまで。でも、ジャズはやってなかった。ジャズをこなせるほどのレベルには達しなかったというか。それに僕自身、飽きっぽくてね。高校生の頃、グレイトフル・デッドのカバーバンドに入ったり、クレイジーなことをやりたくてメタルもやってたんだけど、どちらも飽きちゃって。パンクに手を出し、ジャズもやってみたかったけど、そこでスキルの限界に突き当たってね。

そこから今の仕事にシフトしていった。24、5歳ぐらいの話だね。
聴く側に回って、違う形でこの世界に貢献するようにしていこうかなと思ったんだ。

―裏方に回るようになって、いきなりレーベルを立ち上げたんですか?

スコッティ:そこは徐々に、だね。いくつかのプロセスを経て今に至る。バンドで60日間バスで移動しながらアメリカツアーをしていて、40日目ぐらいに「これだけやってきたのに、まだ20日あるのか」とウンザリして、もう無理って思ったんだ。僕らはエクスペリメンタルでノイジーなメロディックパンクみたいなことをやってたんだけど、一緒に廻っていたバンドはいわゆるパンク。毎日のように同じようなバンドばかり二つも三つも聴かなきゃいけない日々だった。経済的にはギリギリなんとかやっていたけど、境遇的な部分での限界と、同じものばかり聴き続けることに疲れてしまって。パンクなものではない、もっと色合い豊かな、居心地の悪さすら感じさせるような音楽を聴きたくなったんだ。

それでツアーを終えたら、大学に戻ってちゃんと卒業しようと考えた。そのときは小学校の先生になろうと思って、レストランで働きながら学校に通うことにしたんだ。最初はウェイターみたいなことをやっていたんだけど、しばらくしてバーテンダーになった。

Hungry Brainってベニューが(シカゴの)近所にあって、そこでは毎週日曜に無料でフリージャズのライブを開催しているんだ。
何も知らずに行ってみたんだけど、それが僕のクリエイティブな情熱に火をつけるきっかけになった。その日、ジェイミー・ブランチ、ロブ・マズレク、ニック・マザレラ(Nick Mazzarella)が演奏していたのを今でも覚えているよ。

最初に僕をインスパイアしたのはフランク・ロザリー(Frank Rosaly)ってドラマーだった。今度彼のリリースをすることになっていて本当に光栄なんだけど......自分もドラマーとしてもっと挑戦してみようと思って、彼にドラムを教えてもらうことにしたんだ。シカゴのウエストサイドに練習の場を借りてね。すごく楽しかったし、良い経験だった。

ジェイミー・ブランチ(Jaimie Branch)
トランペッター、作曲家。アヴァンギャルドな音楽性で知られ、2017年のデビュー作『Fly or Die』は世界中で絶賛された。〈International Anthem〉の躍進を象徴する中心人物だったが、2022年8月に39歳の若さで急逝

―そんなきっかけがあったとは。

スコッティ:一方で、バーの仕事も続けていた。ある時、オーナーに「シカゴに面白い人がたくさんいるから、この店でもウィークリーでジャズミュージシャンをブッキングしませんか?」って話を持ちかけたら興味を持ってもらえて、毎週ジャズのシリーズを始めることになったんだ。ミュージシャン達も演奏の場ができたので喜んでくれた。
ポスター作成も僕らでやったんだけど、そのアートワークが好評だったし、メルマガで宣伝したりね。そしたら、次第にミュージシャンから「バイオ作ってくれない?」「プロモーション手伝ってくれない?」って感じで仕事の依頼が来るようになった。

その頃、ニック・マザレラとロブ・マズレクから「バーのジャズシリーズで1カ月レジデンスでやらせてくれないか」って話がきた。そこでレジデンスの代わりに、新しい曲を書いてもらって、それをレコーディングしようってことにしたんだ。友人だったデイヴィッド・アレン(David Allen)とデイヴ・ヴェトライン(Dave Vettraino)に声をかけて、ロブ・マズレクの曲をレコーディングすることになった。それが本当に素晴らしくてね。だったら、もうレーベルを立ち上げてリリースすべきじゃないかって話になって、ロブに相談したら背中を推してくれたんだ。

同じ頃、働いていた店のオーナーから「プレイリストを作ってくれ」と頼まれるようになった。オーナーが新店舗をオープンするたびに、店の音楽を僕に任せてくれたんだ。それでレストランやバーの音楽をデザインするビジネスを立ち上げたら、それにお金を払ってくれる人が出てきた。

