いまや家族や恋人、親友よりも先にChatGPTなどのAIへ悩みを打ち明ける人は少なくない。人生の岐路に立たされたとき、決して否定せず、前向きな言葉を返してくれるAIの助言が魅力的に映る。
心のどこかで「そんなにうまくいくはずがない」と思いながらも、都合の悪い現実から目を背けてしまうこともある。
52歳で長年勤めた接客業の会社を退職し、未経験のWebマーケティング職へ転職した安室玲さん(仮名)は、AIの助言を鵜呑みにした結果、3か月以上の無職期間と年収200万円以上の減少という現実に直面した。

人間関係に疲弊してAIに「転職したい」と相談

AIに「転職したい」と相談して仕事を辞めた52歳男性の後悔。...の画像はこちら >>
安室さんが転職を本格的に考え始めたのは、職場の上司からのパワハラと人間関係の不一致が積み重なったことがきっかけだった。

当時の年収は500万円。1人暮らしで生活に困っているわけではなかったが、精神的な消耗は限界に近づいていた。

「このまま定年までここで働くのかという不安を抱えながら、話題になっていた生成AIに相談を持ちかけてみたんです」

内容は「人間関係がつらく、転職したい。未経験でも挑戦できる仕事はあるか」というものだった。

AIの返答は具体的で、背中を押すような内容だった。「未経験でも成長産業ならキャリアの伸びしろが大きい」としてWebマーケティング職を提案してきた。さらに「勢いが大事」「環境を変えることで新しい可能性が開ける」といった言葉が続いた。

「都合の悪い現実」を直視できなかった

なぜ、その回答をそのまま信じてしまったのか。安室さんは今こう振り返る。

「当時の私は冷静さを欠いていました。AIは私の『辞めたい』という感情に寄り添う言葉を返してくれ、その心地よさに依存してしまいました」

AIの示す「希望のある未来」にすがりつきたい心理が働き、自分にとって都合の悪い現実……未経験転職の厳しさや生活資金のリスクなどを直視できなかったと安室さんは言う。


52歳という年齢での転職が難しいと分かっていながら、AIの言葉に背中を押され、安室さんは十分な準備もないまま現職を早めに退職するという決断に踏み切った。

20社に応募して内定1社、無職期間が続く

AIに「転職したい」と相談して仕事を辞めた52歳男性の後悔。「書類選考すら通らない日々」年収200万円減に
履歴書
退職後の現実は厳しかった。

未経験かつ52歳という条件では、書類選考すら通らない日々が続いた。収入が途絶えるなかで貯金は急速に減り、「あのとき、なぜあんな軽率な判断をしたのか」と自分を責める日もあったという。

応募社数は約20社、面接まで進んだ件数は3社、不採用の数は19社。無職期間は3か月以上。これは、50代で未経験職に挑む以上、決して珍しい結果ではない。むしろ健闘している部類だが、AIに背中を押されて迂闊に退職を決めた安室さんにとって、あまりにも重い現実だった。

最終的にWebマーケティング職への転職は実現したものの、年収は約300万円程度にとどまった。転職前の500万円と比べると、200万円以上の減少である。

仕事は常に忙しく、転職前に想定していた条件とは大きく異なるものとなった。

きちんと専門家にも相談していれば…

安室さんは、問題の本質をこう整理する。

「AIは一般論としては正しいことを言っていましたが、私の年齢、スキル、生活状況、市場価値までは把握していません。にもかかわらず、私は『AIの判断が正しいはずだ』と思い込んでしまいました」

AIの回答はそれ自体が間違っていたわけではない。
成長産業への転職が新しい可能性を開くこともある。しかし、その一般論が52歳・未経験・接客業出身という自分自身の個別の文脈に当てはまるかどうかを、安室さんは検証しなかったのだ。

「あのとき、AIの助言を鵜呑みにせず、キャリアの専門家や信頼できる人にも相談していれば、もっと現実的な判断ができたはずだと痛感しています」

最終判断は自分自身がくだすべき

AIは膨大な情報をもとに回答を生成できるが、相談者のことを正確に把握しているわけではない。

転職や進学、結婚といった人生の重大な選択においては、AIの回答はあくまで“出発点”にすぎない。最終的な判断は、自分自身の責任においてくださなければならない。

精神的に追い詰められているとき、人は自分の望む答えを返してくれる情報源に依存しやすくなるが、そのような状態でAIの助言だけを根拠に大きな決断をくだすことは、安室さんが身をもって示したように、取り返しのつかないリスクを伴うのだ。

<取材・文/日刊SPA!編集部、藤山ムツキ>

―[AIに相談して失敗した人たち]―

【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo
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