メジャーリーグで、あの試合の裏側や日本人選手の頼れる同僚の秘話など、“サイドストーリー”に焦点を当てる「My Loving Baseball」。第8回はパドレス・松井裕樹投手(29)の専属通訳を務める尾形育理氏(39)に迫った。
パドレスのリリーフとして活躍する松井。その専属通訳を今季から務めているのが尾形育理さん(39)だ。「大リーグで戦う個人に対してコミット(責任を持って取り組む)する」挑戦がしたいと思い、飛び込んだ。
岩手・盛岡市で生まれ、専門学校卒業後に渡米。カンザス州立大でBOC公認アスレチック・トレーナー(BOC―ATC)を取得。その後、アイオワ大学院に進学し、ヘルス&ヒューマン・フィジオロジーの修士課程を修了した。「高校生の頃からいつか留学してアスレチック・トレーナー(AT)になると勝手に決めていました。米留学して良かったことのひとつは、在学中にNCAA1部の野球部などで臨床経験を積めたことやインターンシップ制度があったこと。深い知識や技術の取得、選手のケアやチーム内のコミュニケーションの取り方などを学べ、大きな経験になりました」と振り返る。
大学院卒業後は大学勤務を経て3年間、カブスのマイナーで働き、その後は母校・アイオワ大の野球部でATを務めた。
ATから新たな立場へ転身となるが、「マイナーで働いた経験はありましたが、メジャーのフルシーズンは未経験。ATではない立場から野球に関わることで新たに見えてくるものや学べることがたくさんあるはず」と迷いはなかった。パ軍にはチーム専属ATやメディカルスタッフが常駐し、全選手を見ている。松井投手もチームスタッフによるケアを受けているが、例えば投球障害の予防などさらに必要なケアは、尾形通訳が担当している。
「松井投手は向上心が強く、少しでも良くなるためにできることに対してアンテナを張っている人です」と尾形さん。通訳になって新たな発見もあった。
「さまざまな人の考えに触れる機会があることです。言葉をただ文字どおり訳すのではなく、相手の背景や経験、文脈を考慮してコミュニケーションを促進する工夫をするのはやりがいを感じます」
ATとして培った知見と、選手の“生きた声”とが相まって新しいアイデアが生まれることに喜びを感じる。
もちろん難しさもある。「日本語と英語の『表現の違い』や、伝えたいニュアンスをくみ取りスムーズに表現すること。
「一言一句漏らさず訳していくのは今の自分の能力では無理なので、ある程度内容の区切りが良いところで要点を押さえて簡潔に伝えられるよう意識しています。通訳している間もスピーチは続くので、翻訳を小声で伝えながらも意識は継続してスピーチの理解に向けるというのはかなり集中力を使いますね」
「AT時代とは努力の方向性が変わりました」と尾形さん。常に頭がフレッシュな状態でないと通訳の質に影響してしまうと、睡眠への意識が高まった。昨年メジャーデビューを飾り、今季もこれまでに61試合登板とフル回転している松井にとって、トレーナーの知見も持ち、意識が高い通訳がいるのは心強い。(村山 みち通信員)
◆尾形 育理(おがた・いくり)1986年、盛岡市生まれ。39歳。2012年にカンザス州立大学を卒業、2015年アイオワ大学大学院修士課程修了。その後、カレッジスポーツでアメリカンフットボール、陸上、野球などのアスレチック・トレーナー(AT)を経て、18~20年にカブス傘下マイナー、20、21年アイオワ大野球部でATを歴任。DeNAでも22年~24年にパフォーマンス・セラピストを務めた。