さらに、他の店からもジャズシリーズのブッキング依頼が来るようになっていたから、ウィークリーシリーズとして月曜の夜はCurio、火曜の夜はBar DeVille、水曜はThe Bedfordという3店舗のブッキングを組んでアーティストを呼ぶようになった。その頃、最初のシリーズで何度か演奏してもらって以来、友達になったマカヤ・マクレイヴンにレーベルを立ち上げる話を持ちかけたんだ。「毎週ライブをやって、それを録音して、その音源をもとにアルバム作ろう」って話で意気投合した。それで〈International Anthem〉の最初のレコードは、レジデンスだったマズレク(『Alternate Moon Cycles』)と、その直後にリリースされたマカヤ(『In The Moment』)の2枚になった。今話したことはだいたい2011~2013年くらいの話だね。

でもさ、自分のレコードを出す方法はわかっていたんだけど、レーベルの作り方は知らなかった(苦笑)。そこでまた数年かかったんだ。最初のリリースが2014年末から2015年になったのは、そういう背景があったからなんだ。

―まさに設立秘話ですね! スコッティさんがHungry Brainに足を運ぶようになった頃から、シカゴのフリージャズ・シーンは盛り上がり始めていた、ということでしょうか?

スコッティ:いや、僕が最初に行った頃、お客さんは5人くらいだったね。ほかにもウィークリーでやっているところはいくつかあって、毎晩そういう音楽を聴ける場所はあったけど、せいぜい5人とか10人くらいしか集まっていなかった。僕がやっていたシリーズもそんな感じだね。あとは食事に来た人がレストランにいる感じ。そういう状況が2年くらい続いた。マカヤは一年間ずっとウィークリーで出てくれて、毎週ごとに、前の週に起こったことを友人・知人にメールで送りまくってたのを覚えてる。「前回は素晴らしかった」「こんな人とやった」って感じでね。それでもなかなか人が集まらなくて大変だったんだよね。『In the Moment』を聴いてもらえばわかると思うけど、後ろでなんかパラパラと拍手が聞こえたり、人の話が聞こえたりするでしょ? あれは音楽を聴くために来たわけじゃない人たちがいかに多かったかってことを記録しているんだ。

なので、最初の頃から数えたら4年がかりかな。僕らがアルバムを出すようになってようやく認知されて、わざわざ聴きに行こうって人が増えていった。ニューヨーク・タイムズに載ったり、ジャイルス・ピーターソンが絶賛してくれたことで、いきなりみんな「こいつらは素晴らしいんだな」という感じになっていった。僕は「4年前から言ってたじゃん! みんなどこにいたんだよ!」って思ってたよ(笑)。僕が来てほしいと思った時に来てくれなかったのに、みんな「前から知ってたよ」みたいな顔して来るもんだからさ(笑)。でも、そういうものだよね。今夜も僕らが知らないところで、超ド級の出来事が起きているかもしれない。それをいつか誰かが記事にしたら、みんなが気づくんだ。

―レーベルを始めたことで、すべてが変わっていったと。

スコッティ:そうだね。クライアントであるレストランが僕に仕事をくれた以上、集客することが必要で、なんとかしなきゃって気持ちが常にあった。ただそこは、僕がアンチSNSだったのが集客に苦しんだ原因の一つでもあるんだよね。レーベルを始めるにあたって、仕方なくInstagramとFacebookを始めたんだ。それまでは口コミとメール、街に貼ったシルクスクリーンのポスターだけが頼り。アーティストたちはSNSで発信してくれていたんだけどね。だから(2022年)8月に、シカゴで開催されたマカヤのライブに2000人も集まったのは信じられなかった。10年前はたったの10人くらいだったからね。

マカヤ・マクレイヴン、2025年のライブ映像

―最初のレコードがロブ・マズレクになったのは、彼の知名度も関係あったりします?

