5月31日、国立競技場。森保一監督率いるサッカー日本代表は、6月に開幕する北中米ワールドカップに向け、アイスランドと壮行試合を行ない、結果は1-0の勝利だった。

試合内容自体は攻守ともにぱっとしなかったが。

「ケガをしたら元も子もない」

 その意見は正しい。決戦を前に強度が下がるのは当然だろう。

「壮行試合は『いってらっしゃい』という気持ちを伝える舞台」

 それも正しい。あくまで本番に向かう彼らを励まし、明るく送り出すべきだ。

吉田麻也に花道を作るとは、とても日本的で美しい」

 ひとりの功労者に対して礼を尽くすのも、否定することはないだろう。吉田は日本歴代最高のセンターバックとして功績を残している。両チームが合意のうえで彼を称えた行為だった。

 しかし、アイスランド戦がワールドカップ前の最後の試合(合宿地のメキシコでは現時点でテストマッチは組まれていない)になるのだから、貴重な前哨戦だ。そこでの戦いは本大会を見据えたものである。ケガをしたら元も子もないし、「いってらっしゃい」の気持ちは大事だし、花道も美しいが、メディアはもっと冷静に中身を検証するべきだ。

サッカー日本代表の構造が見えたアイスランド戦 久保建英が攻撃...の画像はこちら >>
「ひとりひとりがヒーローになるような気持ちで......」

 試合後の取材エリアでは、主将である遠藤航がワールドカップ優勝の条件を語っていた。

だが、ひとりひとりがヒーローになるには、"魂を込める"というエモーションだけでは十分ではない。チームとして、ヒーローが躍り出る骨格、回路、デザインがなかったら、それは幻に終わる。

 では、アイスランド戦でヒーローになりそうな選手はいたか?

 私見を言えば、久保建英は他の選手と一線を画していた。

【カタール大会からむしろ後退】

 前半、緩慢な滑り出しのなかで、久保は自らの動き出しで中村敬斗のパスを引き出し、それを中村にリターン。シュート性のクロスは誰にも合わなかったが、攻撃を"発現"させている。その後もボールを持つだけで創意工夫のないチームで、右サイドから強引なカットインからワンツーで相手を揺さぶり、中盤に下がって攻撃を作って、あわやPKかというシーンを作り出した。

 35分には、久保が自ら蹴ったFKのこぼれを拾って遠目から左足ボレーで打ち抜き、37分には右サイドでダブルチームを縦に抜いて、右足クロスをファーの中村の頭に合わせた。アディショナルタイムには、中盤に下がってボールを出し入れし、伊東純也とのワンツーで押し入り、中村へパス。そのクロスを冨安健洋がボレーで打ち込んでいる。

 どれも得点には至らなかったが、久保はアイスランドの選手をものともしていなかった。

 久保と通じ合っていた中村も、ヒーローの可能性を感じさせた。後半から入った佐野海舟、そしてこの日は不在だった鎌田大地が入ったら、どんな相手でも相応の形は作れるだろう。

彼らが輝くことで、周りも触発されるはずだ。

 しかし、それはあくまで選手個人が持っている実力、経験が起こす現象で、チームデザインのなかでの輝きではない。

 この日、ピッチに立ったほとんどの日本人選手にとって、対峙した相手は肌感で一枚も二枚も下のはずだったが(所属クラブを比較すれば一目瞭然。アイスランドはアンドリ・ルーカス・グジョンセン/ブラックバーン、アルベルト・グズムンドソン/フィオレンティーナなど主力の半数以上を欠き、欧州の有力クラブでプレーする選手は少なかった)、チームとして凌駕することができていない。むしろ、不具合を生じさせていた。

 日本は、相手がブロックを作ると再現性のある攻撃ができない。守備も何度か破綻しかけており、カタールワールドカップからむしろ後退していた。選手個人の能力は上がっていても、チームとしての枠組みの問題が大きい。結局は、"必死に人海戦術で守り、カオスのなかで一発のカウンターを発動する"というエモーショナルなチーム構造になっている。

「国民の皆さんのエネルギーをもらって、大和魂で戦う!」

 試合後の森保監督は大観衆に向かって、熱っぽく話していた。そこにスタンドから歓声と拍手が降り注ぐ。まさにナショナリズムの発揚だった。

その感情量を増幅させ、選手に伝播させ、奇跡を起こす......それが森保ジャパンの正体だ。

 これは皮肉でも、批判でもない。チームは指揮官のパーソナリティを投影するもので、「森保監督らしくなる=石橋を叩いて渡る」になることは避けられないのだ。

 たとえば、後半から瀬古歩夢をいきなりボランチで起用したのも、森保監督なりの本大会を想定した策だろう。瀬古はフランスリーグでアンカーとしてプレーしており、バックラインの前に立つと中央の守備は分厚くなるし、長身でロングボールを跳ね返せて、ロングパスもあるだけに一発のカウンターも望める。なんとも森保監督らしかった。

 だが、瀬古ボランチで日本はリズムを崩し、相手に攻め込まれた。しかし、奇妙な現象が起きた。むしろ相手が攻めてカオスが生まれ、日本に流れが来る。同時に3人のFWを並べた、何とも形容しがたい布陣も、そのアナーキーさによって綻びが生まれ、アイスランドがピッチにひとり少ない僥倖にも恵まれ(交代選手が10秒以内に外に出るルールを破ると1分間ピッチに入れないというワールドカップの新ルールのテスト適用だが、アイスランドはワールドカップに出場しない)、小川航基が右からのクロスを頭で叩き込んだ。

 森保監督はカタールワールドカップの時と同じく、論理的にはうまくいかなくても、偶発的な強運に恵まれているのかもしれない。守田英正を招集しなかったのは、主体的なサッカーで攻撃の再現性を作り出すという大志を手放しているからだろう。

一方、精神的なものに頼っているからこそ、試合勘が失われていた遠藤航のキャプテンシーという見えないものや、長友佑都の「ブラボー」という呪文を信じているのではないか。

 森保ジャパンがワールドカップでどこまで勝ち進めるのかは、まったくわからない。なぜなら、勝つべき相手に勝つチームではなく、負けそうな相手に負けないチームだからである。ナショナリズムの昂揚だけが、スタジアムに渦巻いていた。

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