「モノからコトへ」と言われて久しい。“所有”より“体験”に価値を見出す時代。
旅行、アウトドア、推し活――「経験」にお金を払う消費行動が一般化する中で、コレクターという存在は、一見すると時代遅れにも見える。しかし、全国の玩具店を巡り続けるSDガンダムコレクターの邪道さんは、「コレクションとは、モノを買う行為だけではない」と語る。中古玩具店を巡るために福岡へ飛び、時には北海道から集まった仲間たちとレンタカーで地方を横断する。なぜ、人は“モノ”を追い求めるのか。話を聞いた。コレクション写真も必見だ!
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子どもの頃の“欲しかった”を回収していく

――まずは、邪道さんの考える「コレクター」の定義を教えてください。

邪道:いろいろなコレクターがいると思うんですけど、僕は「ある種の目的意識を持って、物を集める人」がコレクターかなって思っています。ただ、目的意識っていうのは、きれいな言葉にした場合ですね。実際は執着です。僕、おもちゃに使っている年間の総額をならすと、毎月20万円近くになるので。

――に、にじゅうまん!?

邪道:おもちゃ全般が好きなので、SDガンダム以外にもいろいろ買っているんです。

――すみません、驚きすぎて話の腰を折ってしまいました。コレクターの定義についてお願いします。


邪道:執着についてですよね。たとえば旧車って、合理性だけで言ったら新しい車の方がいいじゃないですか。燃費もいいし、安全性も高い。ハイブリッドカーや電気自動車の方が合理的ではある。でも、「これが好きだから乗る」とか、「好きだから集める」っていう、合理性を超えた部分があると。僕はそこを“執着”だと思っています。だから、コレクターって結局、その執着を抱えた人なんですよね。

――その執着は、どこから生まれるんでしょうか。

邪道:ノスタルジーは大きいと思います。特におもちゃは。子どもの頃に好きだった物とか、当時欲しかったけど買えなかった物とか。大人になると、時間やお金に多少の余裕ができるじゃないですか。
そのお金で旅行に行く人もいるし、スポーツにハマる人もいる。そのなかで、一部の人は子どもの頃の夢の続きをやるんですよね。宇宙飛行士にはなれなくても、昔欲しかったおもちゃは買える。そういう、“思い残し”を回収していく感覚はあると思います。

――ああ、夢の続きなんですね。

邪道:近いですね。たとえばプラモデルって、大人になってから再び始める人が多いんですけど、子どもの頃にできなかったことができるようになるんですよ。昔の『コミックボンボン』(※講談社から発行されていた児童向け雑誌)って、BB戦士の特集で「パテで盛って削れば完成!」みたいな、子どもにはムチャな改造の作例がいっぱいあったじゃないですか(笑)。

肩書き「コレクター」に違和感を覚える

おもちゃに「年間200万円以上」を使うコレクター男性には譲れない“こだわり”が「価値が上がったことは『たまたま』に過ぎない」
『コミックボンボン』の懸賞品。邪道さんが手に入れた当時の価格はなんと……
――私もボンボン派だったので、よくわかります……!

邪道:でも、大人になると時間もあるし、技術的なチャレンジもできます。僕自身はモデラーというわけではありませんが、今は便利なツールもいっぱいありますから。なので、子どもの頃にできなかったことを大人になって実現できるんです。コレクションも同じで、当時持っていた物を買い直していくと、今度は「持っていなかった物」が欲しくなるんですよ。「え、こんなの出てたんだ!?」って調べ始めて、そこからだんだん深くなっていく。
だから最初から「コレクターになりたい」と思ってなる人って、ほとんどいないと思うんですよね。

――確かに、結果としてコレクターになっていた人が多そうです。

邪道:そうなんですよ。コレクターって職業でも肩書きでもないので。だから僕、自分で「コレクターです」って名乗るの、ちょっと気持ち悪いんですよ。本業は普通にサラリーマンですし。

