サッカー日本代表の森保一監督らを育て、Jリーグ広島の総監督を務めた今西和男さんが16日未明、肺炎のため死去したとJ1広島が同日発表した。85歳だった。

広島市出身の今西さんは総監督として広島で1994年Jリーグ第1ステージを制した。

 今西氏の訃報に接し、日本サッカー協会宮本恒靖会長が協会を通じて、コメントを発表した。

 ▼日本サッカー協会・宮本恒靖会長「今西和男さんの訃報に接し、心よりお悔やみ申し上げます。サンフレッチェ広島の礎を築かれ、日本サッカー界、そして日本スポーツ界におけるゼネラルマネジャーの役割を確立されました。その歩みを日本サッカーの発展へとつなげてこられた功績に、深く敬意を表します。また、日本サッカー協会においても強化副委員長として、トレセン制度の構築や世代別代表の強化に尽力され、競技力向上の基盤を築かれました。私自身も、世代別代表の活動を通じてご指導をいただいた記憶があります。その積み重ねが日本代表の躍進、そしてW杯の舞台へとつながっていったのだと感じています。ここに生前のご功績に深く感謝申し上げるとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げます」

 ◆今西 和男(いまにし・かずお)1941年1月12日、広島県生まれ。4歳時に広島市で被爆。市舟入高から東京教育大(現筑波大)へ進み、63年にJ1広島の前身でもある東洋工業蹴球部に入る。69年に腰のけがで現役引退。

DFとして活躍し、日本代表としても3試合出場。82年、マツダの総監督に就任し、ゼネラルマネジャー(GM)の草分けとなる。森保一や久保竜彦ら無名の選手を発掘。日本協会の技術部副委員長、岐阜の社長なども歴任した。吉備国際大の客員教授も務めた。

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