スコッティ:たまたまだね。2012年の初めくらいに、たまたまロブがCurioに呑みに来た。僕にとってシカゴ・アンダーグランドやトータスは、20歳くらいの頃に音楽的な視野を広げてくれた存在だった。だから、顔を見てすぐにロブだとわかった。ロブは呑んだり食べたりするのが大好きだから、僕は思いっきり呑ませた記憶があるね(笑)。そこからロブといろんな話をするようになった。そしたら、ロブがここでやりたいって言ってくれたんだ。マシュー・ラックス(Matthew Lux)とトータスのジョン・ハーンドンとのThrone of the House of Good and Evilってプロジェクトでやろうか、なんて話をして盛り上がった。

そういう会話の中で、レーベルをやるっていう考えが生まれていたのかもしれないね。「レジデンスを1カ月やるんだったら、その場所のエネルギーを反映させた曲を作ってほしい」って条件にしたんだ。当時ロブは、ビル・ディクソン作曲のミニマリスティックな曲に取り組んでいて、それを再解釈したような楽曲を用意してくれた。それが素晴らしかったから録音するアイデアが浮上したんだ。ステータス的なところで声を掛けたんじゃなくて、あくまで話が盛り上がって、それが楽しくて始まった感じだね。

ロブは共演相手に対してポジティブなインパクトを与えてくれる人で、相手の一番いいところを引き出してくれる。僕がレーベルを始めることも、ロブとの関わりの中で実現していったように思うよ。

ロブ・マズレク(Rob Mazurek):
1965年生まれ、シカゴ・シーンを90年代から牽引するコルネット奏者、作曲家、マルチメディア・アーティスト。シカゴ・アンダーグラウンドやアイソトープ217での活動で知られ、2014年に〈International Anthem〉の第1弾作品『Alternate Moon Cycles』をリリース

レコードというフォーマットを信じている

―〈International Anthem〉は当初からヴァイナルを作っていましたよね。

スコッティ:僕はレコードというフォーマットを信じている。もちろん制作のプロセスも煩雑だし、とても高額だけど、音楽を聴くために理想的なフォーマットだと思うから。体感として残るっていうか、リスナーと音楽を繋ぐフォーマットだと思う。実際にその手にとって、大事にするし、形としても残る。あと、レコードをかけるという行為自体が儀式的でもあるよね。もちろんCDもテープもデジタル配信もあるけど、音楽をプレゼンする形として一番芸術的だし、理想的な形だと思う。

―どこもかしこもレコードを作るようになる前から、〈International Anthem〉はレコードを作っていました。「世界中どこのレコード屋にも置いてある」状況も、レーベルが成功した理由かなと思ったんですけど。

スコッティ:それはあるかもね。誰にも知られていない無名で、何をやっているのかわからない僕らみたいな人にとっては、美しいパッケージを重視して見せるっていうことは、名刺代わりになるから。こういうことをやってますって差し出せば見てわかるし、感触としても伝わるし、素敵なものを本気で作ろうとしてるんだって気持ちが伝わると思う。たしかに、今の自分たちがここまで来れた理由の一つだと思うよ。

―ロゴや帯のデザインが最初から完成されてますよね。そして、それをずっと使い続けている。デザインに関するこだわりが間違いなく当初からありますよね。

スコッティ:クレッグ・ハンセンというデザイナーと、ライブ・シリーズのシルクスクリーン・ポスターを作ってもらった初期の頃から一緒に仕事をしていて、レーベル・ロゴをはじめ、すべてにおいて協力してもらってる。ロゴは100パターンくらいデザイン案を考えてもらって、一年がかりで決めたんだ。

帯は日本盤のレコードから刺激を受けてリクリエイトしたかった。ジャケットのデザインに関しては〈Impulse!〉から影響を受けている。マカヤの『In The Moment』も含めて、〈Impulse!〉の見開きのデザインは意識したね。リリースに一貫性を持たせて「カタログ」にしたかったんだ。

とはいえ、アーティストが作りたいカバーっていうのも当然ある。僕らもアーティストのやりたいことに口を出したくはない。だから、デザインの邪魔をしないために、要らないと思えばいつでも外せる帯を採用したってのも理由のひとつだね。

あとさ、レコードコレクターって、聴きたいレコードが見つからなくてイラっとすることがあるよね。「どこに入れたんだっけな」って。だったら探しやすいように一貫性のある背表紙にするのがいいなって考えた。僕らはその重要さを知っているから、最初の一枚から続けている。とはいえ、アーティストによっては「ルールを変えたい」って人もいるし、逆にすごく喜んでくれる人もいる。そこは折り合いをつけながらって感じだね。

マカヤ・マクレイヴン『In The Moment』のジャケット展開動画

コミュニティを築くうえで大切なのは「場所」

―〈International Anthem〉はシカゴで創設されたのもあり、当初はシカゴのアーティストを世界に紹介する役割を担っていました。その後、イギリスやLAをはじめ、いろんな地域のアーティストとも繋がり始めています。そのきっかけは?