――SDガンダム界隈で邪道さんの活動を知っている人からすれば、普通のコレクターの枠を飛び出している気がします。

邪道:確かに、過去にはSDガンダムコレクターとして、オフィシャルのコラムを書かせていただいたり、商業出版される本の監修をさせていただいたこともあります。なので、表現が難しいのですが、“あっち側の人”とかクリエイターのように見られることがある気がしています。それに、自分のコレクション量が、SDガンダム界隈では上澄みのほうだという自覚はあります。でも、自分がクリエイターかと言われるとそうではないと思っていて。

――どうしてでしょうか。


邪道:僕のなかに「コレクションをどうクリエイトにつなげるか」という意識はあります。ブログを書くとか、サイトをつくるとか、同人誌をつくるとか。そういった活動を切り取ってみればクリエイトかもしれません。でも、それは発露のようなものだと思っています。結局はそれも含めて“モノを集める”というコレクター活動の一環なんだろうなと感じています。

コレクションは、“所有”より“探す過程”が面白い

おもちゃに「年間200万円以上」を使うコレクター男性には譲れない“こだわり”が「価値が上がったことは『たまたま』に過ぎない」
今年出品された某オークションでの落札価格が約53万円! ほかにも貴重なコレクションをお持ちいただいたので、記事を読み進めてみてくれ!!
――邪道さんは「コレクターはモノ消費の象徴のように見えるが、実際には多くの体験が伴っている」という持論をお持ちですよね。

邪道:そうですね。そもそも、「モノ消費」と「コト消費」って、そんなにきれいに分けられるものじゃないと思うんですよ。たとえば、冷蔵庫を買い替えようと思ってネットではよくわからない時って、店に行って、値段を見て、製品を見比べて、店員さんと話して……という体験があるじゃないですか。でも、それは「冷蔵庫を買った」という“モノ消費”として処理されます。僕は、その過程にあった“一連の体験”はどう扱われるんだろうと思うんです。

――確かにそうですね。

邪道:コレクションも同じで、一般販売されている最新のおもちゃなら、欲しい物を買う行為に過ぎません。
でも、ある程度時間が経つと、市場からそれらが消えていきます。いわゆる絶版です。そうすると、お金を払えば「はい、解決」とはいかなくなってきます。それらに対する知識、人とのつながりによる情報などが必要になってくるからです。日頃、Xで何々を探しているというポストをしていると、相互の方が「どこどこの中古店で、邪道さんが探していた何々を見つけたよ」と教えてくれたりします。それはもう、単なる“モノ消費”じゃなくなっていくと思うんですよね。

地方遠征することも珍しくない

――「誰々が教えてくれた」という体験が伴うと。

邪道:そうです。僕自身も中古店に行きますし、地方の古いおもちゃ屋にも行きます。100キロメートル離れていても別に構いません。この前は福岡県まで行きましたし、その前は四国を回りました。新潟から福島、会津若松を通って、東京へ戻ってくるというルートで、おもちゃを探すこともありました。行動原理だけ見ると、“モノ消費”なんですよ。
おもちゃを探しているので。でも、全体で見ると、完全に“体験”なんですよね。

――そうですね、もう旅ですよね。

邪道:そうなんです、お金もめちゃくちゃかかります(笑)。福岡まで行ったら、飛行機とホテルとレンタカーだけで、10万円ぐらい飛びます。おもちゃ好きの友人と地方のおもちゃ屋を巡る旅みたいなこともやっているんですけど、北海道から来る人もいるんです。名古屋に集まって、レンタカーを借りて、数人で2泊3日かけて岡山まで行くんです。いろいろなおもちゃ屋を巡りながら移動して、収穫があろうが無かろうが、最後は「楽しかったね!」って解散します。運がよければ、掘り出し物に出会うこともあったり。

――掘り出し物か、ワクワクします。ただ、「転売」と言われることもありそうですね。

邪道:なくはないですね。コレクションとは別に興味のあるおもちゃは「買って、遊んで、納得したら手放す」というサイクルが自分の中にあるんですが、1万円で買った物が、手放す時に2万円だとしたら「転売だ」って言われるとか。仮に1万円の利益があったとしても、買うまでのコストを考えれば赤字がちょっと減るだけだったりしますし、買った時より安く手放す物もあるんですけどね。

「欠けているほうがいい」と思うワケ

おもちゃに「年間200万円以上」を使うコレクター男性には譲れない“こだわり”が「価値が上がったことは『たまたま』に過ぎない」
元祖SDガンダム「黄金神スペリオルカイザー」(※通常版・抽選プレゼント版)の中身を比較。キラめくメッキの限定版はSDガンダムキッズ垂涎の一品だ。2024年時点の某オークションでの落札価格は200万円
――今でも探している物はあるんですか?

