入社式では希望に満ちた表情を見せていた新入社員が、わずか数日、あるいは1か月足らずで姿を消す。厚生労働省が2025年10月に公表したデータでは、2022年3月卒の大学新卒者の3年以内の離職率は33.8%。
新卒の早期離職は、もはや珍しい現象ではない。
 その背景には、職場の人間関係や労働条件だけでなく、「思っていた仕事と違った」というミスマッチもある。入社から1週間が経った日の朝、新入社員が静かにつぶやいた。「この仕事、向いていない気がします」と。その翌々日から彼が出社することは二度となかった。田中大輔さん(仮名)が経験した新入社員の退職エピソードからは、採用における根深い問題が見えてくる。

入社初日から漂っていた緊張感。声を掛けても「大丈夫です」

「この仕事、向いていない気がします」入社1週間で辞めた新入社...の画像はこちら >>
 田中さんが勤務していたIT系企業に、その年の春、新卒で入社してきたAさん(20代前半・男性)は、初日から明らかに緊張した様子だった。

「周囲とあまり積極的に会話するタイプではなく、正直かなり大人しいタイプだなという印象でした」

ただし、受け答え自体はしっかりしており、研修への参加態度も真面目だった。周囲の先輩たちは「慣れれば大丈夫そうだ」とひとまず楽観的に見ていた。新しい環境への不安など、誰もが通る道だと思っていたからだ。

 しかし数日が経つと、Aさんの様子に小さな変化が現れ始めた。


 出社時間がギリギリになることが増え、研修中もどこか集中しきれていない。グループワークでの発言は少なく、他の新入社員たちと一定の距離を保っているように見えた。最初こそ「まだ環境に慣れていないだけかな」とそこまで気にしていなかったが、日を追うごとにその傾向は強くなっていった。

 表情は徐々に暗くなり、休憩時間も一人でスマートフォンを見て過ごすことが多くなった。周囲と打ち解けようとする様子はほとんど見られず、ちょっとした声がけに対しても「大丈夫です」の一言で返すことが増えた。

 同期の一人が「大丈夫? 慣れてきた?」と声をかけた場面があったが、「はい……なんとか」とだけ返し、会話は続かなかった。田中さんはそのやり取りを見て、「本人のなかで、何かしらの違和感がかなり溜まっているんじゃないかと感じた」という。

転機となった、先輩社員の“たった一言”の指摘

 入社から約1週間後、転機となる出来事が起きた。

 グループワークの場で、先輩社員からAさんに対して「もう少し積極的に発言してみようか」という軽い指摘があった。その言葉を受けたAさんは少し戸惑った様子で、こうつぶやいた。

「すみません……自分には少し難しいかもしれません」「この仕事、向いていない気がします」

 田中さんは、妙にその言葉が印象に残っていると話す。指摘の内容自体は決して厳しいものではなかったはずだが、Aさんにとっては、積み重なっていた不安を一気に表面化させる一言になったのかもしれない。

 翌日、Aさんは出社してきたものの、終始元気がなく、周囲とほとんど会話をせず、昼休みも一人で過ごしていたという。


「明らかに前日までとは様子が違っていて、声をかけても短い返事しか返ってこない状態でした」

 そして、その翌々日から無断欠勤となり、そのまま職場に戻ることはなかった。

入社前後で存在する“認識のズレ”

 後日、人事を通じて退職の連絡があった。Aさんが語った理由は2つだった。

 それは「入社前に思っていた仕事内容とのギャップ」と「職場のスピード感についていけない」というものだった。田中さんはこう分析する。

「実際に働いてみて、想像していたよりも求められるレベルが高く、周囲との差を感じてしまい、プレッシャーを強く感じてしまったのだと思います」

 職場では「まだこれからだったのに」「もう少しフォローできたのではないか」という声があがった一方で、「無理に続けて体調を崩すよりは良かったのかもしれない」という意見も出た。田中さん自身は「正直かなり複雑な空気でした」と振り返る。

「企業側と求職者側の認識のズレがあると、短期間での退職につながってしまうのだと感じました」

 Aさんが抱えていた違和感は、入社初日から少しずつ蓄積されていたはずだ。しかし彼は「大丈夫です」と繰り返し、本音を外に出すことができなかった。周囲もその変化に気づきながらも、踏み込んだフォローには至らなかった。

「もしも最初の段階でもう少し気軽に相談できる環境があれば、結果は違っていたのかもしれません」

 入社前後で企業と新入社員の間には、少なからずギャップが存在する。早期の離職を防ぐためには、入社後のフォロー制度や研修の充実はもちろん、入社前の段階でいかに現場のリアルを伝えられるかが重要なのではないか。


<構成/藤山ムツキ>

―[すぐに辞めた新入社員]―

【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo
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