2月4日に渋谷 duo MUSIC EXCHANGEで観たリトル・バーリー&マルコム・カットのライブは、これまで彼らが重ねてきたコラボの集大成と言うべき刺激的な内容だった。マルコムが叩き出すビートに反応、どんな方向から来ても即座に打ち返すバーリー・カドガンのギタープレイは閃きに満ちており、瞬時に適切なフレーズを奏でるセンスには、ギタリストとしての審美眼の確かさを感じずにいられなかった。
ポール・ウェラーにプライマル・スクリーム、モリッシー、リアム・ギャラガーまで、バーリーが大物ばかりから起用され続けてきた理由は、きっとそんなところにあるのではないか。

新人ながら入場規制が出るほどの盛り上がりを見せたリトル・バーリーのサマーソニック2005でのライブは、今も語りぐさだ。ドラマーがヴァージル・ハウに交代してからはリズムがさらに強固になり、『King Of The Waves』(2010年)、『Shadow』(2013年)と傑作を連発。しかし『Death Express』を完成させてツアー開始を待つばかりだった2017年9月、ヴァージル・ハウが心臓発作で急死してしまう。そのダメージはあまりにも大きく、長い間リトル・バーリー名義でのアルバムは作られないままだった。

新ドラマーにトニー・クートを迎えたリトル・バーリーは、9年ぶりのアルバム『Gravity Freeze』をついに完成。これがブラック・キーズのダン・オーバックが運営するレーベル〈Easy Eye Sound〉から出ることも話題だ。ヴァージルの死を乗り越え、新作に着手するまでの歩みを、バーリーとベーシストのルイス・ワートンに訊いた。

─duoで観たライブ、素晴らしかったです。久々に日本のオーディエンスの前で演奏してみた感触はどうでした?

ルイス:素晴らしい反応だった。ショー全体が特別な雰囲気だったよ。酔っ払っているお客さんがほとんどいなくて、集中して観てくれている感じがしたね。


バーリー:積極的なオーディエンスで、演奏に聴き入ってくれているのがわかったよ。ロンドンではライブの最中に会話するお客さんも多くて、演奏中に話し声が聞こえてくると、正直アートを台無しにされてる気分になることもあるんだ。でも日本の人たちは熱心に演奏を聴いてくれる。日本には長い間来ていなかったから、お客さんが集まるのか不安だったけど、あんなにたくさんの人が集まってくれてうれしかった。日本に来られるのは光栄なことだといつも思っているよ。

リトル・バーリーが語る、復活劇の全貌とギターの哲学「ジェフ・ベックは達人だった」


リトル・バーリーが語る、復活劇の全貌とギターの哲学「ジェフ・ベックは達人だった」


リトル・バーリーが語る、復活劇の全貌とギターの哲学「ジェフ・ベックは達人だった」


リトル・バーリーが語る、復活劇の全貌とギターの哲学「ジェフ・ベックは達人だった」

2026年2月4日、渋谷 duo MUSIC EXCHANGEにて撮影(Photo by Kazma Kobayashi)

─9年ぶりにリトル・バーリー名義の新作『Gravity Freeze』がリリースされることになって嬉しい限りです。ヴァージル・ハウはテクニックの高さはもちろん、素晴らしい人柄の持ち主だったので、彼が突然亡くなってから立ち直るまで、長い時間が必要だったと思います。彼を失った喪失感を、どのように克服してきたのでしょうか?

バーリー:むずかしかったよ。失ってしまった人の代わりを見つけることなんて、決してできないことだからね。でも、最終的に僕らがまた演ることになるのはわかっていた。

ルイス:あの時は僕らの最高傑作だと思っていたアルバムに一生懸命取り組んだ後だったから、ツアーもできなくなって、本当に信じられないくらいショックを受けた。そして、「まだこれを続けたいのか?」「もう同じようにはできないんじゃないか?」って考え込んでしまったよ。


