「和製ドラゴン」こと80歳の現役アクション俳優・倉田保昭の主演映画「夢物語 The Living Dragon」(公開中)が、話題を呼んでいる。香港をはじめ、国内外で活動するアクション俳優のレジェンドは、今年で俳優生活60周年を迎えた。

演じる一方で後進の指導にも力を入れ、弟子の数は約1万人にも上る。なぜここまで第一線で活躍できるのか。人柄に触れ、話を聞く中で、その疑問を解く。(内野 小百美)

 「夢物語」は、倉田演じる主人公の「夢」をもとに、国境や時空を超えて描かれるオムニバス作品。ジャッキー・チェン(72)も出演した「七福星」(85年)で初共演した時からの盟友、サモ・ハン(74)との再タッグも話題だ。

 「『自主映画みたいな作品だけど、ちょっと出てくれる?』と直接打診すると、『倉田のためなら』と快諾してくれた。彼はふだん無口。国も違うのに年月がたっても信じてくれる。ありがたいですよ」。多くを語らずとも分かり合える関係だ。

 「和製ドラゴン」の異名は、“元祖ドラゴン”ブルース・リー(73年死去、享年32)がきっかけ。今も撮影前に入念にストレッチしていた姿が印象に残っている。

倉田が柔軟トレーニングを毎日1時間欠かさず続けるのも、呼び名に「恥じない人間でありたい」と思い続けているから。今回のキャンペーンでは常に“正装”。スーツにウィングチップの革靴。いつもビシッとした紳士的な装いだ。

 海外に活躍の場を求めたのは、日本で出演の機会に恵まれなかったこともある。若い時から発想の転換、視野を広く持つ生き方が、倉田の人生を変えていった。昔は何か特技があれば、身ひとつで生きればいい、と考えられる中、大学(日大芸術学部演劇学科)も卒業した。「家は貧乏でしたが、父が『大学は勉強よりも一生の友達をつくるところだ。男なら大学を出た方がいいぞ』と言ってくれましてね。感謝してますよ」

 忘れられない学友がいる。「亡くなった歌舞伎の(12代目)市川團十郎は、貴重な出会いのひとつでした。話すだけでなく、ご飯やゴルフの打ちっぱなしにも行ったり。

大学が練馬(江古田)で、自分は1000円くらいしか持ってない。團十郎が『食事に』と言うと、場所も青山や赤坂でね」と懐かしむ。

 「有名な歌舞伎俳優であることは皆、知ってました。でも彼は自分が歌舞伎俳優であることも歌舞伎の話もしなかった。ごちそうしてくれる時の支払いもスマートで優しくて。人間的にも素晴らしかった。彼が早くに逝ってしまったのは本当に残念でね」。“一生の友”になれなかったことを惜しむ。

 80歳での第一線。体力キープのための節制は、壮絶で過酷ではないのか? 「夕ご飯は6時前に終わらせる。その後はもう水しか飲まない。寝る前に食べると眠りも浅くなる。

アクションをやる上で痩せてないと、説得力がないですよね」と、こともなげに言う。たばこ、酒もやらない。「酒臭い状態では動けないし、危ないですよ。アクション俳優で深酒する人って、ほとんどいないんじゃないかな」

 昨今、危険なシーンでのCGは、多用の一途だ。かつてのアクション全盛期は、生身の体での勝負。一瞬の動きのやり取りは、大けがにつながるアクシデントと隣り合わせ。恐怖心に襲われたこともあるだろうと思いきや「ありませんよ。これっぽっちも。楽しくて楽しくて幸せで。やっている間にどんどん顔つきも変わる。鍛錬した者同士が戦いをするわけだから。呼吸、間合いは大事だけど、アクションシーンのリハーサルは一切しません。

リハをやると、形で動き、迫力に影響が出ますからね」。

 倉田の空手道場(創武館道場)前には小さな地蔵があり、手を合わせて通り過ぎる人も。「ここに引っ越してくるずっと昔からあったみたいでね」。この地蔵も、体を張って生きる倉田のことを、ずっと見守ってくれているのだろう。

 ◆「夢物語」 「追躡(ついじょう)」(坂本浩一監督)、「ハート・オブ・ドラゴン 龍的心」(下村勇二監督)、「不思議の国のドラゴン」(谷垣健治監督)の3編から構成。主人公の「夢」を起点に、技など倉田が重んじてきたことをテーマに物語は展開。3人の監督は倉田アクションクラブ出身の教え子で、海外でも活動。共演は谷口布実、加藤雅也、武田梨奈ら。78分。

 ◆倉田 保昭(くらた・やすあき)1946年3月20日、茨城県生まれ。80歳。日大芸術学部卒。

66年俳優デビュー。70年香港に渡る。ショウ・ブラザーズ作品を始め、約100本の香港映画に出演し「和製ドラゴン」として知られる。帰国後は「Gメン75」など日本のドラマでも活躍。空手7段、柔道3段、合気道2段。172センチ、60キロ。

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