劇団新派の俳優・喜多村一朗(47)が新派・松竹新喜劇合同喜劇公演(5月9~19日、東京・新橋演舞場)で幹部に昇進する。とび職、サーフショップの店長、歌舞伎俳優を経て37歳で新派に入団した異色の経歴。
吉報は今年1月、電話で告げられた。関係者から「松竹と劇団新派の幹部俳優の方々と相談して幹部昇進が決まりました」と連絡を受け、一朗は「ちょうど新派に来て10年になるんです。日頃の行動を見ていただいていたんですね。ありがたいことです。うれしいですね」。師匠の喜多村緑郎も自分のことのように喜んでくれた。
紆余(うよ)曲折、試行錯誤の人生だった。転勤の多かった父の仕事の関係で大阪で生まれ、札幌、成田、横浜で育った。「高校を卒業して、とび職をしていて、その仲間たちと横浜と静岡でサーフショップを始めることになったんです。しばらく静岡で店長をやっていました」。ある日、新聞で「歌舞伎俳優募集」の記事を見つけ、純粋な好奇心と「地元の友達を驚かせたい」という思いで21歳の時に国立劇場養成所の門をたたいた。
ほぼ歌舞伎の知識ゼロで養成所に入ると、初日に洗礼を受けた。25年以上前、まだ「パワハラ」などの言葉が世に浸透していない時代のことだ。講師が教室の机を剣道の竹刀でバシンとたたき、「お前ら一生、出世できないからな!」「親の死に目にも会えないからな! 覚悟しておけよ!」と告げられた。「何て恐ろしい世界なんだと震え上がりました」
研修所では歌舞伎に詳しい人ほど、理想と現実のギャップに悩み、途中で辞めるケースが多かった。後に気付くことだが、「最初に厳しいことを言っておかないと、希望ばかり持って挫折してしまう。『下積みから地道に頑張れよ』というエールだったんです。それに一番、厳しかった尾上松太郎先生が、一番優しく最後まで見守ってくれた先生でした。今でも教わったことは大事にしています」
迷いを抱えながらも「とにかく卒業しよう」と2年間の研修を終えて卒業。化粧の師匠だった松本錦吾の紹介で市川染五郎(現・松本幸四郎)の弟子に。松本染二郎を名乗り、高麗屋で3年、過ごした。「幸四郎さんには『二郎』って呼んでいただいて、かわいがっていただいたんですが、一生、歌舞伎役者をやっていくことに迷いがあって、やめることにしました」。その後、周囲の説得もありフリーの立場で歌舞伎の世界に残った。
ある日、細身で長身の立役に目を奪われた。歌舞伎座の「桜姫東文章」で坂東玉三郎の相手役に抜てきされた市川段治郎(市川月乃助を経て喜多村緑郎)だ。「段治郎さんが格好良くて、この人みたいになりたいと思ったんですよね。優しく迎えていただいて、市川猿之助旦那の弟子で段治郎あずかりになりました。旦那と段治郎さんが猿琉(えんりゅう)という名前を考えてくださいました。琉球の『琉』という字には[『縁起のいい光る玉』という意味があるそうです」
当時の澤瀉屋は市川右近(現・市川右團次)を筆頭に「二十一世紀歌舞伎組」として一般家庭出身の市川笑也、市川猿弥、市川笑三郎、市川春猿(現・河合雪之丞)らも活躍していた。「個性的で、みんな輝いていました。その頃から歌舞伎が大好きになりました」。市川猿琉として着実に経験を重ねるある日、思わぬ転機が訪れた。【後編に続く】

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