スコッティ:僕としては基本的に、直接繋がりがある人とだけ仕事したい。当時はシカゴの人しか知らなかったから、必然的にそうなっていた。その後、イベントが他の場所でも開かれるようになったり、ツアー先でも知り合いが増えていって。こちらから積極的に求めたわけじゃなくて、自然とそうなっていった。コミュニティが拡張されたんだ。

―USの〈Nonesuch〉、UKの〈Brownswood〉といったレーベルと共同リリースする機会も増えてますよね。さらに大きい広がりが生まれている気がしますが、この展開についてはどうですか?

スコッティ:面白い動きだよね。僕は音楽業界に対する哲学として「競争する必要はない」と考えている。オールドスクールな人はレーベルごとの競争を意識して、誰が勝って誰が負けたかみたいなこと言いがちだけれど、僕らが目指すところは一緒なんだから、一緒に頑張ろうよって。だから、コラボに対してはオープンだね。

僕はバンドをやってた頃に、7インチを4つのレーベルを跨いで発表したことがある。どこもお金がなかったから、リソースとしてみんなでお金を出し合って協力してたんだ。パンクの世界の考え方だよね。つまり、僕としては馴染みのあるやり方なんだ。

2017年に〈Don Giovanni Records〉と共同で、イリヴァーシブル・エンタングルメンツのセルフタイトル作を出した時も同じような流れだった。というのも、レーベルを立ち上げたばかりで、僕らにはレコードをプレスする資金がなかった。だったら共同リリースにすればレコードを作れるだろうって考えたんだよね。

イリヴァーシブル・エンタングルメンツ(Irreversible Entanglements)
詩人/ボーカリストのムーア・マザーらを中心に結成されたフリー・ジャズ・クインテット。激しい即興演奏と、黒人の解放や反人種差別を訴える力強い言葉を融合させた音楽性で知られる

―パンク経由のインディペンデント精神ということですか、なるほど。

スコッティ:あと、2018年にマカヤの『Universal Beings』をリリースして、多くの人が僕らに注目し始めていたときに、ちょうどディストリビューションの契約が終わった。次はどこと契約しようか考えているタイミングで、〈Impulse!〉と〈Nonesuch〉から話があったんだ。そこで条件をつき合わせていくと、〈Impulse!〉はBandcampの利用がNGで、〈Nonesuch〉のほうがフレキシブルだった。〈Nonesuch〉からは自分たちのロゴを入れてほしいという要望があったけど、そこは僕らにとって問題ではない。だから〈Nonesuch〉と一緒に出すことにしたんだ。

その次は(UK拠点の)アラバスター・デプルーム。彼は当時スコットランドの〈Lost Map Records〉と組んでいて、200枚限定でレコード作るつもりだったんだけどサポートが必要だった。アルバムを聴かせてもらったら素晴らしかったから「これを200枚で終わらせたくない」と思って、共同リリースを申し出たんだ。そこへさらに、アラバスターが〈Total Refreshment Centre〉(以下、TRC)のレーベルも加えたいと言ってきた。僕らはすでにTRCと共同リリースしていたこともあったので、結果的に3つのレーベルがそこで絡むことになった。

マカヤに〈XL Recordings〉から話がきた時も(『We're New Again』)、〈Nonesuch〉とアメリカでのライセンス契約を交わしたばかりだったけど、マカヤのためになるんだったら僕らが邪魔をする必要はないだろうと考えて、〈XL〉 とアメリカ以外のライセンス契約をすることにした。この3社がマカヤのレコードに関わっているというのも、奇妙でユニークな状況だよね。

―そこまで柔軟なレーベルは他にないのでは?