バーリー:また音楽をやりたいと考えること自体に罪悪感を覚えることもあった……だって、ヴァージルと一緒に演れないわけだからね。でも、何かをしなければならないことはわかっていたし、実際、音楽に戻ることはセラピー的な効果があったと思う。それでマルコム・カットと話したんだ。マルコムとはいつか、何らかのプロジェクトをやろうと前から話していたから。

ルイス:何をしようとかじゃなくて、取りあえず3人でスタジオに入ってみた。その時に、これをレコードにしなきゃいけないとか、曲の形式にしないといけないとか、そういう先入観を持たずに始めたのがすごく良かったと思う。バーリーはいつもたくさんのアイディアを持っていて、それが僕たちにちょっと変わったアイディアを試す機会を与えてくれた。それにマルコムみたいな、僕らとは違うアバンギャルドなジャズのバックグラウンドを持つ人と仕事をするのもいい経験だった。とても刺激的だったよ。

バーリー:リトル・バーリー&マルコム・カットとして作った『Electric War』(2025年)は、マルコムのスタジオでレコーディングを行なって、ミキシングやプロデュースもマルコムが手掛けた。これはダン・オーバックの〈Easy Eye Sound〉からリリースされた、ダンがプロデュースしたわけでも、ナッシュヴィルにある彼らのスタジオで録ったわけでもない最初のアルバムで、その点もまた興味深かったよ。

─新作『Gravity Freeze』も〈Easy Eye Sound〉からのリリースですね。
ダン・オーバックとはリアム・ギャラガーのバンドで出演したフェスで知り合ったとか。そのいきさつを教えてもらえますか?

バーリー:ダンとの初対面は、イタリアのフェス会場のアーティスト・エリアにいた時だった。リアムのバンドでバックボーカルを担当していたフリーダ・トゥーレイとホリー・クィン=アンクラーは『Gravity Freeze』でも「Luggin' Hurt」や「December」で歌ってくれたんだけど、彼女たちと話していた時、近くにブラック・キーズの楽屋があることに気付いて、「ちょっと勇気を出して挨拶しに行ってみようかな」なんて言ってたんだ。すると中から突然ダンが出てきて、「やあ、僕たちは君のレコードのファンなんだ。後でホテルに戻ってからリアムと一杯飲まない?」と誘ってくれた。共通の友人がいることは知っていたからダンとは会話が弾んだし、パトリック・カーニー(ブラック・キーズのドラマー)ともホテルで話して仲良くなったよ。その時に親しくなったことが、『Electric War』や『Gravity Freeze』をダンのところからリリースするきっかけになったんだ。

─マルコムとのアルバムからはカンの影響を感じたし、空間を活かしたサウンドのデザインが特徴的でしたけど、『Gravity Freeze』はリズム&ブルースに則ったリフ作り、ソングライティングに傾いた内容ですね。曲の作り方から、マルコムとのコラボとはかなり違った?

バーリー:そうだね。マルコムとのアルバムでは、彼もかなり意見を出してくれたんだ。彼との作業は、デモを聴いてもらってから曲を一旦分解して、再構築していくような感じだった。一方、『Gravity Freeze』の曲に関しては、僕自身にどうあるべきかというイメージがもう少し具体的にあったから、リトル・バーリーのアルバムとして作ることにした。
レコーディングのやり方が違っただけだよ。マルコムとの曲は簡潔でミニマルな感じだけど、『Gravity Freeze』はギターパートが多い、そういう違いだね。

リトル・バーリーが語る、復活劇の全貌とギターの哲学「ジェフ・ベックは達人だった」


─カンといえば、メンバーだったダモ鈴木さんと交流がありましたよね。彼はベテランなのに偉ぶらず、非常にフレンドリーな人物だったと思います。

バーリー:うん、本当にそうだった。

─ダモさんとの想い出を教えて頂けますか?