邪道:あります。一般販売された物については、かなり揃いました。でも、懸賞品とか、地域限定品とか、まだまだ持ってない物はあります。ただ、最近は「欠けているほうがいい」と思うようになりました。

――どうしてですか? コレクションとは相反する感情のようにも思いますが……。

邪道:フルコンプって、ゴールじゃないですか。ゴールすると、終わっちゃうんですよ。だから、少し欠けているぐらいがちょうどいいと言うか。あと、僕のなかでは、「当時頑張れば手に入った物」が重要なんです。お手伝いを頑張れば買えたとか、お小遣いを貯めれば届いたとか。そういう物は、子ども時代の延長線上にあります。でも、懸賞品って、運なんですよ。もちろんコレクション対象ではあるんですけど、“追い求めるもの”とはちょっと違います。機会があれば欲しい、くらいですね。

100万円のレア玩具より、“探している時間”の方が大事

――仮に今、目の前に超レアアイテムがあったら、どうしますか?

邪道:「100万円です」って言われたら、たぶん買わないです。そこまでいくと、“投資”になっちゃう気がするんですよね。ポケモンカードのバブルもそうですけど、「いくらで買ったか」が価値の中心になると、ちょっと違うなと思ってしまうんです。もちろん、結果として自分の持っている物が高額になったことはあります。でも、それはたまたま持っていたらそうなった、というだけなんですよ。僕は100万円払って買ったわけじゃない。だから、価値が上がったこと自体にはそこまで執着がないんです。

――ほかにも、自分なりのルールみたいなものはありますか?

邪道:昔はありました。「興味のある物は全部買え」っていう時代が。多少壊れていてもあとで良品が手に入ったら交換すればいいし、余ったのは売ってもいい。とりあえず確保するぞっていう。でも今は、それもだいぶ薄まってきました。自分のなかで「これは5万円ぐらいの価値だな」と思っている物があるとするじゃないですか。世間の相場が10万円だとして、目の前に8万円で売られていても、自分の基準と違うから買うことはないでしょう。そこをズラし始めると、たぶん際限がなくなるので。だから今は、相場よりも、自分がどう思うかを大事にしています。

――邪道さんにとって、コレクションは“所有すること”や“物の価値”だけが目的じゃないんですね。

邪道:昔は単純に「欲しい」が先にありました。でも今は、“モノを探す過程”の価値も高くなっています。知らない店に行くとか、誰かと情報交換するとか、ジャンク品をサルベージして直してみるとか。誰かに譲ってもらったとか。そういう体験までを全部ひっくるめて、コレクションなんだと思っています。だから、「モノからコトへ」って言われる時代のなかで、コレクターって意外とその両方を同時にやっている人間なんじゃないかなって思うんです。

おもちゃに「年間200万円以上」を使うコレクター男性には譲れない“こだわり”が「価値が上がったことは『たまたま』に過ぎない」
「これだけはランナーを切り離せない」と話す、ガシャポン戦士のブルーガンボイ(「SDガンダム時空伝 ガンボイジャー」)。ほぼ市場に出回らないレアもので、かつて某オークションに出品された際は約70万円で落札されていたとのこと。現在はさらに……?
<取材・文/石川裕二>

【石川裕二】
編集者・ライター。「Tokyo Reimei Note」というウェブメディアを運営するほか、雑誌『実話ナックルズ』で連載中。「エスクァイア日本版」でも執筆中。SDガンダムとヴィジュアル系は永遠の青春。X:@yunini1203
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