スコッティ:そうだね。でも、僕はいい方向に働くなら邪魔せずどんどん協力するし、お金があるところが出していけばいいって考え方。持ちつ持たれつで楽しくやっていくのが今の自分のやり方なんだ。今は90年代じゃないんだから、ミリオンセラーで大儲けできる時代でもないしね。僕は「小さな狭い世界の中で、みんなで一緒に盛り上げていく」って考え方が好きなんだ。これからもコラボレーションは続けていくつもりだよ。

アラバスター・デプルーム(Alabaster DePlume)
マンチェスター出身、ロンドンを拠点に活動するサックス奏者、詩人、パフォーマー。2020年のインスト作『To Cy & Lee: Instrumentals Vol. 1』で、レーベル初の「アメリカ国外のアーティスト」として〈International Anthem〉に加わった

―〈International Anthem〉はシカゴのシーンを支える一方で、ロンドンのTRCみたいなコミュニティのためのスペースと組んだりもしている。スコッティさんにはコミュニティを大事にするというコンセプトもあるのかなと思ったんですが、どうですか?

スコッティ:そうだね。ロンドンでショーケースをやりたいなと思ったのは2017年。ジェイミー・ブランチもマカヤもEUにいて、他にも行けそうなアーティストがいたから、みんなを集めてショーケースをしようと思ったんだ。それでいろいろ調べてたらTRCを見つけた。ドープな感じがしたし、似た者同士かもって思ったんだ。

それで一回、TRCのレックス・ブロンディンと電話で打ち合わせをしたら意気投合して。そこから二夜連続で「CHICAGOxLONDON」というイベントをやることになったんだ。そのときの録音が、マカヤの『Where We Come From (CHICAGOxLONDON Mixtape)』になった。TRCは下の階のライブ・スペースだけではなく、上の階のスタジオにみんなで集まってジャムをすることもできたし、そこでレコーディングもできた。そういう環境も気に入ったんだ。

2日間のショーと、3日間のレコーディングの合計5日間。雰囲気がいいから、TRC周辺のアーティストがどんどん集まってきて、すごく仲良くなった。その半年後にはベン・ラマー・ゲイもTRCに行った。そこからシカゴとロンドンのコネクションが出来上がって、ロンドンの人たちがシカゴに来たりして、行き来が始まった。それがきっかけでロンドンのアラバスター・デプルームとも仕事をするようになったし、2018年にはTRCでジェイミー・ブランチの『Fly Or Die II: Bird Dogs Of Paradise』を録音した。

マカヤ・マクレイヴン『Where We Come From (CHICAGOxLONDON Mixtape)』制作背景を追った映像

―最初はTRCみたいな地元に根差したところでやるのって大事なんでしょうね。

スコッティ:スタートは小さく、温かみを感じながらコツコツやるのが大事かもね。いきなり300人規模からのスタートで、ロンドンで何かやったこともなかったから、お客さんが来るのか読めない状況ではあったけど、TRCが作り上げたコミュニティがあって、彼らがたくさん人を集めてくれて、うちのレーベルのアーティストはすごく驚いていた。しかもみんなしっかり聴いてくれたんだ。ヴァイオリン2本、ベースとチェロっていう室内楽フリージャズもブッキングしてたんだけど、みんな静かに聴いてくれて、素晴らしかったのを覚えているよ。

―そうやって繋がりを増やしていって、新しいコミュニティ、新しい音楽シーンを作っているような感覚ですよね。コミュニティを築くうえで、何が大切だと思いますか。

スコッティ:大事なのは、他の人の仕事にもどんどん顔を出していくことかな。メリットが大きいわけではなくても、「サポートしてほしい」って声がかかったらどんどん協力するってこと。

あと、場所があるのはすごく大事。TRCでは、スペースを中心にコミュニティ全体が構築されていた。今の時代、スペースを確保するのはますます困難だ。ジェントリフィケーションとかインフレのせいで、アーティストがコミュニティにアクセスする機会がますます少なくなっている。このレーベルを始めた頃は、ライブ・シリーズをやっていた3つのベニューが基盤だった。マカヤ、ロブ、ユリウス・ポールといったレーベル発足から参加しているアーティストは、僕が演奏できる場所を作ったことになる。その場所に人が集まって、コラボが可能になっていった。場所は重要なんだ。

あとは多様性も大事。コミュニティが健全であるためには、そのコミュニティに関わる人たちの人間性が大事だから、ヘルシーであるべき。人種とかジェンダーに関係なく、いろいろな人が参加しているべきだと思う。もちろん、音楽的な多様性も同様だね。自分らしくいられると思えて、どんなにユニークでもそのままでいいんだと思えるような安心感があると、最高なものを作ることができる。そこは大事にしないといけないね。