バーリー:ダモとは、パリに住む友人のベンとチャーリーを通して知り合った。彼らはイエティ・レーンというバンドを組んでいて、ブライアン・ジョーンズタウン・マサカーのアントン・ニューカムと親しかったんだ。僕が彼らと知り合ったのも、アントンのスタジオでセッションを見学した時だった。彼らから、「パリでダモのライブをやるから、バックバンドをやってみないか」と誘われたんだ。彼らは2人組だったから、誰か加えたかったんだね。「バンドがひとつ増えるチャンスだ」と思って、喜んでやることにした(笑)。僕はそういうのが好きだから。
その時は、ギター2本、ベースなし、チャーリーがドラムと電子楽器を担当するという編成で演奏したよ。ライブは50分間で、リハーサルなし。それが狙いだった。ダモの歌も全部即興で、彼は「人生で一度も事前に曲を書いたことがない」と教えてくれたよ。

ダモは若い頃にひとり旅をした時の話をしてくれて、とても興味深かった。北アフリカの砂漠やロシアにも行ったと言ってたな。砂漠では食料が尽きてしまって、死にかけたそうだよ。そうやって彼はドイツにたどり着き、路上で演奏していたところをカンのメンバーに発見され、バンドに加入したんだ……すごい話だよね。彼は「潜入捜査官に尾行されていた」とも言っていたな(笑)。

その後、ヴァージルとドイツのケルンで演奏した時、ダモはケルンに住んでいて、ガールフレンドと一緒に僕らのライブを観に来てくれた。ライブが終わってからロシアン・バーに連れて行ってくれて、一緒にロシアのシャンパンを飲んだよ。彼がくれた名刺を大切に保管してある。
黒地に黄色の文字で「ミュージシャン、そして形而上学的トランスポーター」と肩書きが書いてあるんだ。ダモはゆっくりと旅を続けながらライブをしていた。彼は自分のグッズが詰まったスーツケースを持ち歩いていて、ショーが終わった後に自分でグッズを並べて、ツアー中にライブ録音したCDと共に手売りし、活動の資金に充てていた。とても感じの良い人で、優しくて穏やかな性格で、素晴らしい才能の持ち主だったよ。

─貴重なエピソードをありがとうございます。新作のタイトル曲「Gravity Freeze」などを聴いていると、ジェームス・ブラウンのバンドの歴代ギタリストや、最近亡くなったスティーヴ・クロッパーの影響が感じられました。ソウルやファンクは、今でもあなた方の栄養になっているようですね。

バーリー:うん、それにブルース、リズム・アンド・ブルースも大きな要素だね。僕が最初にはまったのはギタリストで、どちらかというとインディー・ミュージックだった。僕にとって最初のギターヒーローは、Jで始まる4人……ジョン・スクワイア、ジョニー・マー、J・マスキス、それにジミ・ヘンドリックス。特にジョン・スクワイア、ジョニー・マー、J・マスキスの3人は、オルタナティブ・ロックのギタリストの中で一番好きだった。彼らを入口にして、他のギタリストも発見していったんだ。過去の音楽へさかのぼり、ブルースやリズム・アンド・ブルース、さらにソウル、ジャズへとつながっていったんだよ。

ルイス:バーリーはリズム・アンド・ブルースについて非常に深い知識を持っていて、初めてバーリーに会った時、ブルース系のギターを本物のブルースのように弾ける人に初めて会ったと思った。どうしてこのようなサウンドになるのかとか、ボイシングの特徴、演奏方法まで、彼は本当によく研究していたよ。バーリーはダイナソーJr.からも大きな影響を受けていて、バンドを始める頃にそんな話を随分したと思う。彼の好みはとても多様で、最初のアルバムはファンクやソウルの影響が強かったし、他のアルバムではサーフ・ギター、ガレージ・パンクなどの影響も顕著だった。

バーリー:いろんな異なる種類の音楽をごちゃ混ぜに聴いていたからね。でも時には、ある音楽の特定の側面を探求することに興味を持つこともあるんだ。

ギターの哲学「ジェフ・ベックは達人だった」

─新作の「Luggin' Hurt」を聴いて、ジェフ・ベック・グループとドノヴァンが共演した「Barabajagal」を思い出しました。1969年のヴィンテージサウンド、というか。そういう狙いはあった?

バーリー:そうそう! ジェフ・ベックは大好きだよ。まさにああいう曲、ああいうムードが好きなんだ。ジェフ・ベック・グループは活動期間が短かったけど、レッド・ツェッペリンの青写真みたいなサウンドだった。ロニー・ウッドがベースを担当していたのもクールだね。ウッドストック・フェスに出演するはずだったのに、直前で解散してしまった。もったいないことをしたよ。それと、僕はドノヴァンも大好きだよ!

─duoでのライブも、時々ジェフ・ベックのプレイを思い出しながら観てました。ジェフは晩年は指で弾いてましたけど、あなたは指で弾いたかと思えばピックも使ったり……右手の中でピックを出し入れしてませんでした?

バーリー:僕はフラットピックと指とを使い分けてるんだ。指で弾くとアタックが柔らかくなる。でも、もっとはっきりしたアタックが欲しくなる時もあるよね。曲の中で両方のニュアンスを出したいから、僕はピックをこうやって人差し指で挟んでおいて、親指で弾いたり、時々ピックを出して弾いたりしてるんだ。ジェームス・バートンが同じような弾き方をしていたよね。カントリーやロカビリー系のギタリストの中には、こういうことをしている人たちがいるよ。僕は時々サムピック(親指に装着するピック)を使って演奏するけど、しばらくやっていないと弾き方のコツを忘れるから、また練習しなきゃいけないな。

リトル・バーリーが語る、復活劇の全貌とギターの哲学「ジェフ・ベックは達人だった」

「人差し指で挟む」ピックと指の使い分けを説明するバーリー・カドガン(筆者撮影)

─熱心さに頭が下がります……。

バーリー:ライブではサムピックより、フラットピックの方が汎用性が高いと思う。簡単に持ち替えられるから。duoで演奏した「Spektator」っていう曲はピックと指弾きの組み合わせなんだけど、テンポが変わってからは全部指で弾く。ギターって、そうやって弾き方を変えるだけで音のカラーを変えられるんだ。ピックを使うかどうか、弦のどの部分を弾くか……そんなことひとつで音のカラーが変わり、エフェクターを使わなくても様々な表現ができるんだよ。

ジェフ・ベックは達人だったね。彼はまったくミスをしない。完璧な演奏だ。ジミ・ヘンドリックスが登場して、ルールを完全に書き換えた後のイギリスでは、ジェフ・ベックが一番未来的なギタリストだったと思う。純粋さでは、フレディ・キングやB.B.キングを手本にしていた頃のエリック・クラプトンが一番だったかもしれない。彼はグルーヴとリズム感に優れていて、全ギタリストにとって触媒のような存在だった。そしてその後にピーター・グリーンが登場した。彼は最も感情的に深い、ソウルフルな演奏スタイルを持っていたけれど、最も型破りだったのはジェフ・ベックだね。フィードバックやリヴァーブを操った彼は、まさにマジシャンだった。それぞれ個性があるし、60年代の若いギタリストたちはみんな魅力的だよ。

リトル・バーリーが語る、復活劇の全貌とギターの哲学「ジェフ・ベックは達人だった」

Photo by Kazma Kobayashi

─「Coralisa」という曲では、ちょっとストーン・ローゼズを思い出しました。この曲はどんな風に生まれたんですか?

バーリー:家でデモを作ったんだ。ロックダウン中に作ったのかな? それをみんなに送った。そこから少しずつ出来上がっていった。アウトロのアイディアは後から思いついたと思うけど、本当に自然にできたよ。あれは僕のお気に入りの曲のひとつなんだ。

─ストーン・ローゼズと言えば、バーリーはちょっと前にリアム・ギャラガー&ジョン・スクワイアのライブでベースを担当しましたよね。ジョンはあなたがギターを弾き始めた頃のヒーローだとさっきも言ってましたが、彼との共演はあなたにとってどんな体験でしたか?