シカゴが革新的なシーンであり続けている理由の一つは、同じものなんか誰も求めていなくて、何か違うものを求めている人が集まる場所だっていうこと。それが多彩なキャラクターが生まれる理由だと思う。そういう人たちが集まれる場所を作ってあげられれば、それでまずはオッケーなんだよね。

シカゴ音楽史の「新たな1ページ」であるために

―多様な個性、多様なサウンドという話が出ましたが、〈International Anthem〉のサウンドってみんなそれぞれ違いますよね。でも、どこか共鳴するような質感やムードがあるというか。レーベルのサウンド面でのカラーについてはどのように考えていますか?

スコッティ:難しいな……。僕とビジネスパートナーの二人が興味をもってサポートしたくなるような人たちが集まっているからかな。僕らの好みってところで縛りがあるかもしれないね。でも僕らは、できるだけジェネラルで、嘘のないものを作っている人を求めている。自分の価値観とか、自分の手腕を大事にしている人。真剣に楽器を追求している人、音楽を探求している人。あとはジャズの即興性に通じるような哲学を持っている人が多いかな。もちろん、そういう音ではないアーティストもレーベルにはいるけど、エレクトロニックだったり、現代的な技術や機材を使っていても、直感的に訴えかけてくるようなものに惹かれるんだ。より人間性に根ざしているような感じと言ってもいいかもね。

―新録以外にも、チャールズ・ステップニーの未発表音源『Step On Step』をリリースしていますが、これを他のカタログと並べても違和感がない。好みだけでは説明がつかないレーベル・カラーがある気がするんですよね。

スコッティ:二人のパートナーがエンジニアとして、ほぼ全てのリリースに関わっているのも大きいかもしれないね。サウンドとか、ヴァイブスのカラーみたいなのは、彼らの仕事が関係しているような気がする。チャールズ・ステップニーのリリースに関しては、最初にご家族が話を持ってきたとき「ウチはそういうのやらないんだよな」と思ったりもした。でも、音源を聴いてみたら、実にピュアで美しかった。それはエンジェル・バッド・ダウィッドの『The Oracle』にも通じるものだよね。『The Oracle』も iPhoneで録音した作品で、もともとレコードにするつもりではなく、自分のバンドのためのデモとして作ったものだった。ステップニーの作品とプロセスは全く一緒なんだ。

ベン・ラマー・ゲイもそういう人だね。彼はもっと知られるべきアーティストだ。「ネクスト・ステップニー」になりうる存在だよ。マカヤが〈XL〉 でギル・スコット・ヘロンの『Were New Again』を作る時、最初に声をかけたのもベンだった。彼の音楽にはそう簡単には得られないスピリチュアリティがあるんだ。

そういう意味でステップニーのレコードは、僕らの連続性の中にあった。ジェフ・パーカーもそう。彼の『The New Breed』も、宅録で作ったものを少し磨いたらアルバムになった。実際、ジェフもプレスリリースで、ステップニーを参照元の一つに挙げている。

僕がステップニーの名前を知ってから10年くらい経つけど、彼が活躍していた60~70年代のシカゴの音楽シーンって本当に素晴らしくて夢みたいだったんだ。だから今後、シカゴの歴史を振り返ってみた時、その音楽的な連続性の中に、僕らの仕事があったら嬉しいなって思うよ。シカゴの年配のジャズミュージシャンってジャンルに囚われないから、どんなジャンルでも「音楽」って呼ぶんだ。僕らはそういう大きなパースペクティブの中に身を置きたい。その連続性の中から何を生み出せるのか。歴史を繋いで、未来に進めていくための一助になれればと思っているよ。

チャールズ・ステップニー(Charles Stepney)
1931年生まれ、シカゴ出身の伝説的プロデューサー/アレンジャー/作曲家。アース・ウィンド&ファイアーやロータリー・コネクション、ミニー・リパートンらの傑作を手がけた。1976年に45歳で急逝。2022年、宅録音源集『Step on Step』が〈International Anthem〉からリリースされ、世界的な再評価を巻き起こした

ベン・ラマー・ゲイ(Ben LaMar Gay)
シカゴを拠点に活動する作曲家、マルチ奏者、コルネット奏者。ジャズ、エレクトロニカ、ヒップホップ、ブラジル音楽などを異次元の感覚でブレンドする才人。2018年の『Downtown Castles Can Never Block The Sun』をはじめ、〈International Anthem〉の独創性を象徴するアーティストのひとり