バーリー:最高だった! ベースは少し触ったことはあったけど、ちゃんと人前で弾くのは初めてだったんだ。ジョンから「誰か推薦できるベーシストはいない?」と訊かれたので、ある人を紹介したけど、半年ほど経ってからまた連絡がきて「君がベースを弾いてくれないか?」と言われた(笑)。それでツアーに参加したんだよ。いろいろと違うことを試してみるのはいい経験だね。ベースで演奏するのが楽しい曲もあったし。すごくクレイジーな体験だった……だって、僕がギターを弾きたいと思ったきっかけがジョンなのに、彼と同じバンドでプレイすることになったんだから。僕はそれ以前にもプライマル・スクリームでマニと一緒に演奏してたから……本当にクレイジーとしか言いようがないよ。14歳の頃には、こんなことになるなんて考えもしなかった。僕の大好きなバンドから、ヒーローが2人も来てくれたんだから。

マニはマンチェスターで僕たちのライブを観てくれたことがあった。だからプライマル・スクリームで一緒にプレイすることになった時は、本当に緊張しまくったよ(笑)。僕は、いわゆるインポスター症候群(周りから良い評価をされても、自分には能力がないと自己を過小評価してしまう傾向)に陥っていることに気付いた。そんな僕を見て、マニはとても励ましてくれたよ。

─バーリーは映画音楽を手掛ける一方で、ザ・ザのレコーディングとライブに参加したり、近年はバンドの外で刺激を受けることが多かったと思います。そういういろいろな刺激が、新作で変化をもたらした部分もある?

バーリー:そうだね、人によって仕事のやり方やアイディアが違うから。セッションでいろいろなアーティストたちと作業していると、アレンジやプロデュースのアイディアが浮かぶこともあるし、サウンドとかも取り入れられる。それに、他の人が書いた曲を演奏することで、自分では思いつかないようなアイディアが生まれることもあるし。そうやって自分の中で新しいものが生まれるんだと思う。

─バーリーとルイスはとても長いつき合いだと思います。お互いを見ていて、「こいつここが変わったなあ」と思うところ、逆に「ここが変わらないなあ」と思うところは? そして、どんなところに惹かれ合って、今も一緒に演奏しているのだと思いますか?

ルイス:今は話せないな、外に出て個別に話そう(笑)。この20年間で僕たちもいろいろなことをやってきたけど、気楽にまた一緒に活動できるんだ。僕たちはいつも似たような音楽を好んでいて、音楽に対する考え方も似通っているので繋がってきた。レコードを作り始めた頃も一緒に新しい音楽をたくさん見つけたけど、結局は今も同じようなことをしている。今でもお互いに「ああ、そうだね」って感じで、話が通じ合う仲なんだ。

バーリー:リハーサルの時、例えばマルコムやトニーと集まる前に、僕とルイスが会うこともある。ドラマーと会う前に2人だけで変更点を確認するんだ。僕たちの相性はいい感じだと思う……ルイスはそうじゃないかもしれないけど(笑)。一緒に演奏できて本当に幸運だと思うよ。バンドを組んでも2年で終わってしまう人も多いからね。だから、こういう関係を築けているのは素晴らしいことだ。一緒にやっていて今でも楽しいし。

初めてルイスと一緒にリハーサルした時のことを覚えているよ。2000年の終わり頃で、友達がキングス・クロスでリハーサルをしていたんだけど、あの辺りの建物はもう全部再開発で取り壊されてしまった。地下室で演奏したんだ。ただの地下室。あの時、ルイスが指で弾く様子を見て、これ以上ないくらい最高だって感じた。それがどれくらい続くのかわからなかったけど、ただ「これだ!」って感じだったんだ。今でも同じ気持ちだよ。演奏がうまいかどうかというだけの問題じゃない。音を奏でた時に、それが正しいと感じる雰囲気があるんだ。僕たちはそういう点で、波長が合うっていつも感じていたよ。

リトル・バーリーが語る、復活劇の全貌とギターの哲学「ジェフ・ベックは達人だった」

リトル・バーリー
『Gravity Freeze』
発売中
配信:https://ees.ffm.to/lb_gf
日本盤SHM-CD仕様 ボーナストラック2曲、歌詞対訳、解説付
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