―ちなみに、ジェフ・パーカーとはどうやって知り合ったんですか。

スコッティ:それもバーテンダーをやってた時期だね。ジョシュ・ジョンソンは僕がやっていたライブ・シリーズのレギュラーで、月に1、2回はブッキングしてたんだけど、彼のサイドマンとして来たのが最初の出会いだった。The Bedfordでマカヤのシリーズをやっていた時に、ジェフが観に来てくれたこともある。ジェフはRodanというベニューでジョシュア・エイブラムスとかジェイミー・ブランチとジャズ・シリーズをやっていたんだけど、そのシリーズが終わって数カ月後くらいに、彼らがやっていたことと感覚的に近いことを、マカヤと僕がはじめたんだ。

Curioのときから面識はあったんだけど、その後、マカヤのところにジェフが参加するようになった。そして『In the Moment』ができた。その時期、ジェフから「作った曲がたくさんあるんだけど、リリースしようにもどう出したら良いかわからなくて」って電話で相談されたんだ。僕にとってはトータスは特別だし、すごく嬉しかった。彼が作った曲も最高だった。ただ、当時はマジで金がなかった(苦笑)。マカヤのレコードをそれなりに売ったんだけど、それでも資金繰りは苦しかった。でも、「ジェフのレコードさえ出せればなんとかなる」「ジェフがなんとかしてくれる」と思ったんだ。だから、友人たちからお金を借りて、ジェフのレコードを出した。そしたら、やっとみんなが相手してくれるようになった。だから、ジェフのレコードは僕らにとってかなり大きな存在なんだ。

ジョシュ・ジョンソン(Josh Johnson)
サックス奏者、マルチ奏者。ジェフ・パーカー率いるETAカルテットのメンバーであり、エスペランサ・スポルディング、ミシェル・ンデゲオチェロらと共演。フリーのソロ作『Honora』のプロデュースも務める。2020年に〈International Anthem〉からソロデビュー作『Freedom Exercise』を発表

―そんなギャンブルみたいな話があったとは。

スコッティ:ははは。だって、ジェフのレコードで作った資金で、今度はジェイミー・ブランチのレコードを作ったんだよ。完全に自転車操業だね(笑)。そういう感じでやらざるを得なかった時期だった。マカヤの時点で知名度的にブレイクしたと言えるけど、ジェフのおかげで経済的な安定が少しは見えてきた。今だって当時思っていたよりはかなり安定してるけど、正直マジできついよ(笑)。クリエイティブな音楽ってやっぱり大変。ポップヒットなんて出ないし、ヴァイナルを作る費用も高いしね。

―そもそも〈International Anthem〉ってポップヒットを出したいんですか?

スコッティ:そうなってくれたらいいなっていつも思ってるよ。ヒットを狙うことに興味はないけど、出してる中からトップヒットが生まれたら最高だよね。でも、ありえない話ではない。ラジオで流れているのがポップヒットだってみんな思っているから、とにかく流れたらポップヒットになる可能性はある。ただ実際のところ、業界にはまだ実権を握っているゲートキーパーが大勢いて、それをこじ開けていくのは楽じゃない。たとえば、メジャーなプラットフォームの5%の人たちが聴いてくれたら、それですごい数になる。その5%の人が聴いてくれれば、僕らの音楽がメインストリームになるきっかけになるかも知れない。「メインストリームの音楽がつまらないから音楽が廃れた」みたいなことをいう人は常にいるけど、今も昔も面白い作品はたくさんあるんだ。だから、実権を握っている人が勇気を持って、僕らの音楽をラジオでかけてくれたら良いのにっていつも思っているよ。

〈International Anthem〉設立秘話 マカヤ・マクレイヴンやジェフ・パーカーらの傑作を送り出す、現代ジャズ最重要レーベルのDIYな美学

ジェフ・パーカー・ETAカルテット
『Happy Today』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15680

マカヤ・マクレイヴン "OFF THE RECORD"
2026年6月17日(水)、18日(木)、19日(金)ブルーノート東京
[1st] Open 17:00 / Start 18:00
[2nd] Open 19:45 / Start 20:30
ミュージックチャージ:¥9,500(税込)

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